設立から現在までの185年で、さまざまな変容を経験してきたグレンオード蒸溜所。「シングルトン」ブランドで知られるウイスキーの魅力を追った2回シリーズ。

文:ガヴィン・スミス

 

ディアジオが保有するモルトウイスキー蒸溜所のなかで、第2位の規模を誇るグレンオード蒸溜所。最近の改修によって、ビジターセンターも見違えるように刷新されたばかりだ。

だが欧州や米国のファンがグレンオードのシングルモルト商品を買おうとすると、かなり高い確率で失望感を味わうことになる。なぜなら「シングルトン・オブ・グレンオード」はアジア限定で販売されている商品であり、ヨーロッパで購入できる場所は蒸溜所のみという制約があるからだ。

緑豊かなミュア・オブ・オード村にあるグレンオード蒸溜所。ジョニーウォーカーの原酒を潤沢に供給しながら、シングルモルトブランド「シングルトン」でそのバランスのよい香味が愛されている。

私は英国に住んでいるから不便極まりないのだが、シングルモルトを購入するためだと思えばグレンオード蒸溜所を訪ねる理由も増える。蒸留所の所在地は、インバネスから北西に25kmほど離れたミュア・オブ・オード村。周囲には肥沃な穀倉地帯が広がっている。

グレンオード蒸溜所の歴史は長い。この地で生産されるシングルモルトウイスキーは、これまで「グレンオーディー」「オーディ」「オード」「ミュア・オブ・オード」などの様々な名前で販売されてきた。現在のオフィシャル商品は、2006年から「シングルトン・オブ・グレンオード」の名で市場に出回っている。「ダフタウン」や「グレンデュラン」も擁するシングルトン・ファミリーの一員として、グレンオードのモルトウイスキーは世界的な成功を収めてきた。

グレンオード蒸溜所は、地元領主のトーマス・マッケンジーによって1838年に設立された。マッケンジーは、この蒸溜所をさまざまなテナントに貸し出した後、1847年に設備を手放している。

売却後の所有者たちは、さまざまな成功を収めながら施設を運営してきた。1878年にテナントだった銀行家のアレキサンダー・マッケンジーは、蒸溜棟を新設したが生産再開から間もなく火災に見舞われた。そんな苦境にも関わらずウイスキー製造は再開され、1882年には「グレンオラン」の名でシングルモルトウイスキーが生産されるようになった。

そして1896年になると蒸溜所に新しい買い手が現れる。ウイスキーのブレンディングを手掛けていたダンディーのジェームス・ワトソン社だ。同社は15,800ポンドで蒸溜所を買収し、設備をさらに拡張した状態で1923年にジョン・デュワー&サンズ社に売却。デュワー社はブランド名を設立時と同じ「グレンオード」に戻した。その2年後、グレンオードはディスティラーズ・カンパニー・リミテッド(DCL)に吸収。やがて後継会社のディアジオに引き継がれることになったのである。
 

設備投資を重ねてディアジオ屈指のモルト蒸留所に

 
もともと蒸溜所で採用していたフロアモルティングは、1961年からサラディンボックスによるモルティングに交換された。1968年には蒸溜所のとなりに大型のドラム式製麦工場が建設されたものの、サラディンボックスは1983年まで使用された。

現在はこの製麦工場が年中無休で稼働し、年間最大35,000トンの麦芽を生産している。グレンオードは、スコットランド本土からピーテッドモルトを供給できるディアジオ社の唯一の製麦拠点であり、北方にあるディアジオ傘下の蒸溜所やスカイ島のタリスカー蒸溜所にモルト原料を供給している。

グレンオードのモルトウイスキーは、ブレンデッドウイスキー用の原酒として長きにわたって高く評価されてきた。1960年代にはスコッチウイスキーのブームがあり、グレンオード蒸溜所も他のDCL傘下の蒸溜所と同じく設備投資で生産量が増大した。1966年には、当初2基だった蒸溜器が6基に増えている。

昔ながらの木製ウォッシュバックが22槽以上。醗酵時間は長く、蒸溜時の還流を促すことで草のようにフレッシュなフルーツ香を表現する。

その後の拡張計画によって、グレンオードの生産能力は純アルコール換算で年間119万リットルにまで引き上げられた。もっとも最近の設備投資では、2槽目のマッシュタンが設置され、ポットスチル6基を備えた第1蒸溜棟に加えてポットスチル8基を擁する新しい蒸溜棟が建設された。

蒸溜所内には22槽以上の木製ウォッシュバックがあり、そのうち14槽は過去10年間に設置されたもの。そのうち12槽は旧フロアモルティング施設内に設置され、残る2槽は旧キルン内に配備されている。

グレンオード社の生産能力は、ディアジオ社が抱えるモルトウイスキー蒸溜所の中でもローズアイル蒸溜所(純アルコール換算で年間125万リットル)に次ぐ第2位の規模である。インバネスシャーにあるローズアイル蒸溜所でも大規模な改修がおこなわれたが、その原資はグレンオードを主要な構成原酒とするジョニーウォーカーの成功によるものだ。ジョニーウォーカーの売上は1999年から2007年の間に48%増加し、2019年には1530万ケースだった出荷数も2022年度には約2100万ケースにまで増加している。

グレンオードのスピリッツは、青っぽい草のような香りやフルーツ香、さらにはワックスのようにオイリーな口当たりなどを特徴としている。マッシュタンから透明な麦汁を取り出し、ゆっくりと時間をかけて発酵される。

濃厚な草っぽい香味を獲得するため、蒸溜ではスチルをかなりの高温でゆっくりと加熱する。カットポイントの度数が高いのも、個性的な酒質を維持するためだ。蒸気と銅の接触を増やすため、コンデンサーも高温に保たれる。蒸気が再び液化する場所は、コンデンサーの先にある「アフタークーラー」のあたりである。

グレンオードの設備は著しく近代化されているが、そこにはしっかりとサステナビリティへの配慮が盛り込まれている。これまでに実装された省エネ対策の代表が、蒸溜所と麦芽製造所で熱を交換するヒートループだ。

コンデンサーの冷却水が、コンデンサーで加熱されるとお湯になる。このお湯が製麦場に送られ、キルン1基ごとに設置されたラジエーターの中を通る。麦芽を乾燥するために取り込んだ空気が、このラジエーターで暖められるのだ。製麦工程で温度が下がった水は、蒸溜所に戻ってコンデンサーの冷却水に再利用される。
(つづく)