樽の内側を直火で焼き付ける「チャー」は、ウイスキーづくりの大切な伝統だ。チャーを施した新樽の利用法は、近年になってますます多様化している。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

バーボンは、内側にチャー(直火による焼き付け)を施した新樽で熟成することによって特有の風味を獲得する。そして使用後のバーボン樽は、モルトウイスキーを熟成する樽の代表として再利用されている。

だが近年になって、チャーを施した新樽がモルトウイスキーの熟成にも使用されるようになってきた。この新しい動きをふまえながら、確認しておきたい基礎的な知識がいくつかある。

まずはチャーを施した新樽がバーボンの風味に与える影響だ。そして使用後のバーボン樽がモルトウイスキーに与える影響についても確認したい。その上で、バーボン樽で熟成したモルトウイスキーと、チャーを施した新樽で熟成したモルトウイスキーの違いについても解き明かしてみたい。

エズラブルックスなどの銘柄で知られるラックスロウ・ディスティラーズの貯蔵庫。バーボンはアメリカンオークの新樽にチャーを施すプロセスが必須である。

チャーとは、すなわち炎を用いて樽の内側を燃やすことだ。チャーのレベルによって、燃やす時間も変化してくる。チャーのレベルには4段階(レベル1~レベル4)があり、レベル1のチャーは約20秒間の焼き付けで得られる。レベル2は25〜30秒、レベル3は35~40秒、レベル4は40~1分が目安となる。

チャーのレベルは樽工房ごとにそれぞれの基準があるため、標準的なチャーのレベルについては一概に断定できない。だが焼き付けの時間を延ばすほど、炭化した層が厚くなるという原則は共通だ。レベル1のチャーなら炭化層の厚みは約2mm。レベル4なら約4mmほどの厚みになる。

チャーによって加えられる高熱は、炭化した層の奥にトースト層(低温でゆっくりと活性化された層)も作り出す。チャーの時間を延ばすほどトースト層は厚みを増し、最高で12mmの厚さにまで到達する(樽材全体の厚みは25mm)。このトースト層のフレーバー成分にはキャラメルのような特性があり、さらに細かな風味グループも検出できる。チャーを施す以前は顕在化しなかった要素が、活性化されて明確な特徴を表現するようになるのである。

バーボンの熟成に使用されるバレルは、アメリカンオークが使用されるように法律で定められている。一般的なチャーのレベルは3~4だ。チャーの時間を延ばすほど、炭化層がしっかりと分解されて、浸透したスピリッツがてトースト層にも届きやすくなる。フレーバー成分がスピリッツ内に溶解する場所は、このトースト層とのだ。トースト層の風味は、この接触点から引き出されてスピリッツ全体に広がっていくのである。

 

チャー(直火による炭化)とトースト(低温加熱)の違い

 

炭化層とトースト層の役割は異なるが、熟成においては相補的な働きを見せる。スピリッツにフレーバーを授けるのはトースト層で、炭化層はある種の風味成分を吸収してスピリッツから取り除く。これがバーボンを熟成する新樽の中で起こっているメカニズムであると、ウッドフォードリザーブのマスターディスティラーを務めるクリス・モリス氏が説明する。

「炭化した層は、スピリッツに含まれるコーン由来の酸や油分を吸収してくれます。同時にトースト層から他のフレーバーが放たれているのです。結果として、スピリッツはクリーンでくっきりとした味わいになり、口当たりも豊かに変化してきます」

樽の炭化層は、大麦由来の硫黄成分も吸収してくれる。マッシュビル(使用するグレーンのレシピ)に大麦をほとんど使用しないバーボンは大きな影響がないが、モルトウイスキーの原料は大麦なのでニューメイクスピリッツに含まれる硫黄成分はバーボンよりも際立って多い。

クリス・モリス氏がマスターディスティラーを務めるウッドフォードリザーブ。高級バーボンに使用された良質なアメリカンオークの樽は、スコットランドのモルトウイスキーメーカーも高値で求める。

