豊かな土壌と革新的な気風が、まだどこにもない香味を生み出す。1世紀の沈黙を経て再出発したイングランドのウイスキーづくりをめぐる3回シリーズ。

文:ヤーコポ・マッツェオ

 

イングリッシュウイスキー業界が本格的に動き出してから、まだ十数年しか経っていない。人間でいうとティーンエイジャーにあたる若者だ。だがそれにしては、驚くほど洗練された試みがなされているのも興味深い。

イングリッシュ・ウイスキー・カンパニーが、ノーフォークのセントジョージズ蒸溜所でウイスキーをつくり始めたのは2006年。当時のイングランドには、ウイスキーを定番品にしている蒸溜所は他になかった。メイン写真はダートムーア蒸溜所があるダヴォンの眺め。

イングランドでウイスキーがつくられた事例は、過去にもあった。時代を遡ると、1900年代前半まで生き残っていたリーバリー蒸溜所にたどり着く。しかしリーバリーが閉鎖されると、イングランドはウイスキー不毛の地として長い月日を歩むことになったのである。

イングランドが再び独自のウイスキーづくりを見出すまで、1世紀もの歳月がかかった。最初に歴史の沈黙を破ったのは、コーンウォールのヒーリーズ・サイダー農場とセントオーステル醸造所が共同生産したコーニッシュ・シングルモルトウイスキー。そしてノーフォークで設立されたイングリッシュ・ウイスキー・カンパニーが後に続いた。

それが現在では、イングランドで稼働する蒸溜所も30軒以上を数えるようになった。原酒の熟成も着々と進み、たくさんの蒸溜所でウイスキーがボトリングされている。現代イングリッシュウイスキーのパイオニアでもあるイングリッシュ・ウイスキー・カンパニーの創設者、アンドリュー・ネルストロップは次のように語っている。

「イングリッシュウイスキーのブームが到来したことで、樽を3年以上貯蔵しておくスペースの需要が急増しました。そこで新たにケイダス・ヴォールツという会社を設立して、他の蒸溜所に貯蔵スペースを提供し始めたんです。この会社は最初から大きな成長を見せています」
 

スコッチの亜流と誤解するなかれ

 
イングリッシュウイスキーのメーカーは、すでに高品質のシングルモルトウイスキーが生産できる要件を満たしている場合も多い。だからといって「国境の南でつくられるスコッチウイスキー」 のようなものだと早合点してはいけない。

イングリッシュウイスキー業界はまだ歴史が浅く、これといった伝統も確立されていない。現在はまっさらなキャンバスに、イングランドらしい個性を描けるチャンスだと考えているメーカーが多い。これから新しいスタンダードを定義しながら、イノベーションや実験精神を盛り込んでカテゴリーを育てていくことになる。

2016年にダービーシャーでホワイトピーク蒸溜所を設立したヴォーン夫妻。今年2月に初めてのウイスキー「ワイヤーワークス」を発売した。

2022年2月に初めてのウイスキー「ワイヤーワークス」を発売したダービーシャーのホワイトピーク蒸溜所が、現在のイングリッシュウイスキー業界でもっとも新しいメーカーと見なされている。ホワイトピークは、マックス・ヴォーンとクレア・ヴォーンの夫婦によって2016年に創設された。最初に発売したのはジン(プレーンジンおよびフレーバードジン)とラム1種類で、これらのホワイトスピリッツをリリースしながらウイスキーの熟成を待っていた。

「ワイヤーワークス」の原料は、イングランド産のノンピート麦芽とピーテッド麦芽を組み合わせたものだ。熟成樽はファーストフィルのバーボン樽とSTR樽(再生樽)である。このウイスキーにはとても繊細なピート香があり、砂糖漬けにしたオレンジの皮、バニラ、リンゴなどの香りも感じさせる。口に含むと香りよりもあたたかな感触があり、ダークチョコレート、トフィー、英国風クリスマスプディングのスパイス、モカなどの風味とクリーミーでリッチな口当たりが特徴だ。

ホワイトピーク蒸溜所は、ダービーシャー州内で栽培された原料にこだわっている。この地域に固有の酵母や地元産の大麦を使用し、今後ブランドが成長しても蒸溜所の敷地内で熟成とボトリングを継続する計画だ。

マックス・ヴォーンによると、今年中にいくつかの新しいウイスキーを発売する予定なのだという。そのなかにはシングルカスク商品がいくつか含まれ、バーボンの「ネバーセイダイ」とコラボレーションする可能性もあるようだ。マックスが語る。

「ボトリング時のアルコール度数を変えたり、熟成樽の種類を変えたりしながら、ここでつくっているスピリッツがどんな表情を見せてくれるのか見極めています。少なくとも数年のうちは、まだフラッグシップと呼べる商品を確定することはないでしょうね。自分たちがつくるスピリッツへの理解を継続的に深めていくのは、私たちにしかできない作業ですから」
(つづく)