ウイスキーづくりの現場では、どのような形でコンピューター化が進んでいるのだろうか。イアン・ウィズニウスキが蒸溜所それぞれの事情に迫る。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

1980年代から90年代にかけて、ウイスキー蒸溜所に最初のコンピューターブームが到来した。その実体は、主に糖化と発酵の行程で温度と流量をモニタリングする独立したユニットだ。つまりバルブの開閉や、発酵槽へ送る糖液の流れをコンピューターで制御するような設備をイメージすればいいだろう。

だがその後に続いた進化は極めて大きかった。今では生産プロセスにおける各工程を管理し、オペレーターが単一の画面で詳細までチェックできるようになっている。

「蒸溜所を完全自動化にしたい場合、最初のステップは生産量を決めること。 それによって生産設備の大きさや容量が決まり、ひとまとまりのパッケージとして設備全体の提案ができるようになります」
 
フォーサイス社の一員としてグランツ(ダフタウン)のディレクターを務めるダグ・スティーブン氏はそう語る。フォーサイス社は蒸溜所の包括的な設計や設備の設置を手がけるスコットランドの有名企業だ。

コンピュータ化において主要なアイテムといえば、もちろんコンピューターのソフトウェアである。グレンマレイの蒸溜所長を務めるグレアム・クール氏がこのソフトウェアの実情について語る。

「ソフトウェアのパッケージは、棚に陳列されている既成品とは異なり、各蒸溜所や生産体制にあわせて書き換えられるもの。最初の打ち合わせから蒸溜所にソフトウェアプログラムを納品するまで、期間としては6カ月くらいかかっていました。この6カ月には、蒸溜所での数週間に及ぶテスト期間とプログラムの調整も含まれています。この期間は、麦汁の代わりに水を使ったりしてテストを重ねます」

さらにソフトウェアで重要なのは、将来に渡って使い続けられるように設計されていることだ。ダグ・スティーブン氏が語る。

「他のあらゆる設備と同様に、コンピューターのシステムもやがて時代遅れになってきます。そのため新しいプログラムやメモリを後から追加できるようなシステム設計にしておくことが常に求められています」

 

コンピューターのオペレーティング業務

 

ひとまずコンピューター化が完了すると、次はそのシステムの利便性を最大化するためにオペレーターが研修を受ける。ウィリアム・グラント&サンズのサイトディレクターを務めるスチュアート・ワッツ氏がそのプロセスを説明する。

「オペレーターは自動化に習熟していかなければなりません。最初は樽やタンカーに原酒を詰めるシンプルなプログラムから学び始めることもできます。学習期間はだいたい6〜12カ月。ビール醸造やスピリッツ蒸溜の知識がない人の場合、実際に現場で各生産工程を制御できるようになるまで1年くらいかかる場合もあります」

このようなコンピューター化が、従来のオペレーターの役割を大きく変えたのは言うまでもない。スチュアート・ワッツ氏が語る。

「繰り返しの作業をコンピューターに代行させることで、日常業務にかかる人数を減らすことができました。理論上はコンピューター1台でも蒸溜所を運営できるはずですが、実際はオペレーターがいないと蒸溜所は成り立ちません。コンピューターは問題を指摘するだけで、解決はしてくれないから。問題解決と意思決定は、依然としてオペレーターの役割なのです」

ワンセット分のスチルを同時にチェックできるグレンモーレンジィ蒸溜所のコントロール画面。メイン画像はアイルサベイ蒸留所のコントロール室。

コンピューターの利点といえば、昼食時の休憩時間や休日さえも不要なことだ。だがもちろん故障や不具合の可能性が皆無という訳でもない。コンピューターが不調に陥った場合はどうするのだろう。スチュアート・ワッツ氏が答える。

「システムがダウンした時は、予備のシステムが自動的に引き継ぎます。蒸溜所には複数のコンピューターユニットが常備されているんですよ」

多くの蒸溜所は、生産工程のひとつひとつを段階的にコンピューター化している。例えばグレンマレイは、蒸溜所の生産量を倍増させた2012年に糖化棟と蒸溜棟をコンピューター化した。グレアム・クール氏が説明する。

「システムをコンピューター化することで、集められる情報の量が圧倒的に増えてきました。これによって、同じ人数のスタッフで生産量を倍増できたのです」

タムデューも2013年から蒸溜工程のコンピュータ化を開始し、2015には糖化と発酵もコンピューターで制御するようになった。これはタムデューを買収したイアン・マクロードが、蒸溜所を再開させる際に下した経営判断だった。現在タムデューの蒸溜所長を務めるサンディ・マッキンタイア氏が語る。

「すべての生産工程が完全に自動化されました。一貫性が高まり、タイミングや流量や温度の制御が容易になったのは大きな進歩です。行程は毎回必ず少しずつ異なっているので、コンピューターに設定されたパラメーターで細かく調整を加えられるようにしています」

一方、ベンロマックやブルックラディのように生産工程をコンピューター化していない蒸溜所もある。このような現場では、オペレーターが特別なスキルセットを習得できるようにトレーニングしなければならない。ベンロマック蒸溜所長のキース・クルックシャンク氏が語る。

「オペレーターには事細かなトレーニングを受けてもらいます。間違いなくやるべきこと、そしてなぜそれが必要であるかという理由もしっかり覚えてもらうのです。3ヶ月間の研修期間が終わると、オペレーターは監督とサポートを頼りに実地で働き始めます。視覚、聴覚、嗅覚などの感覚をそれまで以上に使うことになり、うまくいっている時と間違った方向に行きそうな時を峻別できるようになっていきます。アロマと音は、そのような判断を助けてくれる重要な手がかりです」

ブルックラディのヘッドディスティラーを務めるアダム・ハムネット氏も次のように述べている。

「トレーニングを終えたばかりの新人オペレーターが、自分自身で判断を下さなければならなくなった時から本物の学習が始まります。仕事に没頭し、あらゆる現象や音に気を配ってアロマを確かめます。すべては経験と直感が頼りの作業です。生産工程は、一度として同じものがありません」

 

コンピューター化の歴史をおさらい

 

ウイスキー蒸溜所で、コンピューターの性能が進化してきた歴史を追ってみよう。スチュアート・ワッツ氏はすべての段階を経験した生き証人だ。

「80年代後半から90年代前半にかけて、いわゆる『PLC』が導入されました。『プログラマブル・ロジック・コントローラー』と呼ばれる制御装置です。これはまさしく電子頭脳と呼べるような技術で、AやBやCが起こったらDを実行する、といったプログラムを組むことができるものでした」

その「PLC」は、やがて「PID」によって保管されることになる。こちらの正式名は「プロポーショナル・インテグラル・アンド・デリバティブ・コントローラーズ」である。

「制御や正確性を高めることで、電子頭脳がどの程度の変更を実行しなければならないのかという判断を助けてくれるシステムです。過去20年、コンピューター概念の進歩はおおむね着実な過程を辿ってきました。生産能力がいきなり上がるというよりは、生産行程の一部に少しずつ組み入れられていく印象です。でもいちばん大きな変化といえば、やはりテクノロジーの価格がぐっと安くなってきたことですね」

それでは未来のコンピューター化についてはどうなるのだろう。スチュアート・ワッツ氏が答える。

「いよいよAI(人工知能)が導入され始める時代が幕を開けます。電子頭脳が生産工程をモニタリングするだけでなく、事前の予測に基づいて対応したり、状況を蒸溜者に知らせたりできるようになってくるでしょう」