スコッチウイスキーの聖地アイラ島で、2019年から操業しているアードナホー蒸溜所。モダンながら伝統の製法も継承し、新しいアイラモルトの定番となるべく着実に歩みを進めている。

文:パトリック・コネリ

 

アードナホー蒸溜所は、伝統的な設備や生産工程を多く採用している。4槽あるウォッシュバックはすべて木製で、発酵時間はかなり長めだ。コンデンサーはアイラ唯一のワームタブ(蛇管式)で、ラインアームの長さはおそらくスコットランド最長(24.5フィート、約7.5m)である。 マッシュに使用する大麦モルトはフェノール値40〜45ppmのピーテッドで、穏やかなピート香とフルーツ香を持ったスピリッツが得られる。

アードナホー蒸溜所がある場所は、スコットランド全土の蒸溜所と比較しても指折りの絶景に恵まれている。ガラス張りの蒸溜棟やカフェからは、美しいアイラ海峡が見下ろせる。その先に見える山並みは、ジュラ島のシンボル「パップス・オブ・ジュラ」だ。だが蒸溜所の建設地を決める時、チームはビジターのことをまったく念頭に入れていなかったという。この風景を眺めながらそんな裏話を聞いたら、ほとんどのウイスキーファンが驚くことだろう。

輸出部長のアンドリュー・レインによると、蒸溜所観光にまつわる構想は建設計画と同時にスタートし、徐々に規模が大きくなってきた。 現在のところ、通常なら年間2万人のビジターを見込んでいるという。アンドリューが説明する。

品質至上主義の蒸溜所チームは、当初ビジター体験について深く考えていなかったという。それでも蒸溜棟からの景観はスコットランド屈指の美しさだ。

「蒸溜所観光という収入源があるのは、もちろん知っていました。そこで他にはない特別なビジター体験を提供するため、適切なスペースも用意することにしました。ショップだけでなくカフェも併設しましたが、最初からそんな計画だった訳ではありません。建築計画を進めるうちに、アイデアが膨らんでいったのです。カフェを運営できるスタッフが確保できた時点で、併設を決めました。家族経営の私たちは、蒸溜所のチームを何よりも大切にしています。スタッフの大半は島の出身で、ウイスキー業界にどっぷりと浸かっている人たちばかり。アードナホーを訪ねてくれる皆さんに、あたたかいアイラ流のおもてなしをご用意しています」

スチュワートは、スコットランドのホスピタリティについて真剣に考えているようだ。

「スコットランドに住むスコットランド人としの誇りです。ビジターの皆さんや、さまざまな用事でこの地にやってくるすべての人たちをあたたかく迎えたい。『アードナホーのもてなしは他所と違うね』と思われたいのです。完成した蒸溜所のことを、私たちはとても誇りに思っています。できるだけ多くの皆さんに見ていただき、訪問の後しばらっく経ってから『あの蒸溜所のウイスキーが飲みたいな』と思ってもらえるような体験をご用意したいと考えています」

チームが確立したスピリッツの特性は、将来にわたって販売する商品の評価を根幹から支えるものになる。ウイスキーの品質について、蒸溜所長のフレイザー・ヒューズは大いに自信を持っている。

「アードナホーの特性を一言でいえば、アイラを象徴するユニークなシングルモルトスコッチウイスキーということになります。アイラの象徴を謳うのは、原料の大麦モルトにはスモーキーなアイラらしいピートのアロマがあるから。その一方で、ここはアイラの蒸溜所で唯一ワームタブ式(蛇管式)のコンデンサーを使用している点がユニークです。まだ創業して2年ですが、熟成後の原酒が持つ特性についてはある程度の予想ができています。ノージングやテイスティングをすると、重層的な香味がダイナミックに変化するスピリッツ。最初にフルーティなアロマがあり、その後から甘味とスパイス香が続きます。そしてピートの効いたフェノールの感触が、クリーミーな舌触りとともにリッチな印象を開かせるのです」

 

すべては原酒の仕上がりで決まる

 

まだ2年ということもあって、ボトリングの時期を焦っている訳ではない。ウイスキーファンが、スピリッツのテイスティングをさせてもらえる日もはっきりとは決まっていない。事業開発部長のスコット・レインが説明する。

「商品化のタイミングは、ウイスキー自体が教えてくれるでしょう。ちょうど3年でボトリングして販売するような先走った計画は、そもそも最初から立てていません。ケース単位でのセールスを見込んでいるのは、もっと何年も先の話です。だから急いで商品化するようなプレッシャーはまったくありません。ウイスキーはまず品質が最優先。アードナホーの価値を決めるのは、その品質に他ならないからです」

ボトリングの予定は設定せず、最高の仕上がりを待ちながら熟成を待つ。スピリッツにはフルーティなアロマがあり、甘味とスパイス香が続く。そしてアイラらしいピート香がクリーミーな舌触りとともに押し寄せる。

アードナホーでは、生産工程で手間を惜しんだり、コストを削減するようなことはしていない。だから熟成のプロセスを端折って、完成を急いだりすることもないのだとスコットは言う。

「もちろん最初のリリースは、もっとも重要な商品となる可能性が高いでしょう。だからこそ満足のいく品質に到達するまでじっと待つのです。そのときが来るまで、4年、5年、6年、あるいはそれ以上の時間がかかるかもしれません。でもそれでいい。究極の目標は、本当に自信が持てるウイスキーを市場に送り出すことなのですから。蒸溜にもたっぷり時間をかけて、最高品質の大麦や樽材を調達する気の長いプロセスにも投資を続けられるのは、ハンターレインの事業で成功した実績があるからです」

このような品質至上主義の方針や、家族経営によって独立を守るハンターレインの経営体制は力強い。フレイザー・ヒューズが、アードナホー蒸溜所長の職を引き受けた理由もそこにあるのだという。フレイザーいわく、スチュワートと2人の息子たちは一緒に働くだけで大きな実りをもたらしてくれる。3人の経験と情熱から学ぶものは大きく、プロジェクトをしっかりと自分たちの手で動かす姿勢にも共鳴できる。すでに成功を収めたブランドの事例も豊富で、多くの決断を下す際にも他企業のように時間がかからない。フレイザーは現在の仕事の魅力について、次のように語ってくれた。

「アイラでもっとも新しい蒸溜所で働けることには、喜びしかありません。そして謙虚な気持ちにさせてくれる仕事でもあります。伝統のある著名な蒸溜所では、これまでに積み上げてきた数百年もの歴史をふまえてウイスキーづくりをしなければなりません。でも私たちは、ここアードナホーで、本当にスタート地点から自分たちの歴史を創り上げるチャンスと向き合っているのです。経験豊富なオペレーターもいれば、ウイスキー業界に入ったばかりの新人もいる素晴らしいチーム。経営者のファミリー、取締役会、そして私自身も、週毎につくりだす一貫して高品質なスピリッツの未来に胸を躍らせています」