芳香と知覚の神秘

February 17, 2012

香水業界のカリスマ、ロジャ・ダブがウイスキーのアロマを研究している。異色のインタビューが実現した。(インタビュー:ニール・リドリー)

アロマを感知して分析する能力は、誰でも時間をかければ磨けるのでしょうか。それとも先天的な能力なのでしょうか?

嗅覚は他のどんな感覚よりも早い段階から発達した原初的な感覚です。それは食べ物を見つけたり、危険から逃れたり、仲間を見つけるために不可欠な身体機能でした。匂いがシナプスを刺激すると、ホルモンが分泌されて戦闘態勢に入ったり、異性に惹き付けられたりするのです。また匂いは完全に主観的なもので、ある種の香りが好きだという思い込みは、実際の嗅覚よりも強い場合があります。

つまり匂いは、思い込みに左右されるのですね?

おそらく大多数の人々にとって、香りについて深く思いをめぐらす機会といえば、せいぜいソムリエが分厚いワインリストを持ってきてオーダーをとるときぐらいでしょう。そんな場面でも、実は誰ひとりとして香りについての見識がない。かといって、その無知を誰も認めようとしない。だからみんないつも無難な選択に落ち着くという現象が起こるのです。

香りの分析を研ぎすますのは、どのような経験値ですか?

この仕事を始めたとき、一人前の調香師になるには15年に及ぶ訓練が必要とされていました。約3,000酒類の原材料のアロマを記憶することがノルマです。香水1瓶には平均約30~40種類におよぶアロマが入っています。私の仕事はあるレベルの感覚を一貫して保つことであり、混ざり合った香りの中から個別のアロマを特定することです。

特注品の香水はどのようにして作るのですか?

使用するのは「香水オルガン」と呼んでいる道具。何百もの瓶を並べた棚付きの机で、アロマの名前を伏せたまま、顧客の反応を参考にしつつ香りを組み立てます。構成要素は、柑橘類の皮にあるピリッとした匂いに始まり、持続性の高い動物性の芳香まで。アロマの心理的なパワーを理解するため、完璧な特注品には3年かかることもあります。

ウイスキーの世界ではスピリッツの性格を「重み」や「色」に例えます。アロマを分析するときに目安となる指標がありますか?

色には例えませんが、質感はいつも探しています。ある種の香りが明るさや暗さに例えられたり、広がりや輝きに例えられたり、反対に「内省的な香り」と表現されたりすることはあります。アロマが花開いてから時間をかけて最終的にはしぼんでいくプロセスを「揮発カーブ」と呼んで重要視します。

それはウイスキーの「フィニッシュ」と似たようなものなのでしょうか?

非常に近い原則です。重要なのは、ひとつのアロマが弱まったときに、次の香りが起き上がってきてバランスをとるよう調合すること。そのような調合は、ほんの数種類の原材料で構成されます。それぞれのアロマを昇華させて輪郭を作ることが大切なので、原材料を増やしすぎると香りも曇るのです。他の調香師が「この香りは何百種類もの原材料を使用した」と得意気に話すのを見ると笑ってしまいますね。

マッカランとの協同研究からどのようなことがわかりましたか?

いくつかのウイスキーにバラのようなフローラルさがあること。ウイスキーの色に、アロマを暗示させて先入観を与える危険性があること。ウイスキーを表現する言語はまだ真に成立していませんね。「ピーティーな」とか「クリスマスケーキのような」などと言っても、通じない地方はたくさんありますから。

ロジャ・ダブ
1957年英国サセックス生まれ。調香師、調香史研究家。1981年よりフランスの香水店「ゲラン」に20年間勤務し、自身のブランドである「RDPR」「ロジャ・パフュームズ」を設立。現在、世界で最も影響力のある調香師のひとり。

 

 

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