ボウモア蒸溜所長の流儀【前半/全2回】

June 4, 2018

アイラ島のボウモア蒸溜所から、現役の蒸溜所長が来日した。デイビッド・ターナー氏の真摯な言葉に、揺るぎのない伝統のウイスキーづくりを学ぶ2回シリーズ。


文:WMJ

 

スコットランド屈指の歴史を誇るボウモア蒸溜所は、今でも手間のかかる昔ながらのウイスキーづくりを実践している。その卓越した品質を守るべく、日々の生産業務を監督しているのが蒸溜所長だ。

そんな通常ならアイラ島でしか会えない人が、はるばる日本にやってくるという。

実際にお会いしたデイビッド・ターナー蒸溜所長は、まさに実直を絵に描いたような印象の人。必要なことだけを静かに語り、決して二言はない。いかにも昔気質のスコットランド人といった迫力がある。

蒸溜所長直々のレクチャーが始まった。

「今日は私たちがつくるウイスキーについてお話しましょう。ボウモアはアイラ島中心部にある人口3600人ほどの小さな町。メキシコ湾流による影響により、寒暖の差も比較的緩やかで、ウイスキー熟成に理想的な環境です」

ボウモアはアイラ島最古の蒸溜所であり、スコッチウイスキー界で最古の貯蔵庫を持つ。1779年にシンプソン家が創設して以来、さまざまなオーナーのもとでウイスキーをつくり続けてきた。1837年にムター家、1925年にJ・B・シェリフ、1950年にウィリアム・グリゴー、1963年にスタンリー・モリソンがそれぞれ買収。そして1994年からはサントリーの傘下に入った。

「ビームサントリーの一員であることを誇りに思っています。なぜならサントリーは、何よりも品質と人材を大切にする企業だから。これはボウモアの理念とも一致します。私たちが効率や売上のために品質を犠牲にすることは決してありません」

蒸溜所長の手には、1961年以降、過去10名の歴代蒸溜所長を記したリストがある。そのなかでも特に重要なのは、1984年から同職を務めたジェームズ・マキュアン氏なのだという。

「彼はアイラ島出身者として初めてボウモアの蒸溜所長になった人物です。それ以降のボウモア蒸溜所長は、みんなアイラ島出身者が務めています」

アイラ島で生まれ育った者のことを、ゲール語で「イーラック」と呼ぶ。ジェームズ・マキュアン氏、アイラ・キャンベル氏、イアン・マクファーソン氏、エドワード・マカファー氏、そして2012年に蒸溜所長に任命されたデイビッド・ターナー氏まで、全員が生粋のイーラックなのである。

デイビッド・ターナー氏は、1973年9月にアイラ島で生まれた。1990年6月、16歳のとき、かつて祖父も務めていたボウモア蒸溜所に就職。以来28年間にわたって世界的なモルトウイスキーを現地でつくり続けている。

「最初の2年間は法律的にオペレーター業務ができず、貯蔵庫の仕事をしました。その後1992年から2006年までは各生産行程のオペレーター業務を経験し、製麦、糖化、蒸溜と、ウイスキーづくりにおけるすべての行程を学びました」

そして2006年にヘッドディスティラー就任。2012年からは蒸溜所長として生産チームを率いている。

「30年近いキャリアのなかで、ウイスキーづくりの手法はほとんど変わっていません。でも特別な年はありました。エリザベス女王が、ボウモア蒸溜所を訪問した1980年もそのひとつ。女王陛下がウイスキーの蒸溜所に足を運んだのは、後にも先にもこの時だけです」

 

蒸溜所長が直々にボウモアの毎日を解説

 

ボウモア蒸溜所で日々おこなわれるウイスキーづくりについて、蒸溜所長がみずから解説してくれる。そんな贅沢な時間がスタートした。

「ウイスキーづくりの主要な材料は4つ。大麦、水、酵母、そしてもっとも大切な要素が人間です」

製麦、糖化、発酵、蒸溜、熟成。ひとつとして気の抜けない工程は、蒸溜所長を含めてわずか15名のチームで維持している。

ボウモアの製麦といえば、フロアモルティングが有名だ。3層のフロアに分かれたモルトバーンで、1週間に42トンを製麦する。使用するモルトのうち、33.5%が自家製だ。スコットランド全体でも、フロアモルティングが残っている蒸溜所はボウモアを含めて6箇所しかない。

フロアモルティングは、コンクリートの床に大麦を置いて自然な温度で発芽させる方法だ。発芽に最適な17℃に保つため、モルトマンが4時間毎に木製のシャベルで大麦をすき返す必要がある。

「蒸溜所を訪ねて、これが観光客用のパフォーマンスだと思う人もいます。でも実際には昼夜問わず作業が必要なので、深夜の1時や2時でも誰かが作業を続けています」

蒸溜所長はアイラ島から持参してくれたシャベルで「すき返し」を実演してくれた。これを昼夜なく4時間おきに続けるのは、豪雪地帯の雪かきよりも大変だ。フロアモルティングを継承するには、相当な覚悟が必要なのだと改めて実感する。

