スコットランドのハイランドに誕生したアードロス蒸溜所。その成り立ちから将来の方針まで、関係者たちと語り合った2回シリーズ。

文:ガヴィン・スミス

 

英国の競馬が好きな人なら、「アードロス」という名前に聞き覚えがあるだろう。1980年代初頭に活躍した種馬のサラブレッドで、育てたのは高名な調教師のヘンリー・セシル卿である。競走馬のアードロスは、インバネスの北にあるアベロン渓谷の小さな集落にちなんで名付けられた。

そして時は移り、2019年には同じ「アードロス」がハイランドに新設された蒸溜所の名前にもなった。

アードロス蒸溜所のオーナーは、歴史的建造物の再活性化で有名になった企業連合「グリーンウッド・ボンド」だ。この再活性化の手法として、クリエイティブな企業各社と協働しているのが大きな特徴である。これまでに手掛けた有名な建造物には、ロンドンのシティにあるホテル「ザ・ネッド」(サイデル・グループとソーホー・ハウスのジョイントベンチャー事業)、ロンドンのメイフェア地区(ピカデリー157-161)にあるカジノ「レザンバサドュール」、ロンドンのカムデン地区にある音楽や美術の発信基地「ココ」などが挙げられる。

CEO兼マスターブレンダーのアンドリュー・ランキンは、オーヘントッシャンやグレングラントのように華やかな香味を目指して蒸溜設備の設計を支持した(メイン写真はアードロス蒸溜所の全景)。

アードロスを運営するのは、グリーンウッド・スピリッツ社のCEO兼マスターブレンダーであるアンドリュー・ランキンだ。シーバス・ブラザーズに勤務経験があり、25年間務めたモリソンボウモアではチーフブレンダーとオペレーションディレクターを歴任してきた。

ランキンとグリーンウッドが初めて接触したのは2015年のことだ。グリーンウッドは、どこか既存のスコッチウイスキーの蒸溜所を買収するか、それとも新しい蒸溜所を建設するのに相応しい場所を見つけるか、ランキンに相談したのだという。

蒸溜所の建設地を探していたランキンは、翌年の2016年初頭に運命の場所と出会う。それが、なかば遺棄状態にあったアードロス・メインズ農場だった。スピリッツ蒸溜に使用する水は近くのロッホ・ドゥ(ドゥ湖)から確保し、ここで新しい蒸溜所を建設することにした。偶然だが、この農場のそばにはアードロス城がある。かつてアレクサンダー・マセソンが住んでいた古城だ。マセソンは1839年にここからも程近いダルモア蒸溜所を設立した人物である。

そしてグリーンウッドはこの土地を購入し、蒸溜所を建設しながら既存の建物の改修にも乗り出した。もともとの建物で使用されていた石やスレートをできるかぎり再利用し、ウイスキーとジンをつくる蒸溜所を2017年に建設すべく工事に着手した。

ランキンが施工を依頼したのは、建設会社のNORR。同社はシーバス・ブラザーズのためにスペイサイドのダルムナック蒸溜所を建設した実績があり、その仕事ぶりをランキンが高く評価していたのだ。
 

理想の酒質をすぐに獲得

 
新しい蒸溜所の製造環境としては、フォーサイス社がジン製造用の設備を納入した。バスケットからボタニカルの風味を抽出する方法で、ポットスチル1基とコラムスチル1基を併用しながら必要なアルコール度数まで高められる。ちなみにジンのブランド名は「セオドア」だ。ロータリーエバポレーター(回転式蒸発装置)も導入して、通常より低温での蒸溜も可能にした。こうすることで、慎重な取り扱いが必要なボタニカルも原料にできる。

ウイスキーづくりに関しては、誰もが昔ながらのハイランド流シングルモルトを想像していたことだろう。だがランキンが望んだ製造設備は、かなり別の方向性を持っていたのだと明かす。

スコッチ業界で40年以上の経験があるサンディ・ジェイミーソン蒸溜所長。フローラルでフルーティなスピリッツの品質を維持している。

「同じようなハイランドスタイルのウイスキーを、もうひとつ増やしても面白くありませんからね。モリソンボウモアにいた頃は、オーヘントッシャンが大のお気に入りでした。だからアードロスのウイスキーづくりもオーヘントッシャンの影響を受けていますが、かといって軽すぎる酒質でもいけないと思っていました」

ランキンは、シーバス・ブラザーズで働いていた頃を思い出しながら説明を続ける。

「当時はシーバス傘下だったグレングラントが私の好みでした。そこでスチルのスタイルは、グレングラントと似たようなタイプにしようと考えたんです。ウォッシュスチルとスピリッツスチルは同型で、グレングラントのような精溜器を取り付けています。まだ精溜器は使ったことがないんですけどね」

最初のスピリッツ蒸溜で、望んでいた品質の98%を達成できていたとランキンは説明する。サンディ・ジェイミーソン蒸溜所長とアードロス蒸溜所の生産チームにとって、これは「リアルな達成」だった振り返る。

サンディ・ジェイミーソンは、 1979年からマレイ湾の海岸沿いにあるポートゴードン・モルティングで働き始めた。その後、当時のJ&Bスコットランド社に転職して、ロセスにあるグレンスペイ蒸溜所が職場となる。1997年の企業合併によってディアジオが誕生すると、ベンリネス、ダルユーイン、カードゥ、クラガンモア、ノッカンドゥと有力な蒸溜所の現場を渡り歩いた。そして2013年にはスペイサイド蒸溜所の蒸溜所長に任命されている。そんなジェイミーソンが、アードロスの生産部門を統括する意気込みについて語ってくれた。

「人生に一度は、新しいウイスキーのスタイルを決める役割を果たしたいと思って生きてきました。そしてついにアードロスで、そのチャンスが到来したのです。新しい蒸溜所で最初の蒸溜所長となり、新しいウイスキーをつくるのは本当に光栄なことです。良いものができたので、これからはこのスピリッツの品質をコンスタントに保つのが自分の仕事になります」

スチルは高さがあり、ネックは細長い。バルジが付いていて、ラインアームはわずかに上向きだ。この設計はランキンが決めたもので、蒸気の還流を増やすのが目的である。蒸溜所を設立する当初から、アードロスでつくりたいスピリッツの酒質は明確にイメージしていたのだという。

蒸溜器の設計方針から予測できるように、アードロスのチームは発酵時間も長くとることを決めていた。短めの発酵は、これまで試してさえいないという。ランキンの目標は120時間の長時間発酵。最初のスピリッツ蒸溜を終えたジェイミーソンと生産チームは、サンプルをランキンに届けた。その後に加えられた工程上の変更は、カットポイントをわずかに調整するぐらいのものだったとジェイミーソンは言う。

「私の表現でいうなら、アードロスのニューメイクスピリッツは甘味があって、夏のフルーツや花の香りがあります。軽やかな酒質で、かすかに青リンゴのような風味を感じさせるんです」
(つづく)