ヘッド、ハート、テール。スコッチウイスキーにおけるスピリッツ蒸溜で、理想の蒸溜液を確保するためのルーティンを見直す2回シリーズ。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

無理だとわかっていても、いつか実現してみたい夢がある。

蒸溜所のゲートを開け、石畳の中庭を蒸溜棟へと急ぐ。建物の中には、自分以外に誰もいない。蒸溜工程はすっかりマスターしたから、誰の手助けも必要ない。自分の思い通りに、理想のスピリッツを蒸溜できる。つまり私は、蒸溜のすべてを司るマスターディスティラーなのだ。

モルトウイスキーは、私の人生を豊かなものにしてくれた。だから自分の力で何かお返しがしたい。これまでになかった特別なスピリッツをつくってみたい。2回の蒸溜で蒸溜液のプロフィールを自在に変えられる知識と技術を身に付けたら、ニューメイクスピリッツをもっと魅力的な香味にできるのではないか。そんな妄想が頭から離れないのだ。

実を言うと、こんな夢を思い描くようになったのは、コニャックメーカーのカミュを見学したのがきっかけだ。カミュには「強化蒸溜」と呼ばれる独自の工程があって、蒸溜液のうちヘッド(前溜)にあたるスピリッツをハート(最終的な製品の中心となる蒸溜液)にブレンドする。これはスピリットスチルでの再溜前に用いられる手法で、再溜では通常のヘッド(別名フォアショットまたは前溜)、スピリッツカット(別名ハート)、テール(別名フェイントまたは後溜)に分けられる。

スチルから流れ出る蒸溜液は、最初から徐々にアルコール度数が上昇し、ある一定の度数で高止まりしてから低下を始める。アルコール度数が変化するにつれて、蒸溜液の香味のプロフィールや特性のバランスも異なってくる。

通常は品質面での妥協を避けるため、もっとも安定しているスピリッツカット(ハート)だけが製品の材料となる。そのため前後のヘッドとテールには、理想の香味とは異なった特性や品質が表現されているのだろうと理解されている場合が多い。

だがこれは、ちょっと大雑把すぎる考え方でもある。素晴らしいスピリッツカット(ハート)を得るために、粗悪なヘッドとテールを区別するというほど単純な話ではないからだ。

 

カミュがヘッドを再利用する訳

 

カミュの場合、最初の20Lの蒸溜液がヘッドと定義される。このヘッドは、メインのスピリッツカットよりもフルーツ香と甘味のレベルが高い場合があるという。カミュのグローバルブランドマネージャーを務めるピエール・パオロ・カトゥッチが語る。

「ヘッドにもいろいろな段階があって、最初の5Lにはワニスや艶出し液のようなアロマがあります。次の5〜10Lにはエキゾチックなフルーツ香が現れ、10〜15Lはクリーミーでバターのように優美な印象が強まります。そして15〜20Lでは、柑橘系のフルーツ香が感じられるようになるのです。ただしこれは厳密なものでもなく、ヘッドはバッチによって個性にバラツキも見られます」

マスターディスティラーのジュリー・ランドローとテイスティングのチームが、毎度のヘッドを吟味することになる。そして最もアロマの強い「マイクロカット」をヘッドから抜き出して容器(1L)に入れ、ハートとブレンドすることでフルーツ香を強化するのだ。

ここでいうフルーツ香とは、主にバナナや洋ナシのような香味である。このヘッドをブレンドすることによって、クリーミーでバターのような風味も加わる。そして全体として口当たりがリッチに感じられるようになるのだ。

ヘッドとハートをブレンドしたら、すぐ樽に詰められて熟成工程へ。残ったヘッドとすべてのテールは、次の蒸溜分に加えられる。この「強化蒸溜」は 2003年から導入された手法だ。科学的な調査や官能検査を踏まえ、蒸溜工程全体を見直した際に生まれた発想である。フレーバーを強化したスピリッツを樽に詰めることで、熟成後のコニャックにもフルーツ香やアロマの強度の増加が見られている。

 

スコッチウイスキーにおけるヘッドとテールの扱い

 

このカミュのコンセプトは、果たしてモルトウイスキーの蒸溜所でも応用可能なものなのだろうか。理論上はイエスだ。もちろん、スコッチウイスキーのヘッドがどのような特性を持っているのか、その結果としてどんな効果を発揮できるのかを十分に吟味しなければならない。ノックドゥー蒸溜所長のゴードン・ブルースは次のように語っている。

ノックドゥー蒸溜所長のゴードン・ブルース。アルコール度数を目安に蒸溜時のカットを決めている。

「ノックドゥーのローワイン(初溜液)には、ペアドロップキャンディー、リンゴ、柑橘などを思わせるフルーツ香がたっぷり含まれています。ヘッドはだいたい20分くらいで、極めてフルーティーな特性があるのですが、このフルーツ香にはやや洗練に欠ける側面もあります」

これと似たような条件がブルックラディ蒸溜所にも見られる。スピリッツカットの特性をヘッドが予告するというパターンは同じだ。ヘッドディスティラーのアダム・ハネットが語る。

「ブルックラディはフローラルでフルーティーな酒質が身上ですが、この特性はヘッドにもしっかりと現れています。でもアルコールに癖があってオイリーにも感じられ、やや苦味が刺さるような味わいもある。それから個人的には、テクスチャーがハートよりも薄っぺらいのが大きな懸念ですね」
(つづく)