ルネサンスの男・ビル博士【前半/全2回】

June 27, 2013

革新と生化学反応について、今までも様々な記事に登場してきたビル・ラムズデン博士(グレンモーレンジィの蒸溜ならびにフレーバー開発の責任者)と語り合った

Report:デイヴ・ブルーム

ビル・ラムズデン博士はふたつの顔を持つ。科学者ビル・ラムズデン博士の顔と、ウイスキーの果てしない複雑さと可能性に興奮し魅せられているグリノック出身のウイスキー愛好家ビル・ラムズデンの顔。まるでジキルとハイドのような、スコットランド人特有の分裂的性格(Caledonian antisyzygy)である。

「ああユーカリとミントが出て来たね」多くの熟成ウイスキーにミントを感じる私は、テイスティングの最中に思わず口にした。「その通り!」言葉が溢れ出す。
「これはジエチルアセタールだよ。ニューメイクにはあまり含まれていないけど、樽の中でアセトアルデヒド酸素アルコールの存在下でフリーラジカルと反応して、ジエチルアセタールを作り出すんだ。そして樽材がアクティブならば樽の中で酸化も進みやすい」

この説明は非科学者には恐ろしく難解に感じられることだろう。

「かつてはグレンモーレンジィの特徴を万華鏡のようだと表現していた。つぎつぎに何かが現れてくるからだね。パリのモエ・ヘネシー社は我々がもっと創造的になり、それを表現するための道具を産み出すようにと焚き付けて来るんだ。単に直立不動の姿勢で『オレンジの香りがします』なんて言う代わりにね。もっともっとエモーショナルな表現を創造することができるはずだ。より生き生きとした表現を追い求めている最中なのだけど、映像を使う事はとても楽しいね」

ガスクロマトグラフや質量分析計を使いながら、アロマ心理学者で知覚委員であるビルとSWRIのレイチェル・バリーが同時にノージングを行っていることを説明してくれた。「その結果を使ってフレイバーがどこから来たかを解明しようとしている。既にオリジナルのグレンモーレンジィだけでも140種類の異なるアロマを区別しているし、その先の作業も進めていて、最終的にはそれぞれのフレーバーが製造過程のどこで産み出されているかを解明したいと思っている

全てを解き明かそうということ?

彼は笑って答える。「おそらく一生を費やすに相応しいだろうね

スティッツェル・ウェラー蒸溜所の外にあるパピー・ヴァン・ウィンクルの看板のイメージが心をよぎる。「化学者お断り」。化学者の冷たい手は技術的には正しくとも魂の抜けたウイスキーをつくってしまう。しかし、ここでは逆のことが行われている。化学的素養に裏打ちされた実践的な応用が行われているのである。グレンモーレンジィの抜本的な進歩がその証拠である。

そのもっともわかりやすい例がアスターである。成長が遅く材質が細密なアメリカン・ホワイトオークによる特注の樽で熟成されたウイスキーが新しいグレンモーレンジィの中心に腰を据えている。「この樽の利用は単にオリジナルの基礎にしたかっただけなのだけど、なるべく純粋な形で提供しようとしていたんだ」
ところが、テイスティングすると考えが変わった。「そこで感じたのは、溢れるバターの香り、蜂蜜、削られた木、スパイス、トーストしたオーク、パイナップル、マジパンそしてココナッツとクールな大量のメンソール。そいつはとても、とてもグレンモーレンジィだったんだ」

本当に? これは新しい基準として磨き上げられ、長い雌伏のときを過ぎて真の正体が明かされたグレンモーレンジィなのか? それともこの21世紀に問いかける新しいグレンモーレンジィなのか?

「アスターは新しい軸だね。でもこれはずっと追いかけていたスタイルにそった方向だし、アスターで使われた要素は、オリジナルにも実際に影響を与えている。よりしっかりしたかたちと、丸みと、そして甘みをね」

「生まれて初めて試したシングルモルトはグレンモーレンジィの10年だった。1984年に味わったあのより深い味わいの記憶に近付きたいんだな。あの深く、力強く、まろやかな感動を再び味わいたいと思っている」

同様の「バックトゥーザフューチャー」アプローチアードベッグでも行われつつあるといえる。

「我々は、古いアードベッグのスタイルを忠実に再現しようと努力してきた。気が付いて貰えるだろう違いは、より高品質のオーク、新しいバーボン樽、そしてごく少数の優れたシェリー樽の投入だろう。そうした樽の影響をルネサンスでは味わう事ができる。とてもフルーティなパイナップルの香りは樽に由来するものだ。これが『旧』と『新』の主たる違いなのだけどね」

実際にはそれほど単純なものでもない。以前発売されたシグネットによって、彼のウイスキーの旅は原点回帰を果たした。ある意味、ビルにとって最も古い馴染みの最も新しいウイスキーなのである。

「84年の私はヘリオット=ワットの呑気な大学院生で、クリスタルモルトとかチョコレートモルトなどを使って、魅力的なフレーバーを手作りビールに与えることに興味を持っていた。そのころ私と友人のイアンは駅へ渡る道の上でアイデアを交換していたものだったけど、よくジャマイカン・ブルーマウンテン・コーヒーを買っていた。そこで使われていた窯を使って回転ローストを行う技法も興味を惹くようになったね」

「そして、あるパーティに行ったときに、誰かが私に1杯のモルトウイスキーをくれたんだよ。あっという間に虜になったね。誓って言うけど、それがグレンモーレンジィ10年だったんだ。それが蒸溜を面白いキャリアにできると決心した時だね」

メンストリーディアジオの研究所で少し働いたあと、会社のディスティラリーマネージャー教育を受けて、1995年グレンモーレンジィのマネージャー職を得た。「ついに来た、と思ったね。回転ローストした材料を使ってウイスキーをつくったら面白そうじゃないか? 90年代にはチョコレートモルトを使った少量生産を始めていたんだ。それはそれ自身としてかなり強烈だったけど、シグネットのような複雑なレシピの一部としても使えたんだよ」

これこそ「革新/ルネサンス」(スコッチの世界では、やや過剰に使われすぎている言葉ではあるが)である。
シグネットチョコレートモルト、長期熟成ウイスキー、シェリーでフィニッシュまたは熟成を行ったウイスキー、オークの新樽、カドボルバーレイ、そして「秘密の何か」を組み合わせたものである。狭くて保守的なウイスキーの世界のなかでは、風変わりな手法だと思われた。しかしそれはうまく行ったのである。

アードベッグにも同じような方法が?

「ピーティなウイスキーで革新を起こすのは簡単ではないし、追加熟成もアードベッグの戦略の一部ではないので、もっと根本的に考え直す必要があるね。そこがスーパーノバの入る場所だったのさ。極端に行く事を決めた。そこで味のプロフィールを基準に最もピーティな我々自身の樽を選んでファーストフィルを行ったんだ。ブラスダが一方の端に位置するならば、スーパーノバは反対側の端に位置するものだね」

→後半へ続く

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