ブッシュミルズの女性マスターブレンダー

October 12, 2013

アイルランド初の女性マスターブレンダーへインタビュー

Report:イオワース・グリフィス

ブッシュミルズ蒸溜所は、1784年に蒸溜所として登録されたが、その歴史はさらに1608年まで遡るという。現在のような蒸溜所が1608年当時も存在していたかどうかは定かではないが、ブッシュミルズの村を含む広範囲においてウイスキーを製造する独占ライセンスが、トーマス・フィリップ卿に授与されたのがこの年だった。

当然、ブッシュミルズはその長い歴史を誇りとしている。それ故に回顧主義に固まっているのではないか? もちろんそんなことはない。アイリッシュウイスキー業界で唯一、女性でマスターブレンダーという偉大な肩書きを持つヘレン・マルホランドに会えば、そのような考えは即座に吹き飛ぶだろう。

ヘレンは、蒸溜所からわずか10マイル足らずに位置するポートスチュワートの出身である。つまり、生粋の地元人だ。彼女は食品技術者としての勉強を積み、最初にブッシュミルズを訪れたときは研修生としてであった。それは短期間の滞在であったが、彼女に強烈な印象を残した。「ブッシュミルズのゲートをくぐり、建ち並ぶ白い漆喰塗りの建物を目にした途端、ここから離れたくないと思いました」

だがその願いはかなわず、彼女は研修を終えてブッシュミルズを離れ、コカコーラ・ボトラーズの研究員としての初仕事に就いた。

しかし、それは長くは続かず、研究技術者としての彼女をすっかり魅了してしまったブッシュミルズへの帰還を果したのだった。

それ以来、彼女がこの地を離れたのは、博士課程を修了するために、樽の中のウイスキーの熟成に関する研究論文を完成するための1年間だけだった。その後、彼女は品質やコンプライアンス関連の管理職をいくつも歴任していったのだが、あるとき変化が訪れた。

2005年、子会社のアイリッシュ・ディスティラーズ社を通じて同蒸溜所を所有していたペルノリカール社が、ディアジオ社に同蒸溜所を売却したのである。この取引によって、ペルノリカール社はアライド・ドメック社を手中に収めることになる。その当時のマスターブレンダーは、ビリー・レイトンが務めており、ブッシュミルズと、アイリッシュ・ディスティラーズ社がカウンティコークに持っていた主要工場の両方を兼務していた。

この取引が成立したことにより、ディアジオ社には新しいマスターブレンダーが必要となった。外部から採用する代わりに、ディアジオ社はその先見の明を生かし、ヘレン・マルホランドアイルランド初の女性マスターブレンダーにするべく、彼女にトレーニングを施したのである。

マスターブレンダーになるためには、「優れた感覚を持ち、それに仕事を愛していなければなりません」と、ヘレンは言う。

彼女は「カスクを心から愛し、倉庫に行き、暗闇と寒さの中、バレルを眺めながら歩き回るのが何よりも好き」なのだという。万人にとって魅力的なことではないかもしれないが、彼女は即座にこう付け加えた。「とにかく、ウイスキーが大好きでなければ務まりません」

彼女の日常は、研究所に行ってどのようなティスティングパネルが必要かを確認することから始まる。通常の品質テストに加え、最上位3つのシングルモルト(12年ディスティラリー・リザーブ、16年モノ、および21年モノ)に使用される個々のカスクテストを務める。パネルの審査を受け、合格したものしかこの3つの優れたシングルモルトに使用することは許されない。

彼女はフォーミュラ、すなわちレシピを製作し、新しいスピリッツを熟成させるためのカスクを決定する。この作業には、蒸溜所に搬入される新しいカスクのチェックも欠かせない。

彼女のもうひとつの任務は、数あるブッシュミルズのウイスキーの材料が不足しないよう、カスクの在庫を確認することだ。それらの作業を終えると、彼女は時間を見つけては倉庫の中を歩き回り、さらにカスクを入念にチェックする。

新しい製品の開発に加え、スペインやポルトガル、またマデイラ諸島に飛んでカスクを調達したり、後にブッシュミルズウイスキーを詰めるためのシェリー、ポートやマデイラワイン樽を選び出すことも彼女の務めだ。

この仕事の最も良いところは、「自然と共に働き」、そして「人々と共に働く」ことだ。彼女が勉強してきたことは全て科学に基づくものではあるが、予測のつかない自然や天然素材を駆使してウイスキーをつくりだすことを、彼女は楽しんでいる。「全く同じ時期に詰められたふたつのカスクから、僅かに異なる製品ができたときは、わくわくします」
彼女は、ブッシュミルズの同僚たちと共に働くのも好きだ。彼らは「特別な存在」であり、「この蒸溜所で働くことを純粋に誇りに思っている」のだという。

どのブッシュミルズウイスキーが好きかと聞かれると、彼女は最初、「それぞれの場面によって、タイプが異なります」と、建前上の正解を言った。しかし、彼女が常に身近に置いているウイスキーがひとつある。ブッシュミルズ1608年記念バージョンは、この地域でのウイスキー製造400周年を祝い、2008年に発売された製品だ。このウイスキーは、ブレンドの中のモルトウイスキーの成分が、10年以上熟成されたクリスタルモルトから蒸溜されたウイスキーを詰めた実験的なカスクからつくられたという点で、若干珍しいものとなっている。

なぜこれが特別なのかというと、「私にとってこのボトルは、私が初めて開発した新しいウイスキーであり、また娘が生まれた年(正確には誕生の6週間後)に発売されたものなので、まさしく特別なものなのです」と、彼女は言う。

確かにヘレンはこの仕事を心から愛しているが、ブッシュミルズのマスターブレンダーになって不都合なことは何もなかったのだろうか? ヘレンは何もないと言うが、この仕事をしていてちょっと悲しいと思うことがあるそうだ。

「ウイスキーがバレルに詰まれるのを見ていて、これがもう21年後まで出されないと思う時です。どのように熟成したかを、私が確かめることはおそらくできませんから」

ともあれ、ディアジオ社が蒸溜所に今後出資してくれること、そしてブッシュミルズのウイスキーがさらに有名なブランドになりつつあることをヘレンは喜んでおり、またブッシュミルズ蒸溜所がいつまでも、仕事と職場に誇りを持つ固い絆で結ばれた少数精鋭の社員たちにとって、素晴らしい職場であり続けることを確信している。
新しく開発された製品がまもなく発表されると思われるが、それがどのようなものになるのかについては、ヘレンの口は堅かった。「蒸溜所がフル操業で稼動し、将来に備えて蓄えているのを見るのは、とてもうれしいことです」
彼女はさらに、こう続けた。「今、最高に居心地の良い場所ですよ」

ヘレン自身の将来について話が及ぶと、彼女はいつまでもここにいて、倉庫の中をウロウロと歩き回っていたいと語ってくれた。

ブッシュミルズがいかに安全に保護されているか、お解かりいただけただろう。ブッシュミルズ蒸溜所は、過去を忘れず、未来を見据えている。

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