グレンフィディックとグレンファークラスは、共に旧来の家族経営を守り続けている希少なウイスキーブランドだ。その成り立ちと成功の秘密を探る2回シリーズ。

文:グレッグ・ディロン

 

「ファミリービジネスに関わることは、単なる仕事を越えた栄誉。一生懸命働いて自分の道を切り開いてきましたが、こんなに素晴らしく、ダイナミックで面白い業界で働けた幸運に感謝しています。日々の仕事でこんな素晴らしい特権を忘れることもありますが、事業を営むファミリーや古い仲間たちの情熱、責任、献身で成り立っている仕事に違いありません。このような精神とプライドを共有できることには希少な価値があります。そして私たち家族の精神は、間違いなくウイスキーの品質に反映されているのです」

ウィリアム・グラント&サンズで米国の商業戦略部長を務めるカーステン・グラント・メイクルの言葉である。

多くのウイスキーブランドが、家族経営で事業に乗り出した過去を持っている。蒸溜所のスタートが家族経営であることは珍しくない。農場経営や地元の食料品店などが事業拡大でウイスキーづくりに進出し、その過程で多くの蒸溜所が建設されている。しかし何代にもわたって経営を受け継ぐうちに経営者が変わり、買収されたりしながら大規模なウイスキー会社の傘下に入ることになる。そんな一般的な歴史が当てはまらないブランドが、グレンフィディックとグレンファークラスである。

グレンフィディック蒸溜所は、伝説的なウィリアム・グラントと息子たちによって1887年に創設された。そして現在に至るまでずっとグラント家の手で経営を受け継がれている。初代のグラント家はかなりの大家族で、7人の息子と2人の娘がいた。そのため寒い冬でも蒸溜所を建設する人手には事欠かず、当初の予定通りクリスマスの日に最初のスピリッツを蒸溜できたという創業時の逸話がある。

グレンフィディックの創業者であるウィリアム・グラント夫妻の銅像。7人の息子、2人の娘と力を合わせて蒸溜所を建設した。

家族経営ならではの独創と革新によって、ブレンデッドスコッチウイスキーのブランド「グラント」が成長する。商品の売上もますます好調になり、1957年にはウィリアム・グラントの曾孫にあたるチャールズ・ゴードンが後を継ぐ。彼がおこなった改革によって、蒸溜所はより伝統的なウイスキーづくりへと回帰することになった。蒸溜所内で樽職人と銅職人を雇っている方針も当時の決定に基いている。この大変革を受け継いだサンディー・グラント・ゴードンは、まだ人気も定着していないシングルモルトに力を入れ始めた。グレンフィディックは、スコッチウイスキーメーカーのなかでも最初期にシングルモルトを売り出したブランドのひとつである。

自身の一族の物語を説明するカーステン・グラント・メイクルは、言葉の端々に家業を受け継ぐ誇りをにじませている。

「創業者のウィリアム・グラントは、私のひいひいおじいちゃんにあたります。自分の夢を実現するため、46歳でゼロから新しい事業を立ち上げた勇気は見上げたものです。蒸溜所建設は、煉瓦をひとつずつ積み上げるような本当の手作業でした。その勇敢な開拓者精神は、何代にもわたって一族に受け継がれています」

いつも時代を先取りする考え方が、事業の成功を後押ししていたのだとカーステン・グラント・メイクルは強調する。

「たとえば売上が落ち込んでいた禁酒法時代に、グラント・ゴードンは会社を説得して減産ではなく増産に踏み切らせました。この判断が後に功を奏し、1930年代初頭からの大幅な需要増に応えることができたのです。私の叔父にあたるチャールズとサンディーも、そんな開拓者精神を受け継いでいました。シングルモルトウイスキーという分野自体、実質的にサンディー・グラント・ゴードンが確立したと言ってもいいでしょう。1963年には国外でグレンフィディックのマーケティングを展開しましたが、これもまた他の蒸溜所がやったことのない試みでした」

グレンフィディックは、常にイノベーションという言葉を体現してきたブランドのひとつだった。蒸溜所に初めてビジターセンターを併設したのもグレンフィディック。ボトルデザインに関しても、丸みを帯びた三角形のデザインをグレンフィディックとグラントのラインナップに初採用した(古いバルヴェニーでも採用されたことがあるので、見つけられた人はラッキーである)。シングルモルト「グレンフィディック15年」にソレラ樽のような熟成システムを採用したのも独自のアイデアだった。

 

今もなお受け継がれる開拓者精神

 

グレンフィディックでは、現在もなお開拓者精神が色濃く残っており、新しいアイデアは高く評価されてイノベーションへの志向も推奨される。カーステン・グラント・メイクルが語る。

「新しいことを機敏に取り入れて、独立心を大切にすることで、最終的には面白い画期的なプロジェクトがどんどん生まれてきます。このような考え方を基本に、他社とは異なるアプローチを大切にしているのです。長期的な視野に立ってレースに参加する私たちは、ウサギよりも亀が最終的に勝利することを信じています。比類のないウイスキーの原酒ストックを大切に守っているのも、そんな価値観で未来を展望しているからです」

苛烈なまでに独立を志向するグレンフィディックにとって、創業者一族が経営に関わることは成功の秘訣でもある。株主の要求とは異なる決断をできることが大切なのだ。競合他社のやり方は違う。外部の個人投資家や機関投資家たちの言いなりになって、あらゆる決断に説明を求められる。株価や収益を気にして短期的な目標を達成するよう焦らされ、さまざまなコスト削減も迫られる。

コスト高を承知で自前の樽工房を維持するグレンフィディック。中興の祖といわれるチャールズ・ゴードンの決断を今でも守っている。

「事業の独立性を保つことは、一族にとっても極常に最優先事項として意識されています。私は5代目にあたりますが、次の6代目の世代のファミリーメンバーもそれぞれのユニークな役割を生み出して、本格的な経営に参画を始めているところです。次の世代がファミリービジネスにしっかりと関与していくのは重要なこと。私たちが本質的に次世代に向けてブランドを守る保護者の役割を担っているからです。それは次世代のグラント家だけでなく、次世代のシングルモルト愛好家に対する責任でもあります。彼らが素晴らしいシングルモルトウイスキーと出会えるように、長期的な準備をしておく必要があるのです」

カーステン・グラント・メイクルは、さらに詳しく家族経営の利点を力説する。

「経理上のことを考えると、創業家としての判断が必ずしも他の株主全員に納得できるものであるとは限りません。でも本当に大切なのは、私たちがつくるウイスキーの品質と一体化した経営上の決断です。例えば自前の樽工房を維持していることで、外部に発注するよりもコストがかかります。グレンフィディックは、現在もまだこの伝統を守っている極めて少数の蒸溜所のひとつ。なぜこのような事業を続けるのかといえば、私たちがつくるウイスキーの品質には、良質な樽が不可欠だから。家族経営を続けることは、仕事のやり方すべての核となっています。その違いこそが、私たちのウイスキーを他のブランドから際立たせているのです」
(つづく)