入社わずか7年で、ジャックダニエルの第7代目マスターディスティラーとなったジェフ・アーネット。革新的なフレーバードウイスキーづくりは、ファン層の拡大が目的だ。

文:ベッキー・パスキン

 

アメリカンウイスキーの代表銘柄であるジャックダニエル。そのマスターディスティラーとして生産部門を率いるジェフ・アーネットは、就任以来フレーバードウイスキーに力を入れている。その理由について尋ねてみた。

「ウイスキーマガジンを読んでいるウイスキーマニアの中には、フレーバードウイスキーを見下している人だっているかもしれません。でもフレーバードウイスキーは、ジャックダニエルが新しいファン層に興味を持っていただき、支持層を拡大するのに重要なアイテムです。例えば『テネシーハニー』のおかげで、未知のファン層を広く捉えることができました。このような人たちの中から、潜在的に次世代の忠実なファンが育つのです。味覚が成熟して嗜好が変わってくると、ジェントルマンジャック、シングルバレル商品、アルコール度数の高い商品などに移行することもありますから。若い頃にお酒を飲み始めたとき、私も今とはまったく嗜好が違いましたよ」

アーネット自身は、若い頃にお酒のビギナーとして何を好んで飲んでいたのだろうか。

「ジャック&コーク(ジャックダニエルのコーラ割り)ですよ。『自分がつくったウイスキーをコーラで割られるのは嫌ですか?』とよく訊かれますが、ぜんぜん嫌じゃないよと答えています。なぜなら自分自身がジャックダニエルと出会ったのも、コーラ割りがきっかけだったから。報告によると、世界中で販売されるジャックダニエルの約50%は、ジャック&コークで飲まれているそうです。これはとてつもなく大きな数字ですよね。ジャック&コークがなかったら、自分がここまでジャックダニエルを好きになることもなかったと思っています」

フレーバードウイスキーやウイスキーカクテル以外にも、ジャックダニエルは革新的な試みを続けている。メープルバレルで熟成した「No. 27 ゴールド」や、樽材に溝を彫り込んだバレルで熟成した「シナトラセレクト」。さらには134年の歴史で初めてという新しいマッシュビルでつくった「ジャックダニエル ライ」。ブランドの主要なラインナップにも、さまざまなイノベーションが浸透している。

その中でも、ジャックダニエル蒸溜所の真にマニアックな実験精神が垣間見られるのは、限定エディション「テネシーテイスターズ」のシリーズだろう。これまでにテネシー産赤ワイン樽フィニッシュ、テネシー産オートミールスタウト樽フィニッシュ、ヒッコリー材を組み込んでチャーを施した特製樽による熟成などの実験的なウイスキーが発売されているのだとアーネットが語る。

「決まりきった仕事だけやっている訳ではありません。新しいグレーンを試してみたり、新しいフレーバーを組み合わせてみたり、樽材に工夫してみたり。アルコール度数でも違いを出しています。先代から伝わるコーンの品種も、自前で栽培いたいと思っているところ。もうどこでも栽培されていない品種だから、希少価値があるのです」

全体として革新的な方針を維持しながら、ジェフ・アーネットはアシスタントマスターディスティラーのクリス・フレッチャーからも意見を聞いて仕事を勧めている。数あるイノベーションの可能性から、いま集中すべきテーマを選りすぐるためだ。

「下手な鉄砲を打ちまくって、偶然の当たりを期待するのではいけません。もっとピンポイントで狙いを定め、実験を成功させたいと考えています。関連性のない実験を増やしすぎて、最後に投げ出してしまうことがあってもいけません。ブランドを健全に成長させるため、イノベーションはますます重要なものになっていくでしょう」

 

バーボンとテネシーウイスキーの違い

 

このようなイノベーションによって新しいファンを獲得し、その名声をますます高めているジャックダニエル。だが今でも人々を混乱させている問題がひとつある。アーネットでさえ、繰り返し尋ねられてうんざりするような質問だ。

「ジャックダニエルは、バーボンなんですか?とよく聞かれます。そんなとき、ジャックダニエルはテネシーウイスキーだと答えます。でもチャコールメロウイングという手法を加えた特別な種類のバーボンなのですよ、という説明もしています」

ラベルに「テネシーウイスキー」と表記されるには、テネシー州リンカーン郡で規定された製造工程に従う必要がある。このリンカーン郡で規定された製造工程というのが、メープル(サトウカエデ)の木炭でニューメイクスピリッツを濾過する「チャコールメロウイング」なのだ。

マスターディスティラーのジェフ・アーネット(右)と、アシスタントマスターディスティラーのクリス・フレッチャー(左)。前例のない革新的なチャレンジで、ジャックダニエルの未来を切り拓いている。

この工程を加えることで、アロマ、フレーバー、口当たりに顕著な違いが生まれる。濾過を済ませたスピリッツは、はっきりとソフトな印象になるのだ。これは石炭がスピリッツに含まれる不純物を取り除いてくれるおかげである。

しかしながら、チャコールメロウイングをやれば他の行程はどうでもいいという訳でもない。そしてテネシー州内にある他のウイスキー蒸溜所には、それぞれの流儀とレシピがあるのだとアーネットは説明する。「テネシーウイスキートレイル」と題されたモデルコースには、現在30軒以上の蒸溜所があり、その中にはライウイスキーやバーボンを生産する蒸溜所もある。

「わずか30kmほどのコースを巡るだけで、生産工程にも実に多様性があることがわかります。ジャックダニエルの手法が、他の蒸溜所の手法とまったく異なるものだと理解できますよ」

ジャックダニエルは、現在テネシー州で最大のウイスキーメーカーだ。そして世界中の市場で増加するアメリカンウイスキーへの需要に応えるため、大規模な設備投資をおこなったばかりである。

「ウイスキーに注目する人々の数は、かつてないほど増えています。ジャックダニエルのような有名ブランドであっても、これから初めて試してみようという人がいるのです。消費者はそうやってウイスキーに出会い、『美味しいね。他にどんなのがある?』といった具合に嗜好を進化させていきます。誰もが新しい味わいを体験したいと願っているんですよ」

フレーバー、グレーン、樽熟成などの分野で、さまざまなイノベーションを敢行してきたジェフ・アーネット。ここリンチバーグでは、まだまだたくさんの実験が進行中のようだ。これからも画期的な新商品で私たちを驚かせてくれるに違いない。