究極のテイスティング【後編】

September 16, 2012

少量だけでも風味を大きく変化させる素材。そして今後十数年、何十年と樽の中で熟成することを踏まえ、最終的な風味を考えながらつくられるニューメイクをテイスティング。

文:デイヴ・ブルーム

驚くべきブレンドの秘薬

最高の深みにまで至った最初の経験は、クレマン、JM、バリーといったアグリコールラムを製造する3社によるヴァーティカル・テイスティング。このテイスティングは、変動が少ないカリブ海の気候条件の中で、熟成年の違いがスピリッツにどれだけ明確な違いをもたらすのかを教えてくれた。その次にはガイアナのダイアモンド蒸溜所でつくられた14種類のスピリッツに没頭し、スチルの種類による違いを理解するとともに、ブレンダーに託された調合の可能性がいかに大きなものであるのかを知ることになった。

やる気満々になった私は、世界最大のラム仲買業者として18世紀後半よりラムのブレンディングを手がけるE&Aシェーアを訪ねるため、本社のあるアムステルダムに出向いた。カーステン・フリアボームの工房には、ありとあらゆるスタイルのラムが常備されている。高エステルなラムの世界をしっかりと学んでみようとしていた私に、カーステンが何かヒントをくれるのではないかと考えたのだ。

当時、ジャマイカ産の高エステルなラム製造について学ぼうという物好きはほとんどいなかった。ラムづくりの細かな工程について聞き出すうちに、その理由がわかってくる。通常、蒸溜所は最高の設備を訪問者にも見てもらうために工場を公開し、その見学は楽しい。しかし高エステルのラムづくりは、まったく見学に適していないのだ。まず強酸性のウォッシュをつくるための期間が14日間と長い。発酵槽は糖蜜、サトウキビ汁、果実で満たされ、何と地面に掘った穴の中に埋めて腐敗させられる。こうしてできた強酸性のウォッシュがポットスチルで蒸溜され、さらに高度にエステルを凝縮するために再蒸溜される。この現場の様子をカーステンは説明する。

「良質なブイヨンを作るような方法なんだ。見てくれとにおいは最悪だから、いくらラムが好きな人でも我慢ならないだろうね。でも考えてみれば、いくらソーセージが好きでも、ソーセージ工場に行きたいと思う人は少ないだろ?」

彼はそう言って、ジャマイカ産の蒸溜液14種類をグラスに用意した。それぞれが異なったエステル濃度を持っている。まず無難なレベルの濃度(10エステル)からテイスティングを始めると、みなココナッツと甘い果実の風味があった。このエステル濃度が倍になると、バナナの風味が強くなる。10倍にすると洋ナシのキャンディーや糖蜜の風味が加わる。「ウェダーバーン・スタイル」と呼ばれる濃度(350〜400エステル)になると、パイナップルの他にアセトンやつやだし塗料の匂いが出現。そのまま徐々にエステル濃度を上げ、1,000エステルに到達する頃にはペンキの除去剤や溶剤を感じる。正直いって不快な味だ。

ハンプデン蒸溜所産の有名な「DOK」レベル(1600エステル)まで来ると、そのペンキ、革、植物、さらには塩素に含まれるような人工的なパイナップル風味などが鼻腔にガツンと来て、頭がぶっ飛びそうになる。他にもニューヤーマス蒸溜所の1600エステルは、リノリウム床材に塗った工業用接着剤や腐敗した植物のようなにおいがあり、ロングポンド蒸溜所でつくった同レベルの蒸溜液は、よりプラモデル用接着剤に似ている。
鼻がびっくりしたままの状態で、カーステンに尋ねた。どうしてこんな極端なにおいのスピリッツを作りたがるのか。いったいどんな用途があるというのか。

「タバコのフレーバーやお菓子づくりに使われるんだ。そしてラムのブレンディングにも使われる」
彼はそう答えてDOKをグラスに滴らせ、その20倍もの水で薄めた。

「さあ匂いを嗅いでみて」

驚いたことに塩素臭はどこかに消え失せ、そこからは新鮮なパイナップルのような極上のアロマが立ち上がってきた。彼は説明する。
「アイラモルトみたいなものなんだよ。ブレンドの中にほんの少し垂らすだけでアロマが増大し、味わいが豊かになる」
エクストリームの新知識が、またひとつ増えた。

 

ニューメイクから旅が始まる

最近のエクストリーム体験は、拙著「ワールド・アトラス・オブ・ウイスキー」を執筆中にあった。この本はウイスキーの産地だけではなく、それぞれのフレーバーに注目して書き上げたもので、各蒸溜所に固有のDNAを詳細に調査したものと考えていただければいいだろう。

私たちは、フレーバーづくりの最重要な部分を見逃してきた。テイスティングするのは、すべて10年、12年、17年といった年月をカスクの中で過ごした後のウイスキーばかり。しかしシングルモルトウイスキーを真に理解するには、ニューメイクをテイスティングしなければならない。そうやって初めて蒸溜所の本質を理解することができ、そこから長いオークとの複雑な対話によってどのような変化が加わったのかを推測できるのだ。

そんなわけで、私はスコットランドのすべての蒸溜所のニューメイクをテイスティングして、その作用のことで頭がいっぱいになった。意図した通りのフレーバーを12年後に得るため、ニューメイクで意図的につくり出された硫黄臭が指標の役割を果たすこと。草のような青くささが明らかになる様々なバリエーション。フェノール臭が持つ様々な性質。フルーティーさ、蝋っぽさ、スパイシーさがもたらされる由来。モルト香が貧相なほこりっぽさに化けたり、ポットエールや石鹸のようなアロマに変わったりする分かれ道。貯蔵するオークの種類によって、マッカランのニューメイクが持つ多彩な様相が増大したり抑制されたりする様子などを、テイスティングによって追い続けたのである(ボブ・ダルガーノとは数々のエクストリーム・セッションをおこなった)。

このような調査をするため、私はブレンディング工房へと戻った。インヴァーハウススチュアート・ハーヴェイとの啓発的なセッションは、硫黄臭についての深い知識を与えてくれた。アイルサベイのニュースピリッツをブライアン・キンズマンとテイスティングし、バルヴェニーグレンフィディックの含有成分を分析した。そしてディアジオのチームとのセッション。あるいはグレンモーレンジィビル・ラムズデン。原点であるウエストナイル通りへの帰還。古い工房からエドリントンが新しくグレートウエスタンロードに建てた工場まで、ジョン・ラムゼイのこだわりで選んだテイスティング工房も訪れた。グレートウエスタンロードでは、ボトルに囲まれながら「これが何かわかる?」とグラスを押し出すゴードン・モーションと出会った。

ウイスキーの本質をめぐる深い考察は今でも続いている。エクストリーム・テイスティングは終わりなき旅路である。

 

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