ハワイのスピリッツ生産者を紹介するシリーズの第2回は、いよいよハワイアンウイスキーの登場である。昨年末に設立されたコオラウ蒸溜所は、手探りで大きな第一歩を踏み出したばかりだ。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

コオラウ蒸溜所はオアフ島の東側にある。名前の由来となったコオラウ山脈は、ハワイの神話の舞台としても知られる古代の火山群だ。コオラウの山々が天国と出会う場所にはいつも霧がかかっており、そこが神々の住処なのである。霧から滴り落ちた熱帯の雨は、大地に滲み込んでから約300年かけて地層に濾過される。この地に蒸溜所を建設した理由のひとつは、恵まれた水質であった。

だからといって、スコットランドのハイランド地方みたいな蒸溜所を期待してはならない。山々の姿は間違いなく素晴らしいが、蒸溜所自体はとても質素な造りである。場所はハイウェイH3沿いにある小さな工業団地の一角。蒸溜所の設備は本当に小規模なので、ここ以上にマイクロディスティラリーの名に相応しい場所もないだろう。

出迎えてくれたのはCEOのエリック・ディル。コオラウ蒸溜所を創設したメンバーの1人だ。会った瞬間から、新しいベンチャー事業にかける情熱がひしひしと伝わってきた。

コオラウ蒸溜所を共同で創設したエリック・ディルは、現役のアメリカ海兵隊員。同じ軍人の先輩からウイスキーづくりの基礎を学んだ。

この蒸溜所建設は、まさにベンチャーの鏡と呼ぶに相応しい。エリック・ディル中佐と、ビジネスパートナーのイアン・ブルックス中佐は、軍関係の任務でハワイに駐在している。共にアメリカ海兵隊に所属しているが、エリックは現役でイアンは予備役だ。この2人に加え、飲料業界で15年の経験があるヘザー・ペンスが営業やマーケティングを担当する。エリックが創業までのいきさつを説明してくれた。

「事業のアイデアが生まれたのは3年前。当時はオーストラリアの大学院で学んでいました。でもスピリッツの蒸溜に興味を持ったのは、それより前の2008年に遡ります。イラクに派遣されていたときに、密造ウイスキーをつくって捕まった軍人の話をニュースで見て、原材料からウイスキーをつくる方法を知っている同僚がいること自体に驚いたのです」

当時はYouTubeやインターネットで得られる情報も少なく、ウイスキーづくりの知識を集めるのには苦労した。

「興味があったので、自分で色々と調査を始めました。そしたら自分の蒸溜所を建設して成功させた海兵隊員がいると教えてもらったんです。その蒸溜所とは、インディアナポリスの『ホテルウイスキータンゴ』でした。創業者のトラビス・バーンズに連絡をとって、成長中のビジネスを眺めながらウイスキーづくりを学びました」

そんな実例を見ながら、エリックは軍隊を引退後に始める事業の構想を描き始めたのである。

「会話が途切れそうなときでも、ウイスキーづくりの話をすると誰でも乗ってくるんですよ(笑)。最初はテキサスで蒸溜所を立ち上げようと思っていたのですが、次の任地がハワイになるとわかったんです。以前からイアンと一緒にビジネスをやろうと話し合っていたので、ちょうどすべてがうまくハワイの地で実を結びました」

 

水の恵みを活かしたウイスキーづくり

 

2017年12月、エリックはハワイへと降り立った。その1年後にはすべての開業準備が完了していたというから、見事な段取りである。この完璧なロケーションを見つけるのにも、さほど時間はかからなかったようだ。

「ハワイの水は上質で、スムーズなウイスキーをつくるのに重要な役割を果たしてくれます。何しろ周囲が海に囲まれて、一番近い大陸はアラスカですから。雨水の純度が極めて高く、大地に降り注いだ水は火山岩地層で28年間も濾過されます。このような水を使うことで、たとえ熟成年が若くても本当にスムーズなウイスキーがつくれるのです」

話を聞きながら、設備が見たくなってきた。生産行程はどうなっているのだろう。「蒸溜所を見せてもらえますか?」と言おうとして、自分がもう蒸溜所の中にいることに気付いた。実際、そのくらい小さな蒸溜所なのだ。

エリックによると、ウイスキーの原料はコーンと二条大麦である。

「コーンのほとんどは地元産。でも既存のサプライチェーンからウイスキー用に分けてもらえる量には限界があります。まだ事業の規模が小さいので、農家の方々にウイスキー専用のコーンを作ってもらう訳にもいきません。でも5年後くらいには100%ハワイ産のコーンでウイスキーがつくれると思いますよ」

