ファミリービジネスの底力【前半/全2回】

April 19, 2021

血は水よりも濃いという。だが血とウイスキーならどうだろう。大資本がしのぎを削る飲料業界で、同族経営を貫くブランドの存在意義を探った2回シリーズ。

文:マーク・ジェニングス

 

近頃は、よく家族のことを考える機会が多くなった。私自身、英国からスウェーデンに移り住んだばかりで、距離的にも家族と離れて暮らしているせいだろう。そして新型コロナウイルスの感染拡大で、お互いに訪ねあうこともままならなくなった。

そんなこともあって、ついファミリービジネスについて考えを巡らせてしまうのだ。特に同族経営のウイスキービジネスは、他の一般的な経営形態とどう違うのだろう。

ファミリービジネスで連想するのは、忠誠、倹約、努力、不和などの言葉であるかもしれない。もっとロマンチックな側面に目を向ければ、伝統、責務、名声などといった言葉もついてまわるだろう。

だが古き良き伝統に付き物なのが、家業を行き詰まらせてしまう無能な子孫の存在だ。ときには技能より忠誠を重んじてしまうリスクがあるのではないか。同族経営には、そんなイメージも結びついている。

もちろん一言で「ファミリービジネス」といっても、その意味はかなり幅広い。夫婦で経営している小さな事業もあれば、国際的に名の知れたビッグビジネスもある。そしてスピリッツ製造の世界にも、創業家一族が経営権を握っている有名企業がある。

規模の大小や歴史の長さに関わらず、ファミリービジネスには他の事業体にはない結束や共通点があるのではないか。そう考えた私は同族経営の企業をリストアップして、創設者、継承者、被雇用者たちと対話を重ねてきた。彼らが見せる固い結束には、きっと何か重要な秘密があるはずなのだ。

 

パトリック・ヴァン・ズイダム(ズイダム・ディスティラーズのマスターディスティラー兼マネージングディレクター/創業家第2世代)

 

シングルモルトウイスキーとライウイスキーのブランド「ミルストーン」で知られるオランダの蒸溜所。1975年にフレッド・ヴァン・ズイダムが創設した当時は、敷地もせいぜい300平米ほどで、小さな銅製のスチルが1基あるだけだった。だが現在ではその名を世界中に轟かせ、ジュネヴァ、ラム、ジン、リキュールの製品を「ズイダム」のブランド名で生産している。

現在の蒸溜所は、フレッドの2人の息子たちによって運営されている。生産体制は最新鋭の環境を備えている。4基の真新しい銅製スチルがあり、蒸溜所内にある1000本以上の樽で原酒が熟成されている。

パトリック・ヴァン・ズイダムは、少年時代から26年にわたって家業を手伝ってきた。そこでまずは、ファミリービジネスを間近に見ながら育つのはどんな感じなのか尋ねてみた。パトリックはすぐに冗談めかし、ドライなウィットを交えながら少年時代を振り返った。

創業1代目の両親はいつも貧しく、働き詰めだったと回想するパトリック・ヴァン・ズイダム。長期的視点と決断の速さは家族経営ならではだ。

「父はオランダ屈指の蒸溜所でマスターディスティラーを務めていましたが、実に愚かな勘違いをしちゃったんです。つまり『自分一人のほうが、うまくスピリッツがつくれる』と思い込んで独立した。だから蒸溜所の黎明期は、両親ともに貧しくて、週7日で休みなく働かなければなりませんでした。そのせいで僕はとても貧しい子供時代を送ったんです。でもそのおかげで、蒸溜所を保育園代わりにして育つことができたのは幸運だったかも」

ファミリービジネスは、他の経営体制とどう違うのか。そんな疑問をパトリックに投げかけてみる。答えはすぐに返ってきた。

「もちろん例外もありますが、普通の企業は短期的な収益をことさらに重視していることが多いでしょう。でも私の場合は、父がいつでも長期的な視点を持っている会社でずっと過ごしてきました。もちろん支払いなどはきちんとしなければいけませんが、短期的に成功することは、あらゆる意味で重要なことじゃなかったのです。父はそんな考え方を私にも植え付けました。このような同族経営の会社では、『将来こうなりたいんだ』という大きな目標を見極めて、決断を下さなければなりません。そして、一度下した決断はしっかり守り続けるのです」

パトリックは冗談交じりに語る。

「他の会社では株主たちに配当を払っていますが、うちの会社の株主は私の両親です。配当の話は持ち出しませんよ(笑)。実際に会社は配当を払わないことになっているのです。会社に余剰資金があれば、すべて再投資に回します。これが他の会社と同族経営の大きな違いでしょうね」