この硫黄成分にはやや鼻につく刺激があり、野菜、肉、濡れた靴下、燃えたマッチなどの風味を押し出すことで、他の軽やかな風味を覆い隠してしまう。つまり逆にいえば、この硫黄成分の量を減らすことができれば、隠れていたフルーツ香や甘味などの特性を引き出せるのだ。

チャーを施した新樽の熟成効果が実感できるモルトウイスキーにグレンモーレンジィがある。バーボン樽でフルタイムの熟成原酒をつくるだけでなく、チャーを施した新樽でバーボン樽原酒を後熟する工夫もおこなわれているからだ。このような熟成の成果が特に感じられるのは「グレンモーレンジィ15年」である。

またグレンモーレンジィでは、ニューメイクスピリッツをそのままチャーを施した新樽に詰めて熟成する場合もある。これは「グレンモーレンジィ ターロガン」で部分的に使用されているレシピだ。グレンモーレンジィの熟成を指揮するブレンダン・マキャロン氏が語る。

「ファーストフィルのバーボンバレルと、チャーを施した新樽。両者の違いは、ひとことで言って濃厚さです。フレーバーの種類や広がりにはさほど違いがありません。でもチャーを施した新樽には、明確なフレーバーがたっぷりと満載されています。バニラのようなクリーミーさも強く、はちみつ、ココナッツ、クローブなどの風味も過剰なくらいに表現されます」

樽熟成の影響は、もちろんニューメイクスピリッツの特性との兼ね合いで考慮されなければならない。グレンモーレンジィの酒質はエレガントなノンピートであり、アードベッグの酒質はピートの効いたフルボディーである。ブレンダン・マキャロン氏の説明が続く。

「グレンモーレンジィでは、チャーを施した新樽の影響を心から歓迎しています。熟成して数年も経てば、バニラやココナッツの風味がさらに強く表現される効果が確認できるでしょう。一方で、アードベッグのニューメイクスピリッツは、このような影響が表れてくるのに時間がかかります。6〜7年が経った頃、ようやくスモーキーなパンナコッタを思わせる風味が得られます」

アードベッグの甘味を増やしたいときには、シェリー樽で熟成した原酒の割合を増やすのが常套手段であるとブレンダン・マキャロン氏は明かす。しかしシェリー樽の原酒には、スモーク香を後退させてしまう副作用もあるのだという。

「そこでチャーを施した新樽を使用すると、ゾクゾクするようなまろやかさとスムーズが口当たりが生まれて、スモーク香を隠すのではなく逆に強調してくれます。チャーを施した新樽は、風味の幅を広げてくれる隠し味のようなもの。フレーバーにパンチを与え、少量でも大きな影響をもたらしてくれます」

 

バーボンとモルトウイスキーをつなぐ架け橋

 

バーボンメーカーは、新樽のバレルを一度しか使えない。この法律があるおかげで、スコットランドのモルトウイスキーメーカーは使用済みのバーボン樽をふんだんに手に入れることができる。バーボン樽は、スコッチウイスキーでもっとも一般的な熟成だ。クリス・モリス氏が説明する。

「ケンタッキーストレートバーボンの熟成には、バレルを4〜6年間使用するのが一般的です。この期間中に、バレルの樽材に含まれるフレーバー成分の約85%が引き出されてしまうと言われています。そのため使用済みのバーボンバレルで他のスタイルのウイスキーを熟成すると、新樽熟成よりもバニラやキャラメルの風味が減少することになります」

それが真実であるなら、バーボンはバレルの樽材からフレーバー要素を抜き取るだけの存在なのだろうか。それともバーボンの熟成中、逆にスピリッツから樽へ授けられる成分もあるのだろうか。クリス・モリス氏が疑問に答える。

「バーボンの熟成前には存在しなかった成分が、オーク材の中に浸透していくということは現実にあるでしょう。 しかしその効果は、使用済みのバレルがどれくらい早くスコットランドに到着するかによっても変わってきます。樽がフレッシュなほど残余分のスピリッツが樽材の内部に残っている可能性も高く、時間が経つにつれてその液体も蒸発してしまいますからね」