フロアモルティングによって発芽した大麦麦芽(通称グリーンモルト)は、煙で燻して発芽を止められる。その燃料に使用されるのがアイラ産のピートである。乾燥時間は18時間に及び、ボウモアのモルトはフェノール値が25~30ppmで、これがおなじみのエレガントなスモーク香を表現する。

製麦が完了すると、次は麦芽の粉砕だ。モルトミルで粉砕して「グリスト」に変えることで、温水を加えたときに糖分が取り出しやすくなる。グリストは、粉砕の度合いによって3種類を使い分ける。ボウモアではハスク20%、グリッツ70%、フラワー10%の割合を正確に守っている。

糖化は1バッチに約8トンのグリストを使用し、温水に混ぜて糖分を引き出す。この作業は2回おこない、1回目に入れるお湯は27,000L、温度は63.5℃だ。2回目には85℃の温水を13,000L入れて、残存する糖分を取り込む。こうして濾過された40,000Lの甘い麦汁を「ウォート」と呼ぶ(「ワート」とも呼ばれるが、イーリックである蒸溜所長の発音は「ウォート」である)。

しっかりと糖分を含んだウォートは、カナダ産のオレゴンパインでできた木製のウォッシュバック(発酵槽)に移される。そこに投入する100kgの酵母は、マウリ社(75kg)とケリー社(25kg)の2種類だ。

「どちらも生のウイスキー用酵母ですが、作用もフレーバーも異なります。発酵序盤で活発に働くのがマウリで、後半に効果を発揮するのがケリー。この酵母の組み合わせは、25年間変えていません」

48時間のアルコール発酵を経て、ウォートはビールのようにアルコールを含んだ緑色の液体になる。これがボウモアの「ウォッシュ」(もろみ)で、アルコール度数は約7.5%である。

 

小型のスチルで複雑な風味を授ける

 

いよいよ蒸溜だ。蒸溜器でアルコール度数が高まるのは、純粋なアルコールの沸点が78℃と水より低いため。スチル(蒸溜釜)内でウォートが蒸発し、コンデンサーを通って再び液化することでアルコールが濃縮されていく。ボウモアは伝統的な2回蒸溜を採用しており、2器のウォシュスチル(初溜釜)と2器のスピリッツスチル(再溜釜)をフル稼働している。

「スチルやネックの形とサイズは蒸溜所によってすべて異なり、ニューメイクスピリッツの特性に大きな影響を与えます。ボウモアのスチルは背丈が高く蒸溜工程がゆっくりなので、スムースでライトかつ風味豊かなスピリッツに仕上がります」

まずは40,000Lのウォッシュを20,000Lずつに分け、2器のウォッシュスチルで蒸溜する。この初溜行程は所要時間ほどだ。取り出された16,000Lの液体はアルコール度数が約22%で、「ローワイン」と呼ばれる。

初溜で体積が減るため、2回めの蒸溜(再溜)では、ウォッシュスチルよりやや小さい2器のスピリッツスチルを使う。24,000Lのローワインを12,000Lずつスチルに入れ、9時間かけて蒸溜すると4,800Lの蒸溜液が流れ出す。この「ニューメイクスピリッツ」は、アルコール度数が68%ほどだ。

「ニューメイクスピリッツは、毎分16~18Lのペースでスピリッツセーフに流れ出します。2018年の生産量は、年間180万Lを目指しています」

海抜0mという特異な環境にあるボウモア蒸溜所の第1貯蔵庫(ナンバーワン・ヴォルト)。樽が呼吸するように海のアロマを吸い込んで唯一無二のフレーバーを授ける。

そして、すべてのスピリッツは樽に入れて熟成される。ボウモア蒸溜所の美しい鳥瞰写真を見ながら、デイビッド・ターナー蒸溜所長が一角を指差した。

「ここに世界最古のウイスキー貯蔵庫があります。ボウモアの第1貯蔵庫(ナンバーワン・ヴォルト)です。ボウモアのロゴが書かれた建物のちょうど後ろにあり、海抜は0メートルという環境です」

ボウモアでは年間23,000樽(400万L)をアイラ島内で貯蔵している。熟成用のカスクにはさまざまな種類があり、熟成のためにはサードフィル(詰め替え3回)までの樽のみを使用する。

「樽材には気泡があり、そこから年間1~1.5%のウイスキーが蒸発します。いわゆる天使の分け前ですね。この気泡には他にも重要な役割があります。それは樽が置かれた外部の環境から香りを取り込むこと。海に近い貯蔵庫なら、この気泡を通して海風や海藻の香りが備わるのです」

(つづく)

アイラモルトの女王と謳われるボウモアの歴史、製法、商品などの情報が満載のオフィシャルサイトはこちらから。

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