個性的なウイスキーメーカーを渡り歩き、マスターブレンダーとしてさまざまなブランドを再生させたビリー・ウォーカー。5年前から指揮を執るグレンアラヒーで目指す理想のウイスキーづくりとは?

文:クリスティアン・シェリー

 

2004年にベンリアック蒸溜所を買収したビリー・ウォーカーは、2008年にグレンドロナック蒸溜所を買収。2013年にはグレングラッサ蒸溜所も加わって、現在のベンリアック・ディスティラリー・カンパニーの運営体制が完成した。ビリーのチームは、3箇所の蒸溜所でウイスキーを生産し続け、樽材の調達と管理も進化させていった。だが2016年に、3つの蒸溜所はジャックダニエルの親会社であるブラウン・フォーマンに売却されることになる。

「簡単な決断ではありませんでしたよ。もともとベンリアックに投資した3人の中で、おそらく私が一番売却を嫌がっていましたから。でも当時の共同出資者たちは、それぞれ別の問題を抱えていました。そんな事情を知りながら、仲間たちが助かる方法を探さないのも冷たすぎる。ともあれ、ベンリアックの売却は大きな変化になりました」

ベンリアック時代を振り返ると、3つの蒸溜所にはそれぞれまったく異なる思いがあるとビリーは言う。ベンリアックは、シングルモルト人気が盛り上がってくる時期に授かった第一子。グレンドロナックは、シングルモルト黄金時代の素晴らしい買収だった。だが海岸沿いのグレングラッサでは、まだやり残したことがあるという感覚もあるのだという。

「いろいろな意味で、あの時期にグレングラッサを手放したのは今でも残念に思っています。2013年から2016年までの間に、将来に向けた素晴らしい準備をしましたから。今後4~5年の間に、グレングラッサから素晴らしい商品の発売があることでしょう」

若干の後悔はあれど、3つの蒸溜所はどれも好ましい運営者の手に渡ったとビリーは感じている。

「ブラウン・フォーマンは、かつての我々と考え方も違うし、やり方も違うでしょう。でもより安全で穏便な方向に歩んでいくことは間違いありません」

しかしその「安全で穏便な方向」とは、ビリーがあえて目指してこなかった方向でもある。

「私たちは、独立した輸入業者やディストリビューターたちと取引をして、独立した小売業者との信頼関係を築くことに重きを置いていました。ウイスキーについて深く理解している情報通の消費者たちと関わるのが目的だったのです。だから今さらブラウン・フォーマン、ディアジオ、シーバスのような大手メーカーと熱心に取引するのは気が引ける。それが自分たちの領域ではないことをはっきり自覚しているからです」
 

キャリア集大成としてのグレンアラヒー

 
ベンリアック・ディスティラリー・カンパニーの売却でひとつの時代が終わった。しかしそれは、2017年にグレンアラヒーを買収するチャンスも生み出してくれた。

「率直に言って、グレンアラヒーが売りに出ていると知って驚きました。タイミングもばっちりでした。シーバスの人と雑談していたら、話の流れで実際の買収プロセスが始まったのです。そんなチャンスが訪れたことを、とても嬉しく思っていました」

スピリッツ製造に妥協のないビリー・ウォーカーは、傑出したマスターブレンダーの顔も見せる。グレンアラヒーでは眠っていた樽原酒をくまなく評価し、長期熟成の見事なボトリングに昇華させた。メイン写真は、グレンアラヒー蒸溜所の外観。

当時はすでにウイスキー業界全体がとても好調であったため、蒸溜所の買収自体がほとんど話題に上がらなかった。少なくとも中期的な見通しでは、ビリーの関心を惹くような蒸溜所が売りに出ることなどありそうにない時期でもあったのである。

グレンアラヒーは、ビリーのウイスキー人生における集大成のような存在ではないか。それは現在取り組んでいるプロジェクトだからという理由だけでなく、ビリーが重視する多くの条件を満たしてくれる蒸溜所であるからそう感じるのである。グレンアラヒーは優良なモルトウイスキーの蒸溜所でありながら、ほぼ無名に近かった。ビリーの手でブランド価値を確立させるのに格好の存在だったのだ。

