還流で変わるフレーバー

October 16, 2012

液体を気化し、再び液化することで成分を濃縮するのが蒸溜の仕組み。しかし蒸溜器内では、想像よりもずっと複雑な現象が起きている。気化した成分が、ゴールまでたどり着けずに戻ってくる「還流」もそのひとつ。微妙な流体力学がウイスキーに及ぼす重大な影響とは?

文:イアン・ウイズニウスキ

還流。それは蒸溜から生まれるスピリッツに、多大な影響を与える複雑な過程のひとつだ。なぜなら還流は、スピリッツのフレーバー生成に大きく関与する。軽いフレーバー、リッチなフレーバーなど、様々な風味を作り出す成分の割合を決めるのだ。還流の度合いが強ければ強いほど、軽いフレーバーの割合が多くなる。還流の度合いは、各蒸溜所が定めたスチルの大きさと形状、蒸溜量や速度などで決まってくる。還流の度合いやスピリッツへの影響は、それぞれの蒸溜所に特有のものである。

スチルに熱が加えられ、液体中のフレーバー成分が気体に変化するときにはもう還流が始まっている。フレーバー成分はそれぞれが異なった揮発特性(沸点など)を持っているが、軽いフレーバーの元となる成分は、「短鎖」のシンプルな分子構造を持っているため一般的に最も気化しやすく、いくつかの分子に結びついてユニットをなす。このことから、ある種のエステル(フルーティーな香り)のような軽いフレーバー成分は、リッチなフレーバー成分(穀物の香りなど)よりもより低い温度で気化されることになる。このリッチなフレーバーは分子量が大きく、「中鎖」や「長鎖」(10以上の要素が連なる)の構成体を持っているため、より高温域でなければ気化できない。

その結果として、どんなことが起こるのか。ボイルポット(スチルの底)から首に向かって、まずは軽いフレーバーが気化して上昇していく。蒸気は首を上昇していく過程で様々な温度を経験する。最初は熱いが、首が長いほど温度が下降し、首の先端で温度が一番低くなる。しかしながら、軽いフレーバー成分は、この長い首を通る間中、気体の状態であり続けるぐらいの温度は保つ。気体が再び液化されるほど冷やされるのは、首からコンデンサーへと導かれたときである。

一方、リッチなフレーバー成分はかなり高温になってからようやく気化され、やや遅れて首を登っていく。この成分が首を登っている最中も気体のままでいるためには、高い温度が保たれていなければならない。しかしこのリッチなフレーバー成分が首を上昇しながら温度の低下を経験すると、次々に液体に戻り始め、首の内側に付着して、一部はボイルポット(スチルの底)に再び落ちていく。その間にも底の方からは熱い上昇気流があり、液体は再びフレーバー成分を気化させるくらい高温になって気体となり、上昇して首の上方でまた冷やされるーそんな無限の繰り返しのサイクルにとらわれるフレーバー成分もある

 

首長スチルは軽めの風味を作る

首の長さは非常に大切な要素になる。首の短いスチルは温度の下降幅が少ないため、還流が少ない。反対に首の長いスチルは温度の下降幅が大きく、還流がたくさんおこなわれるため、その結果として軽いフレーバーの割合が高いスピリッツが出来上がる。ハイランドパークの蒸溜所マネージャー、ラッセル・アンダーソンはこう説明する。

「断面が太く、背の高い首を持ったスチルの方が、還流の度合いは高くなります。内部の温度がやや低く、気体が液化してへばりつく銅壁の面積が広いからです。ハイランドパークのスチルは首根っこがとても太く、上にいくに従って先細りしています」

首の中の環境も、刻々と変化している。エドリントン・グループでテクニカルサポートマネージャーを務めるビル・クリリー博士は、この複雑な還流のシナリオをより簡潔に描いてみせる。 「気体が首の銅壁にぶつかって液化するとき、銅はその気体の熱を吸収することで温度が上がります。つまり、銅は常に液化する気体から熱を譲り受けている状態。これが結果として首の熱上昇をもたらすので、蒸溜を続けるに従って還流が低下します。つまり蒸溜を長時間続けるほど、リッチなフレーバーがより高い割合でコンデンサーに到達することになります」

首と釡のデザインに注目

スチルに付属品を加えることで、還流の度合いが高まったりもする。ボイルボウルやボイルボールなどと呼ばれるものがそうだ。この球根状の部品は、ボイルポットと首の間に取り付けられるが、形は出っ張りがなだらかなものから急なものまで色々ある。ボイルボウルの内部は首よりも広く、温度がやや低い。そのためボイルポットから気体が上昇してこのボウルに流れ込むと、リッチなフレーバー成分が液化してボイルポットに戻る。ボイルボウルが広いほど、還流の度合いは増すというわけだ。

ボイルポットと首の間にくびれを設ける方法でも、似たような結果が得られる。この特徴はコルセットが締め付けているような形状から「ランタン」「腰のくびれ」などと呼ばれている。蒸気はまず「くびれ」の小さなスペースの部分に集中し、その後でより広い、温度も比較的低いエリアに流れだす。この広いエリアで、リッチなフレーバー成分が液化するのである。

スチルの形状の影響は、蒸溜の速度や量と一緒に考える必要がある。ボイルポットにゆっくりと熱を加えるなら、気体は比較的ゆったりと上がっていくので、蒸溜の速度も遅くなる。これは首の中の気体の密度を下げ、首が比較的温度の低いままでいるので還流が多くなり、結果としてスピリッツの中に軽いフレーバー成分の割合が高くなる。

反対に熱を急激に加えると、蒸気が速く送られることで蒸溜の速度も上がり、蒸気の密度は濃くなって首の部分も比較的高温になる。これは還流がより起こりにくい環境であるため、スピリッツにはリッチなフレーバー成分が増えることになる。シーバス・ブラザーズの技術科学部長であるデニス・ワトソンはこう解説している。

スチルへの熱の加え方は、おそらくスチルのデザインよりも大きな影響を及ぼします。とてもゆっくり蒸溜すると、結果として通常の蒸溜速度で蒸溜するよりもずっと軽いスピリッツが出来上がります。たとえ短い首のスチルでも、蒸溜の速度を落とせば、還流は盛んに起こるというわけです」

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