さらにパトリックは、意思決定の速さについても言及した。実は最近も、大規模な資本投資がおこなわれたばかりなのである。

「社内のミーティングがあります。まあミーティングといっても、コーヒーを飲みながらの雑談ですが。その雑談で『ストックしている原酒の量を増やしたいから、生産量を上げられないか』という話が出たとします。そこで売上の状況を考えながら、『もっと売れるかな? どう思う?』という検討に入ります。両親にも『どう思う?』と聞くと、2人は『もっと売れるのなら、蒸溜器をいくつか買い足せばいいよ。そうすればストックも増えるだろう?』という話になって蒸溜器への投資が決まります。この決断に要する時間は10分ほど。徹夜で数字とにらめっこしたりはしません」

うまくいくことばかりなら問題はないが、ビジネスにはもちろん失敗もある。そんな失敗が発生したとき、ファミリービジネスはどのように対処するのだろうか。パトリックいわく、ここにもファミリービジネス特有の方針がある。

「すべてのことを成功させられる人などいないと思っています。何かを決断すれば、その決断が吉と出ることもあるし、そうでもないことがある。ファミリービジネスの場合、そこは全員が意思決定のプロセスに関わることでバランスをとっています。たった1人がすべての決断を下す体制にはしない。家族全員一致で決めることにより、何か失敗したときでも、全員が何らかの責任を負うことになります。成功に対しても、失敗に対しても、共同責任を負うことが不可欠だと思っています」

 

ダニエル・ゾー(コッツウォルズの蒸溜所創設者兼CEO/創業家第1世代)

 

コッツウォルズ地方への深い愛着とウイスキーへの情熱を組み合わせ、金融業界からスピリッツ生産へと転身したニューヨーク生まれのダニエル・ゾー。2014年に蒸溜所を設立して以来、新しい事業で充実した日々を送っている。

もともとは妻との二人三脚だったが、徐々にチームを拡大してきた。まだ熟成年数は若いものの、第1世代の家族経営とは思えないほど魅力的なウイスキーが生まれようとしている。それもそのはずだ。この蒸溜所には、黎明期より有力なアドバイザーが付いていた。元ボウモアのハリー・コバーンと、あのジム・スワン博士の貴重な助言が活かされているのだ。

金融業界から転身したダニエルに、ぜひ聞きたかったことがある。企業の論理が優先されるマネーの世界を経験した上で、まったく異なるファミリービジネスのようなビジネス形態をどのように感じているのだろうか。

「スピリッツをつくろうと決めたときは、時流の先端を行くビジネスをやってやろうと考えていました。大企業にはできない独創的なことを柔軟に取り入れ、小さな会社だからこその強みを発揮しようと思ったのです。でもふと気付いたら、ウイスキー業界には同族経営で成り立っているブランドがたくさんあって、なかにはとんでもなく巨大なビジネスを展開している同族企業だってあります。そこがウイスキー業界の面白さでもあるんですよね」

原料の調達先も同族経営の企業を選んでいるというダニエル・ゾー。家業を次世代に受け継ぐことが最大の目標だ。

ブラウン・フォーマン、ウィリアム・グラント&サンズ、ペルノ・リカール、バカルディなどの名前を挙げながら、ダニエルは話を続ける。

「そういった意味で改めて考えると、企業が所有する蒸溜所は、おそらく株主への還元を最大化することに重きを置いています。でも同族経営の蒸溜所はちょっと違いますね。同族経営のウイスキーづくりは、ある種の品質を維持することに相当の力を注いでいるんです。自分もそんなビジネスモデルを手本にしようと思いました」

コッツウォルズは、取引先の業者にもファミリービジネスが多い気がする。コスト面で不利になっても、同族経営の会社と連帯していくことが重要なのだ。

「とても重要なポイントですね。取引している製麦業者は同族経営です。大麦もある契約農家だけから仕入れています。生のベリー系果物などもみんな同族経営の農園から。過去5年間の請求書を整理していて、こんなに個人経営の農家から原料を買っていたのかと驚きました。このコストは馬鹿になりませんが、品質の良さをよく知っているので、大した経費でもないと思っています」

新しく始めた事業には、さまざまな失敗が付き物だ。そんな失敗には、どのように対処しているのだろうか。

「まだ失敗を自覚する域までは達しておらず、あらゆることに奮闘している状況です。たとえ失敗したとしても、会社勤めで感じる失敗より大変だとは思えません」

コッツウォルズが華々しい成功を収めていることから、30年ローンをもう返し終わったという噂が流れたこともあるという。だがダニエルは笑って言う。

「悠々自適な経営をしているというイメージは、現実とかけ離れていますよ。私は誇張なく事業に全財産を賭けていますし、農場の家も担保に入ってます。だから自分のお金だけを賭けているのではなく、妻のお金も抵当に入れているのです。おまけに母親からも支援を受けました。だから失敗に対処するといっても、対処のしようがありません。ベンチャーなんてこんなものさ、などと言いながら無傷で逃げ切れるようなものではなく、子供たちに残せるものもこの事業だけ。というより、子供たちになんとか継承できるように頑張っているのですから」
(つづく)

 

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