コオラウ蒸溜所ではすべての生産行程が人の手でおこなわれる。コーンの脱穀も手作業だ。マッシュができたら、機能的な間取りの発酵室へと送られる。

蒸溜所の使用済み穀物からドッグビスケットを手作りしているのはエリックの愛娘。ハワイ動物愛護協会をはじめ、地元の慈善活動とも提携して環境保全に努めている。

「ここハワイでは、すべてが暑さとの戦いです。この部屋では室温を常に25℃に保ち、ドライタイプのウイスキー酵母で7〜10日かけて発酵させています。これを手動で濾すと、度数7~11%のビア(エール)ができるんです」

発酵が終わったら蒸溜だ。他の設備と同様に、スチルも非常に小型である。容量はわずか100リットルで、高さもエリックの背丈ほどだ。

「ホテルウイスキータンゴから譲り受けたスチルなんです。蒸溜は週に2回で、1回の蒸溜時間は6〜8時間ほどですね。パートナーと話しあって、コンデンサーに冷却用の水を還流させる特別なシステムを搭載しました。なるべく環境に配慮し、少しでも環境にやさしい方法をどんどん採用することにしています」

このような環境保護に向けた倫理観は、蒸溜所外の活動にも見ることができる。使用済みの穀物から、エリックの娘のテイラーが犬用のビスケットを作っている。このドッグビスケットは地元で販売され、ハワイ動物愛護協会がドッグフードやキャットフードを購入する資金として寄付されている。地元ハワイ州の「4-Hプログラム」(全米規模で推進中の青少年育成活動)に関連した取り組みだ。

ニューメイクを数日間休ませたら、これまた小さな20Lの樽で熟成される。樽入れ時の度数は63%で、樽の内側にはミディアムのチャーが施してある。

 

ハワイの気候にあった味わい

 

看板商品の「オールド・パリロード・ウイスキー」は3月1日に発売され、ハワイ中の厳選されたリカーショップやバーに並んでいる。たった3カ月前に開業したばかりの蒸溜所が、どうやってウイスキーを発売できたのだろう。タネを明かすと、現在は他の蒸溜所からも原酒を調達しているのである。

「4年熟成のバーボンウイスキーをケンタッキーから入手して、ここでつくったウイスキーとブレンドしています。自分たちのウイスキーを熟成したら、樽から取り出して度数40%になるまで加水します。その後、ケンタッキーのウイスキーとヴァッティングして43%でボトリングするんです。現在、最終的に瓶詰めされたウイスキーの約45%がハワイ産です。私たちがつくったウイスキーと、度数を下げるために加えた水を含めて45%という意味です。でもこの割合は徐々に上がっていきますよ。もちろん目標は100%現地生産の『オールド・パリロード・ウイスキー』をリリースすることです」

ハワイアンウイスキー「オールド・パリロード・ウイスキー」の歴史は始まったばかり。スタッフ全員が兼業のため、会社の大規模化に興味はない。品質を最優先し、100%ハワイ産のウイスキーづくりを目標にしている。

エリックは、この段階的な移行がスムーズに行くものと確信している。ケンタッキーから入手しているウイスキーが、コオラウのウイスキーとよく似たマッシュビルでつくられているからだ。

小さな会社のオーナー5人が、すべて手作業で業務を遂行する。全員が他の仕事も持っているが、そんなことは気にしていない。

「会社を大きくすることには興味がありません。とにかく皆さんに喜んでもらえる良質なウイスキーをつくりたいと思っています」

エリック自身が甘口のバーボンを好むこともあって、意図するハウススタイルも甘みがあって飲みやすいタイプのウイスキーだ。そのようなウイスキーが、実際ハワイの気候にも合うのである。

「美味しいスタウトビールは僕も好きですが、ハワイのビーチで黒ビールを飲みたいとは思わないでしょう? ウイスキーもそれと同じですよ」

「オールドパリロードウイスキー」の第1弾は、1,800本限定でハワイに流通している。この夏にはビジターも受け入れる予定なので、オアフ島でワイキキに疲れたら足を向けてみるのもいいだろう。風光明媚なカイルアへ行く途中、ぜひ蒸溜所に立ち寄っていただきたい。ハワイまでは遠くて行けないという人にも朗報がある。間もなく東京の池袋に「アロハ・ウイスキー・バー」が誕生するらしい。他のハワイ産クラフトスピリッツと共に、ハワイ初のウイスキーを楽しめる日は近づいている。