スコットランドやアイルランドの隣にありながら、長らくウイスキー不毛の地と目されてきたイングランド。革新的なイングリッシュウイスキーの生産者を紹介する2回シリーズ。

文:ロブ・アランソン

 

英国のウイスキー業界では、静かな革命が進行中だ。革命が静かなのには理由があって、それは現在のところ爆発的なクラフトジンブームの影に隠れているからである。

蒸溜所を新設したのはいいが、手っ取り早くキャッシュフローを生み出す方法は何か。その答えは、とりあえずジンを生産することだ。この傾向は特にイングランドにおいて顕著である。イングランドで始動している多くの蒸溜所は、急成長中のウイスキー市場への参入を目指している。まだ生産していないからといって、ウイスキーを決して諦めている訳ではない。

イングランドは、もともと有名なウイスキーの産地ではなかった。お隣のスコットランドやアイルランドに比べたら、歴史と呼べるようなものもない。だが旅するウイスキーライターとして活躍したアルフレッド・バーナードの記録によると、イングランドにも4軒の蒸溜所があった。隣国に比べるとほんのささやかな数だが、少なくともゼロではなかったと言っておこう。

工廠で有名なチャタムびコッパーリベット蒸溜所では、ライ麦を始めとするさまざまな原料をすべて地元産でまかなう「グレーン・トゥ・グラス」の方針が徹底されている(詳細は後半)。

歴史を振り返ると、ノーサンブリアやカンブリアといったイングランド北部の地域で、スコットランドとの国境を越えてウイスキー蒸溜が伝播した可能性もありそうに思えてくる。確かにウイスキーとラムは大量に持ち込まれていたが、生産していた証拠はほとんど見つかっていない。ジンづくりは存在したものの、ウイスキーづくりの記録は見当たらないのである。

アルフレッド・バーナードが19世紀末に著した分厚い研究書『英国のウイスキー蒸溜所』には、英国のウイスキーづくりの全体像を俯瞰する貴重な洞察がある。世紀の変わり目に起きたパティソン事件のスキャンダルで、ウイスキー業界が激変してしまう以前の話だ。バーナードは1885年から1887年にかけて英国内を旅行し、その調査の成果を書き記した。ちょうど世界がブレンデッドスコッチウイスキーの美味しさに目覚め、需要がピークに達していた頃だった。

バーナードは少なくともスコットランドで129箇所、アイルランドで29箇所、イングランドで4箇所の蒸溜所を訪問している。イングランドの4箇所とは、ロンドンのリーバリー蒸溜所、ブリストルのブリストル蒸溜所、リバプールのバンクホール蒸溜所とボクソール蒸溜所のことである。

イングランドで最後の蒸溜所となったリーバリー蒸溜所は、遅くとも1905年までに廃業している。その一方で、スコッチウイスキーはブレンデッドウイスキーの人気に後押しされて成功への道を力強く歩むことになった。ほとんどの大手ウイスキーメーカーが、スコットランド産であることに価値を置いてイングランドでの生産業務を北へと移転させたのである。それ以来、2003年になるまでイングランドのスチルからスピリッツが流れ出ることはなかった。

 

ダラムからヨークシャーへ

 

イングランドの新しいウイスキーメーカーは、そのほとんどがスコットランドに倣ってオーク樽で最低3年間の熟成を自らに課している。これはスコットランドで法的にウイスキーと呼べる条件のひとつだ。

その一方で、イングリッシュウイスキーの面白さは、スコッチウイスキーの規制に従う必要がない点にもある。たくさんのイングランドのメーカーが実験的な試みをおこなっており、実験の対象となる分野はマッシュビル(穀物配合のレシピ)、ヘリテージグレーン(古来のグレーン原料)、そして樽材などに及ぶ。来年になると多くの蒸溜所が最初の蒸溜期間を終えるので、どんな商品を発売してくるのか楽しみである。

自由でフレッシュなイングランドのウイスキーづくりの現場を訪ねてみることにしよう。マッシュタンではどんな原料が調理され、どんなスピリッツがスチルから流れ出しているのだろうか。

まずはイングランド北東部のはずれ、大聖堂で有名なダラムの町へ行こう。ダラム蒸溜所ではジンのブランドをすでに発売しているが、次はイングランド北東部で初めてとなるシングルモルトウイスキーの発売を目指している。この記事を執筆している時点で、会社は町の中心部にある新しい場所への移転を決めたところだ。新拠点では「グレーン・トゥ・グラス」の方針を徹底して、地元産原料100%のウイスキーをつくる予定。蒸溜は2回、特注品の銅製ポットスチルは初溜釜が容量1,200L、再溜釜が容量1,000Lという生産体制である。

そのまま東海岸を下ったヨークシャーには、2軒の新しい蒸溜所がある。クーパーキング蒸溜所とスピリット・オブ・ヨークシャー蒸溜所だ。

すでにジンを発売しているコッツウォルズ蒸溜所も、ジム・スワン氏の采配で素晴らしい品質のウイスキーを仕込んでいる(詳細は後半)。

クーパーキング蒸溜所の成り立ちは面白い。創設者のカップルがオーストラリアの旅に出かけ、ウイスキーづくりに取り憑かれて帰ってきたのが事の発端だ。しかも帰るときに、タスマニアから容量900Lの銅製スチルまで連れてきたのだから驚いてしまう。現時点で、おそらくオーストラリア国外にある唯一のオーストラリア製スチルであろう。

クーパーキングでは地元産100%の大麦を使用し、大麦を収穫した畑の場所まで特定できる。製麦をおこなっているのは、現存で英国最古のウォーミンスター・モルティングズ。努力の成果が味わえるのは2022年になりそうだ。

一方のスピリット・オブ・ヨークシャー蒸溜所では、ヨークシャー郡で初めてのウイスキーがすでに熟成され、発売の時を待っている。

フォーサイス社製のポットスチル2基は、スコットランドを除いた英国内で最大容量のもの。隣には4段プレートの銅製コラムスチルも設置され、再溜釜と連携してスピリッツを蒸溜している。生産部門の指揮を取るのは、ウイスキーづくりに精通したジム・スワン氏だ。スコッチの模倣に留まらない独自のウイスキーを目指している。

スチルに初めて火が入った2016年5月以来、スピリット・オブ・ヨークシャー蒸溜所ではシェリーバットやバーボン樽など数百本の多彩な樽にニューメイクスピリッツを貯蔵してきた。ここで熟成されているウイスキーには、間違いなくヨークシャーらしい品質へのこだわりが染み込んでいるはずだ。使用される大麦原料と湧水は、すべて家族経営の農場から供給されている。
(つづく)