スコットランドではすぐに廃れた木製蒸溜器だが、アメリカンウイスキーの原料には有効だった。現在のようなウイスキーが徐々につくられるようになった経緯を振り返ってみよう。

文:クリス・ミドルトン

 

アメリカの蒸溜所は、スチーム式の蒸溜機をすぐに受け入れて使い始めた。スチーム式の木製蒸溜器は、アメリカ独自の発明として知られるようになった。歴史をたどると、18世紀後半には農家の人々が丸太でできた蒸溜器を使用していたこともある。木の幹をくり抜いて2つの部屋を造り、周りをたがで固定する。そしてシンプルなもろみ室に銅製パイプを取り付け、そこにボイラー代わりの焼け石を入れてマッシュを気化させるという仕組みだ。

このデザインや部品に改良を加えた特許もさまざまに出願されていた。丸太、ホグスヘッドの樽、木桶、専用に組み上げられた木製容器などを使用して、より高い蒸気圧を内部でかけられるように工夫がなされたものである。アメリカの蒸溜所では、地元産のトウモロコシやライ麦などを使用したマッシュも多様だった。

英国の蒸留所では大麦とオーツ麦から麦汁を作る。アメリカの穀物で作るマッシュは粘土が高いので、北米の蒸溜工程や装置設計には英国と異なる工夫が求められた。コーンとライ麦のマッシュからはドロドロと固まりやすいもろみができるので、糖化や蒸溜にも特別な配慮が必要となるのだ。スチーム蒸溜はこのようなタイプのマッシュに向いていた。驚くべきことに「木製容器で蒸溜と醸造をおこなう14年間の独占権」を、バージニア州のジェネラルアセンブリー社で働いていたジョージ・フレッチャーが1652年に取得している。

その140年後の1791年1月には、木製スチルによるスチーム蒸溜の特許第1号と第2号が認可された。特許を取得したのはメッドフォード蒸溜所のアーロン・パットナムとセーラム蒸溜所のネイサン・リードで、どちらもマサチューセッツ州で蒸溜所を営んでいた。グレーンのマッシュに適合したスチーム蒸溜の改良については、1794年9月にフィラデルフィアのアレグザンダー・アンダーソンが最初の特許を取得している。彼は1790年からスチーム加熱と木製蒸溜器による実験を繰り返していた。そして2基の蒸溜器を単一のスチームで加熱する仕組みを完成させたのだ。

この1790年代に、アメリカの工場では「ダブラー」や「サンパー」と呼ばれる仕組みが導入され始めた。このような初期の蒸溜装置は複数の蒸溜器や部屋を連結した構造である。最初は2室だったものがすぐに3室に進化し、縦型の構造内で一度に蒸溜がおこなわれるような仕組みが生まれた。
 

アメリカンウイスキーにぴったりの蒸溜設備

 
ケンタッキーでは、1797年にバーボン・ファーナセズで働くジョン・コックニーが、鋳鉄の釜に木製のヘッドをかぶせ始めた。だが後に英国でアイネアス・コフィーが鋳鉄フレームの実験から発見したように、酸化鉄が黒鉛でスピリッツを台無しにして飲用に適さない代物が出来上がってしまった。

19世紀初頭までに、アメリカ政府は蒸溜酒メーカーを4つのカテゴリーに分類している。まず第1に旧式の蒸溜器(ポットスチル)を使用している蒸溜所。第2には伝統的なポットスチルではないが最新の改善を取り入れた蒸溜器を使用している蒸溜所。第3にボイラーまたは蒸溜所装置が蒸気のパワーで稼働している蒸溜所。第4に木材や精溜桶などの近代的な工夫を導入している蒸溜所だ。

1816年までに、米国財務省が見積もったところによると、木製ボイラーで特許を得た蒸溜器が650基ほど使用され、さまざまな形状で製造されていた。もっとも人気の高い特許取得済みの蒸溜器は2つ。ひとつはアレグザンダー・アンダーソンとヘンリー・ウィトマーが発案したペンシルベニア型で、もうひとつはレキシントンのサミュエル・ブラウンとエドワード・ウェストが採用したケンタッキー型だった。

アメリカ国内にあった残りの38,880基の蒸溜器は統一規格の伝統的な形状で、その4分の3は100ガロン(455L)以下の容量だった。ヨーロッパで開発されたコラム型スチルは南北戦争後にアメリカでの用途にあわせて改良され、近代的な銅製のビアスチルになった。だがスピリッツの蒸溜には、銅との接触が多い通常のポットスチルのほうが適していた。

特許を取得した蒸溜器には他の利点があり、禁酒法時代まで人気が続いた。もろみを焦がしたりワームが詰まったりする心配がないので、労働を削減できて、修理も少なくて済み、チャージを入れ替える頻度も下がって、燃料費も3分の1に削減できたからだ。

木製蒸溜器で生産できるスピリッツの量は比較的少ないので、チャコールフィルターを使った精溜や再蒸溜などで調整する必要が生じた。1820年代までにはカナダの蒸溜所も木製の室を内蔵した蒸気スチルを導入して、ライ、小麦、大麦などのマッシュからスピリッツをつくった。
(つづく)