ブランディングに必要なのは、フレーバーとポジショニングを明確化すること。さらに革新的な樽材を使用すれば、もっと大きな可能性が開けてくる。クリエイティブなウイスキーづくりと商業的な成功に、未知の伸びしろがあるのもグレンアラヒーの魅力だ。

「グレンアラヒーの課題は、蒸溜所の生産規模でした。年間420万リットルという当初の生産量からして、かなり大規模な設備といえます。これは私たちがやりたいことを実現する場所としてはちょっと大きすぎました。そこで最初にやったのは、生産能力を25%にまで削減して、発酵時間を60時間から140~160時間に増やすこと。発酵時間を変えたのは、もろみに最大限の香味プロフィールを持たせるのが望みだったから。そして既存の在庫も徹底的に調べました。現状を把握し、課題や新しい可能性を探るためです」
 

樽熟成とブレンディングで独創性を発揮

 

新旧のスピリッツから魅力的な商品を生み出す鍵は、さまざまな樽熟成によって香味をコントロールすることだ。ビリー・ウォーカー流のウッド・マネージメント(樽材管理)とは、いったいどのようなものなのだろうか。

「私が信じている原則があります。それは良質なスピリッツをつくって、望ましいウイスキーの特性にあわせた蒸溜時のカットを見極め、質の高い木材で造られた樽に貯蔵すれば、必ず良いウイスキーができるというシンプルな事実です」

だがビリーのクリエイティビティは、原則よりも細部に宿っている。

「ベンリアックを買収して以来、さまざまなスタイルの樽材を検討してきました。スペイン産、アメリカ産、フランス産のオーク材をさまざまなレベルでトーストしたもの。そしてシェリー樽以外の選択肢としてハンガリー産のオーク材も使用しています。ミズーリ州オザーク産のチンカピンオークにも注目しました。数年前に入手したスコットランドのオークと日本のミズナラも魅力的ですね」

左からリンゼイ・コーミー、ビリー・ウォーカー、キーロン・イングラム。ビリーはみずからの哲学を共有できる少人数でのオペレーションを好んできた。

このような変わり種の樽を使い始めたのは、割と最近のことなのだとビリーは言う。使い方にも変化をつけて、原酒のバリエーションを増やすのが目的だ。

「新樽で特徴を強く出してみたり、トーストやチャーのレベルを変えたりもします。ウイスキー業界では、同様の試みをかなり以前からやっています。でもこれらの樽がウイスキーの香味にどんな影響をもたらすのか、その影響の程度はどれくらいなのか、ようやくその効果の詳細について理解が進んできたところ。これからもっと面白い時代になっていきますよ」

熟成されたスピリッツが手元に揃ったら、次はブレンディングだ。ビリーが考えるブレンディングの妙技とは、組み合わせによって予想外の成果を呼び起こすことだという。

「ブレンディングには、もちろん直感が支配する部分もあるでしょう。感覚に頼ったり、経験を積み重ねたりするのも大切です。しかし実際に起こっている現象を科学的な知識で説明したい。今の時代は、そんな意味でも恵まれています。長い間ブレンディングに携わってきましたが、新しい香味を生み出すために科学の知識を役立てられるのは幸運なことですから」

グレンアラヒー蒸溜所の買収から5年が経った。ビリーはチームが目指した品質目標の90%をすでに達成したと考えている。

「残りの10%は、ひょっとしたら永遠に達成できない理想の部分なのかもしれません。でもそこがまだ達成できないのは努力の不足が原因だとも思っていません」

シングルモルトウイスキーのグレンアラヒーだけでなく、ブレンデッドモルトウイスキーの「マクネア」、ブレンデッドスコッチウイスキーの「ホワイトヘザー」、ラムの「エクスプロレーション」などの幅広い商品を展開しているビリー・ウォーカー。起業家としての自分をどう評価しているのだろうか?

「私は起業家なんかじゃありません。ただウイスキーをつくっているだけですよ」

ビリーはきっぱりと答えた。化学者でありながら、風味と機会に対する優れた直感も持ち、半世紀を経た今でも探求すべきアイデアが尽きることはない。これからも創造力をかきたてる蒸溜所が現れたら、きっと再び行動に出るのだろう。それがビリー・ウォーカーの信じるウイスキーづくりに他ならないのである。