1863年に創業したカミュ社は、独立系家族経営メーカーとしてコニャック業界最王手の独立系家族経営メーカーとしてと知られている。大手資本の傘下に入ることなく世界第5位の売り上げを維持しており、ブドウ農家の家系らしく「テロワール」をストレートに表現したコニャックづくりが身上だ。

そんなカミュ社から、珍しいテイスティング会の招待が届いた。ホストはグローバル・ブランド・アンバサダーを務めるフレデリック・ドゥゾジェ氏。コニャック地方の出身で、セラーマスターやセゴンザック蒸溜酒スピリッツ大学の学長などを歴任した第一級のエキスパートである。

今日テイスティングするのは、滅多にお目にかかれない超高級酒だ。カミュ社5代目当主のシリル・カミュが手がけた新商品「カミュ キュヴェ3.140」。希少な長期熟成原酒のみをブレンドしたマスターピース・コレクションの第4弾で、全世界で950本、日本ではわずか60本限定という宝石のようなコニャックである。
このコニャックに使用している原酒は、グランド・シャンパーニュ地区産の65年熟成原酒、プティット・シャンパーニュ地区産の39年熟成原酒、ボン・ボア地区産の36年熟成原酒の3種類。商品名の数字は「3」が3種類の原酒、「140」が3つの原酒の熟成年数の合計(65年+39年+36年)を表している。

そしてなんとドゥゾジェ氏は、「カミュ キュヴェ3.140」の原酒サンプルも日本へ持参してくれた。3種類の長期熟成原酒をそれぞれテイスティングし、グラスのなかでブレンディングもさせてくれるのだという。そして最後には、新発売される超高級商品のテイスティングも待っている。

3種類のテロワールを味わう

フレデリック・ドゥゾジェ氏の手引きでテイスティングが進む。2つのグラスの香りを交互に嗅ぐことで、香りにはっきりと変化が現れるのは不思議な現象だ。

眼の前のグラスから、ドゥゾジェ氏はまず一番古いグランド・シャンパーニュ地区の65年熟成原酒を手にとった。

「1945年に400Lの小型ポットスチルで蒸溜された原酒です。大戦が終わった年、コニャック好きの兵士たちに持ち帰られないよう、生産者が壁の中に隠して守り抜いた貴重なものです」

グラスから漂うのは、ナッツやカルダモンを感じさせるエレガントな香り。口に含むと穏やかなタンニンがあり、活力とバランスに優れている。65年熟成とあって、余韻は圧倒的に長い。

「石灰質のグランド・シャンパーニュ地区で育った酸味の強いブドウと、湿度が高いセラーから生まれた特別な味わいです。グランド・シャンパーニュ地区は長期熟成に向いており、熟成の過程でサンダルウッドのような香味も育つのです」

次はプティット・シャンパーニュ地区の39年熟成原酒だ。色は先ほどの65年ものよりも濃いが、ブランデーの色は必ずしも熟成年数を語らいないのだとドゥゾジェ氏が念を押す。香りはソフトで、芳醇な軽やかさがある。ユニブラン種らしい甘味と共に、かすかな苦味が心地よい。

「ライチやグレープフルーツなどのフルーツ香が特徴です。軽いスモーク香も感じる原酒で、他にはない特別な風味があります。先ほどの原酒と香りを比べてみましょう」

ドゥゾジェ氏に倣って両手にグラスを持ち、グランド・シャンパーニュとプティット・シャンパーニュを交互に香ってみる。プティット・シャンパーニュからグランド・シャンパーニュのグラスに戻ると、不思議なことに先ほどは感じなかったコーヒーのような香りが現れていた。

最後はボン・ボア地区の36年熟成原酒である。「キュヴェ3.140」の中核をなす原酒で、カミュ社の「3番セラー」で熟成された最後のコニャックなのだという。この貯蔵庫は湿度が高く完璧な条件を備えた貯蔵庫だったが、法改正によって熟成地が制限されたことから現在はビジターセンターの一部になっている。
香りは力強くフルーティで、新鮮なモモを思わせる。他の原酒とブレンドすると、この豊かなアロマが縁の下の力持ちのごとく風味を支えるのだという。マカダミアナッツのようなリッチなフレーバーも印象的だ。

「ボン・ボア地区の地質は粘土と砂。海に近いので微かな塩気もあり、口に含んでもパワフルでキレがあります」

3つの原酒をグラスのなかで混ぜる。それぞれの原酒の魅力が折り重なり、滑らかさと深みが増した。ブレンドは単なる足し算でないことがわかる体験だ。

3つの原酒の味を体験したところで、ドゥゾジェ氏は手元のスポイトを持った。セラーマスターがブレンドをつくる手順を再現するのだ。

「空のグラスに、好きな割合で3種類の原酒を調合してみましょう。カミュでは、グランド・シャンパーニュ、ボン・ボア、プティット・シャンパーニュという順番でブレンドしています。表面張力の弱い強い原酒から先に入れることで、よくブレンドが馴染むからです」

自分でブレンドしたコニャックは、フレーバーが驚くほど複雑になり、まろやかな深みが増した。ドゥゾジェ氏は、ブレンドが単純な足し算ではないことを教えたかったのである。

3つの希少原酒が溶け合った至高のコニャック

いよいよ日本で60本しか販売されない「カミュ キュヴェ3.140」を味わう時が来た。3種類の長期熟成原酒を樽から出して、ブレンドしたのが2010年のこと。すぐダムジャンヌ(ガラス容器)に移してそれ以上の熟成を止め、その後2012年にボトリングをおこなった。デキャンタのなかで完璧にマリッジされたコニャックが、すでにグラスに注がれている。
明るいマホガニー色は、超長期熟成の原酒を使用している証だ。複雑に躍動する香りのバランスは見事というほかなく、原酒で体験したグランド・シャンパーニュのスパイスや、ボン・ボアのまろやかさが溶け合っている。
口に含むと、プティット・シャンパーニュのフルーツ風味や、抑制の効いた木の香りが豊かなスパイスを感じさせる。舌触りはどこまでも滑らかで、味わいは深い。

「プルーンや柑橘っぽい戻り香がありますね。このサンダルウッドを思わせるエキゾチックな香りは、25年以上熟成したコニャックだけに現れるものなのです」

世の中には膨大な種類の原酒をブレンドしたスーパープレミアムクラスのコニャックもある。だがカミュ社の「キュヴェ」は、テロワールへのこだわりから数種類しか使わない。蒸溜からボトリングまで、すべての作業に公証人が立ち会うのもカミュならではの流儀だという。原酒の熟成年数を完璧に証明するためだ。

比類のないコニャックは、パッケージも豪華である。バカラ社製のクリスタルデキャンタは、フランス人彫刻家セルジュ・マンソーがデザインしたもの。ボルドリー地区にあるカミュ家の畑でよく目にする火打ち石をイメージしている。デキャンタはすべて手吹きのハンドメイドで、瓶詰めも封蝋も手作業でおこなった。1本ごとにシリアルナンバーがつけられ、使用された原酒の証明書が添えられている。木製ギフトケースを包む天然皮革は、ベントレーの自動車の内装にも使用されるメーカーの革であるとドゥゾジェ氏が教えてくれた。
アサヒビールによると、日本では10万円以上の高額なブランデーの輸入量が前年比189%と増加している。カミュ社のマスターピース・コレクションは、約5年ぶりの発売となる。