ランシオ香を探し求めて【全2回・後編】

February 9, 2013

地下室の湿った空気感をウイスキーに求め、東京都内のバーを奔走する。ランシオ香はどこで楽しめるのか。ついに出会えたランシオ香のウイスキーとコニャックをご紹介しよう

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地下室みたいなお酒ください

ツイッターで得られたその他すべてのアドバイスには2つの共通事項があった。30年以上の樽熟成であること、そしてその樽がシェリー樽であることだ。

この条件を心に留めながら、東京にあるいくつかのウイスキーバーを訪ね、店で最も古いシェリー樽熟成のウイスキーを頼んでみることにした。しかしこの方法では、ランシオ香を探すのが難しいと判明。方針を変えて、今度は「ランシオ香のあるものを」と、正面から具体的に訊ねてみることにした。時としてそのフレーバーを説明する必要にかられたが、困惑するバーテンダーも多かった。なぜ私がジメジメした地下室のような味のするウイスキーを飲みたがっているのか、どうにも理解出来ないらしい。

そうこうするうち、あるバーでグレンドロナックから発売されている約6種類の製品の中のひとつを奨められる。このシリーズの多くは、よれよれの運動靴、かび臭い木材、とても古いワインのコルクの匂いがする。間違いない。これこそまさにランシオ香だ。

他の発見もあった。自由が丘の「スペイサイドウェイ」で飲んだマッカラン36年は、焦げた砂糖と湿った毛皮のちょうど中間のような匂い。そして、ウイスキーマガジンのオフィス内で見つけたグレンマレイ39年にも、ランシオ香のかすかな痕跡があった。ある種のウイスキーの中にも、幻の香りは確かに存在するのである。

ラムにも存在した幻の香り

しかし一番驚くべき成果は、二子玉川のバー「まるうめ」にあった。 古いコニャックのカミュと、36年熟成のマッカランを味わうと、どちらにもたっぷりとランシオ香がある。

さらにバーテンダーの巻島さんがカウンターに置いたデメラララムが驚きだった。1971年に蒸溜され、32年間の樽熟成を経たシロモノ。焦げた砂糖のような風味が口内を支配するが、そこにはカビ臭い、熟れすぎたアンズのような風味もある。確かにランシオ香が育ち始めている兆候が感じられたのである。

検証の成果をまとめよう。ランシオ香という魔法を起こすのに必要な条件は、イースト菌、銅、酵素、そして長い年月をかけた化学変化だ。

このランシオ香は、果たしてバーボンでも生まれえるのか。ひょっとしたらテキーラでも? それはまだ確認していない。たぶんバーボンは新鮮な樽の香りが邪魔になるだろうが、それでも可能性を排除するつもりはない。

このフレーバーは、意図的に作り出すことができるかどうかも疑わしい。酵母菌株にも、倉庫の環境にも、樽ごとに潜んでいる微生物にも、あまりに多彩なバリエーションと組み合わせの偶然がある。あらゆる意味で、生あるものは死のプロセスさえもつかさどる。しかしながらその仕組みは、容易に正体を明かしてはくれないようだ。

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