セバスティアン・ロイが設立した小規模な蒸溜所は、歴史への思慕と実験精神にあふれている。独自の文化を守るアカディ人の気骨と、稀有なウイスキーづくりの物語。

文:ブレア・フィリップス(取材協力:ダヴィン・デカーゴモー)

 

フランス系の人々が長く住んでいるニューブランズウィック州だが、ここにはかつてアイルランド系住民がもたらした豊かな伝統も息づいている。19世紀にアイルランドで大規模な飢饉が起こる10年ほど前、この地域ではアカディ人たちがアイルランド移民の家族たちと力を合わせて働いていた。州内に残るアイルランド系移民のコミュニティに敬意を表し、セバスティアンはウイスキーをアイルランド流に「WHISKEY」と綴っている(スコッチウイスキーの綴りには「E」がない)。

ウイスキー用のスピリッツをつくるため、セバスティアンは小さなポルトガル製のアランビック式蒸溜器でもろみを蒸溜する。コイル式のコンデンサーが併設されているので、オイリーな酒質のスピリッツになるのだという。極めて古風な蒸溜システムだ。

蒸溜器にもろみを充填するには、ヘッド部分を完全に取り除いてから蒸溜器の内部を液体で満たし、もう一度ヘッドを元の場所に戻す。このときヘッドをボディに固定するため、ライ麦粉のペーストを使って「糊付け」する行程も実に手づくり感いっぱいだ。

アッパーカナダ地域では、1821年よりウイスキーづくりが始まっている。その草分けであるトーマス・モルソンは、天国からこの設備を眺めて誇らしく思っているに違いない。

蒸溜が済んだら、セバスティアンはスピリッツを樽に詰める。樽の種類は、オーク新樽かバーボンバレルだ。そしてすぐに樽の天板にボトリングの予定日を書き入れる。発売日は3年後から25年後までのどこかに設定されるのだが、すべてアカディ人にとっての歴史的な記念日に当たるように調整されている。

樽から樽へと飛び回るセバスティアンは、元気に腕を振り回しながら目を輝かせている。まるで入学したての学生のように、探究心と好奇心に突き動かされているのだ。蒸溜所の産品は、すべてがシングルカスク商品や少量生産のブレンデッドウイスキーとして販売されることになっている。セバスティアンは、ここにあるすべてのウイスキーがユニコーンのように特別な存在なのだという。

そんなボトルの一例が「コングレ・モンディアル・アカディアン」(アカディ世界会議)という名のアカディアンウイスキーだ。セバスティアンはこの商品を415本のボトルに入れて商品化したが、それぞれのボトルには1604年から2019年までの415年にわたる年号が振られている。つまりはアカディ人の歴史をたどった壮大なコンセプトなのだ。

「ボトル番号1755は、カナダ総督への謹呈用として確保されています。1755年に勃発したフレンチ・インディアン戦争で、英国はフランス系住民の住居を焼き、所有地を没収して強制的に追放しました。当時の苦難を忘れないように、この特別なボトルに託して寄せておいたのです」
 

アメリカ独立戦争をめぐる移民たちの歴史

 
このようなウイスキーのリリースを続けることで、セバスティアンはいつしかアカディ文化のアンバサダー的存在となった。そこでラベルのデザインも、現地の芸術家コミュニティーに依頼することにした。アカディ人アーティストのジャネル・シャンタルが、アカディの旗の色をベースにしてイメージを創り上げたのだとセバスティアンが説明する。

「赤は苦難を表す色。白はアカディ人らしい愚直なまでの誠実さ。青は未来を信じる希望の心。そして海の上に浮かぶ黄金の星は、民族が集う約束の地を象徴しています」

このようなウイスキーづくりのコンセプトは極めてユニークだ。しかしセバスティアンが「マッドサイエンティスト」としての称号を得ている理由は他にある。それはまったく前例のない実験的なウイスキーづくりの技術を試みていることだ。

「同じことを繰り返すのが嫌なんです。前回と同じルーティンで似たようなものをつくるくらいなら、何か完全に新しいものをつくりたい。ウイスキーづくりへの情熱は、そんな創造意欲からもたらされます。どんなときでも、今までと違うアプローチがないだろうかと自問しています。このフレーバーで新しい試みができないだろうか。この手法とあの手法を組み合わせたら、どんなものができるのか。そんなことをいつも考えています」

強制移住を強いられた同胞たちの歴史を忘れない。幻の地名となった「ニューアイルランド」産のウイスキーを名乗り、ウイスキーの綴りはアイルランド系移民との連帯を示す「WHISKEY」だ。

この実験精神の一例が、フルーツブランデーだ。蒸溜所ではイチゴ、洋ナシ、ラズベリーなどのフルーツからブランデーをつくっている。このブランデーは6〜12ヶ月にわたって新樽で熟成されるが、これはウイスキーのためのシーズニングも兼ねているので、この樽をブランデー用に再利用する訳ではない。

セバスティアンは新しいウイスキーづくりの手法も開拓しているが、もちろん背後には特別なストーリーがある。米国独立戦争に敗れた英国王党派が、ノバスコシアにやってきたのは1783年頃のこと。もともとノバスコシアに住んでいた人々はこの流入を快く思わず、新しい政府の樹立を求めた。具体的な方策としては、ノバスコシアの大部分を占める土地をニューアイルランドと名付けて自治することである。

しかしハノーヴァー家第3代目のジョージ3世がドイツでブラウンシュヴァイク(ブルランズウィック)公爵を称していたことから、新しい地域はニューアイルランドではなくニューブランズウィックと呼ばれることになった。この歴史への反発から、セバスティアンは自分のウイスキーをニューアイルランド産のウイスキーであると定義している。

セバスティアンは、まず大麦モルトを発酵させて5,000Lのもろみを作り、それを蒸溜することでアルコール度数35%の蒸溜液を1,600Lつくる。さらに2回めの蒸溜でアルコール度数を70%に高めるが、ここでスピリッツの量は200Lになる。

このスピリッツを3年以上熟成して、ボトリング用のアルコール度数にまで希釈する際に、驚くべき手法が用いられている。通常ならウイスキーに水を加えて度数を落とすところだが、セバスティアンが加えるのは「ビア」(beer)。つまりスピリッツの原料にもなっているもろみを入れて度数を調整しているのだ。こうすることで、バナナ、洋ナシ、リンゴなどのフレッシュな風味がウイスキーに満ち溢れることになる。

型破りなアイデアから「マッドサイエンティスト」と呼ばれるセバスティアンだが、決して注目を浴びようと奇を衒うような人物ではない。その人柄を深く知るほど、彼の目的がただ良質なウイスキーをつくることであり、土地の伝統に敬意を払うことを目指しているのだとわかってくる。

セバスティアンは、自分がつくったスピリッツを使って、アカディの歴史に名を刻んでいる重要人物を衆目のもとによみがえらせようとしている。

「アカディ人の歴史で語り継がれている偉人たちの多くには『顔』がありません。肖像画も残っていないし、風貌について描写した文字の記録もないのです」

そこでセバスティアンは、この歴史的なアカディ人たちをウイスキーでよみがえらせることにした。彼らの風貌をイメージさせるようなウイスキーの味わいを組み立てる。アカディの偉人たちを、一人ひとつの樽でよみがえらせるという壮大なプロジェクトである。

砂糖と水と酵母を広口瓶に入れて、お酒を造ろうとした14歳の少年。あの頃から、セバスティアンの情熱はまったく変わっていない。