代替穀物がウイスキーを変える【前半/全2回】

July 4, 2016


かつてバーボンという独自のウイスキーを生み出したアメリカで、代替穀物(オルタナティブ・グレーン)を原料にした新世代のウイスキーが注目されている。小規模メーカーが主導するイノベーションの最前線を、ライザ・ワイスタッチが2回に分けてレポート。

文:ライザ・ワイスタック
 

ニルヴァーナのファンなら、きっとこの記事に共感できるだろう。REMのファンでも、ルー・リードのファンでもいい。トッド・ヘインズ、ダーレン・アロノフスキー、クエンティン・タランティーノらの映画が好きな人も同様だ。つまりこれからご紹介するアメリカの現状は、インパクトの強いオルタナティブな存在が、現代のメインストリームとなっていく可能性に関する物語である。
 
ウイスキーマニアならご存じかもしれないが、バーボンの生産は、アメリカの開拓民が西へ西へと進むにつれて拡大した歴史がある。彼らがコーンを主原料とする蒸溜酒をつったのは、東海岸では豊富にあったライ麦やリンゴが容易に入手できなくなったからだ。つまりバーボンは、世界初のオルタナティブ・ウイスキーであったということもできる。
 
今日のウイスキー界で、地理的な理由から先進的なウイスキーが生まれることは少ない。むしろ革新の多くは、発想の斬新さからもたらされるようになった。各地の蒸溜所は独創性の限界に挑みながら、嬉々として未開の分野に挑戦し始めている。
 
新参メーカーにとって、前例のない穀物を原料としたウイスキーづくりはハードルが高い。熟成済みのウイスキーを市場に供給した経験がモノを言うのは間違いない。この分野は知名度こそがすべてである。結局のところ、消費者が一定レベルの信頼を持てなけてば、風変わりな新商品を試しに買ってみる気にならないのだ。
 
ハイウエスト蒸溜所がユタ州で開業した2006年当時、全米のブティック・ディスティラリー(小規模蒸溜所)はまだ50軒を数えるほどだった。オーナー兼ディスティラーのデービッド・パーキンス氏は、黎明期こそ他社が蒸溜したウイスキーを購入して自社商品をつくっていたが、今ではたくさんの独自商品を生産するようになった。その例のひとつが原料にライとピーテッドモルトを混ぜたバーボン「キャンプファイヤー」である。彼は100%ライウイスキー、80%の未製麦麦芽と20%の製麦済み麦芽をブレンドしたウイスキー、85%のオート麦と15%の大麦からつくったオートウイスキーなども世に送り出している。
 
「小人が巨人と戦うには、明らかな違いを示さなければなりません。バーボンのメーカーが増えていく業界で、弱小ブランドが注目される秘訣は一風変わったものをつくることなのです」
 
多くの小規模蒸溜所が次々と創業している現在の過密状態を考えると、これはマーケティング戦略としても正しいアプローチなのであろう。
 

粟や蕎麦からウイスキーをつくる

 

シカゴのコーヴァル蒸溜所では、粟、オート麦、スペルト小麦などを原料にしたウイスキーが生産されている。

「ユニークでおもしろい穀物原料を使っているのは、他人の真似をしたくないから。バーボンでお決まりのマッシュビル(穀物レシピ)は、何度も試され、つくられ、愛されてきたものです。そんな何世代にもわたっておこなわれてきたことを、今さら私たちがやる必要はありません」
 
シカゴのコーヴァル蒸溜所で共同オーナーを務めるソナット・バーネッカー・ハート氏はそう語る。夫のロバート・バーネッカー氏は、オーストリアのブランデーメーカーの3代目にあたる人。コーヴァルの製品には粟、オート麦、スペルト小麦などを原料にしたものも含まれている。
 
「ユニークで興味深い商品を市場に供給することが、差別化を図るために意義のある路線だと思っています。どこでも同じようなものをつくっている状況で、私たちのような小規模メーカーが競争力を発揮できる方法は数えるほどしかありませんから」
 
このオルタナティブ・グレーンを先駆けたゴッドファーザーとでもいうべき人物が、ダク・ベル氏だ。2008年にケンタッキー州ボーリンググリーンでコルセア蒸溜所を創業し、その後も蒸溜所2カ所とモルトハウス1軒をナッシュビル市内に新設している。
 
小さなビールメーカーの家に生まれたベル氏は、8年前に代替穀物を応用した実験を始めて著書も出版している。タイトルは『アルト・ウイスキー:冒険心豊かなクラフト蒸溜所のための、オルタナティブ・ウイスキーのレシピと蒸溜技術』。彼はキヌアや粟などの雑穀を原料にした独自のグレーンをさまざまな種類の木材でスモークして、一連の珍しいウイスキーを生産し続けている。本人の語るところによると、年間100種類の新製品をつくるのが目標だという。その中で商品化を検討するのはベスト5の試作品のみで、実際に市場で販売されるのは1種類あるかないかである。
 
近年設立された新興蒸溜所のなかにも、オルタナティブ・ウイスキーの旗手を目指している野心的なメーカーは多い。ニューヨークシティ郊外に建てた小さなキャットスキル蒸溜所から、モンテ・サックス氏が最初のスピリッツ商品を発売したのは2011年のこと。他の同業者たちのようにまずはウォッカから始めたが、現在は蕎麦の実からつくったスピリッツ(蕎麦の実80%、モルト10%、コーン10%)を最低2年間25ガロンのオーク新樽で熟成して販売している。ちなみに蕎麦の実はアメリカで「擬似穀物」に分類されているため、この商品を法的に「ウイスキー」と呼ぶことはできない。日本やヨーロッパでは古代より主食として調理されてきた蕎麦は、大地の風味とボディーを感じさせる独特のスピリッツの原料となる。蕎麦の実の価格がコーンの4倍であり、粉砕にも3倍の時間がかかり、マッシュも重すぎることを考えると、これは相当なリスクを感じさせる事業である。だがウッドフォードリザーブ設立の立役者としても知られる故リンカーン・ヘンダーソン氏(ブラウンフォーマン)から薫陶を受けたサックス氏は 、まったくひるむことなく蕎麦ウイスキーの生産に乗り出しているのだ。
 
(つづく)

 

 

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