冒険好きなディスティラー その2【全4回】

November 19, 2012

 

第2回となる今回は、新品種の開発と「モルティング」について、ニール・リドリーが考察。

それがあまり重要な事とは思えないため、いったい私たちの何人が、お気に入りの1杯をつくるために何が行われているか、真剣に考えていることだろう。なにしろウイスキーたちは私たちの喉を難なく滑り下り、満足とフレーバーで満たしてくれるのだから。

そう思っていた。樽成熟の重要性という話になると、山と積み重なった賞賛の言葉を見ることに私たちは慣らされているが、一方「聖なる三位一体」すなわち中心たる構成要素である、水、酵母、そしてもちろんモルトに関して注目が集まることは稀である。「熟成」という名の過大評価の自分勝手な主役に対して、「水、酵母、モルト」はあまり人気のない(しかし舞台には必須の)脇役たちだと考えることができる。

しかし、こうしたことになる理由は、私たちがモルティングと発酵に関わる複雑な化学プロセスを完全には理解していないせいなのか、あるいはこちらの方がありそうな話だが、結局一部のマニアを除いては万人受けしそうもないテーマだからなのか。

とはいえ、エルギンにあるディアジオ・バーグヘッド・アンド・ロザイル・モルティングス社のオペレーション・マネージャーであるキャロル・J・インチなどのような人物にとっては、モルティングは単に必須であるだけではなく、また『忘れられた技術』なのだ。キャロルと彼女の5人のチームは、高品質モルトの一貫生産に必要不可欠のサービスを提供するだけではなく、対話の中で明らかになったように、将来の穀物系統開発における中心的役割を果たしているのだ。

「わかりやすく言えば、私たちのここでの仕事は、蒸溜所に届けられたときに、可能な限り多量のアルコールを産生できるようなモルトを作り出すことです」とキャロル。「これには3段階のステップが含まれます。浸漬、発芽、そして乾燥です。大麦を浸漬すると、『グリーンモルト』と私たちが呼ぶものに変化します。この状態では不溶性デンプンにアクセスできるように細胞壁が壊れたり変化したりします。こうして蒸溜所ではデンプンを糖にそしてアルコールへ変化させることができるようになるのです」

発芽(意図と目的をもって、大麦を騙して発芽させる)と乾燥(発芽中の大麦に熱風もしくはピートの煙を当てて成長を止める)に比べると、浸漬は単純な工程のように聞こえたり見えたりする。しかし実際には多大なスキルが必要とされる工程なのである。私はキャロルが、モルティング全体の中で浸漬工程の技術がより重要な位置付けであると考えているかを知りたがった。「それはまだ伝統的なやり方ですが、使用するタンクに関する技術進歩はたくさん行われています」と、彼女は指摘した。「特に容器の大きさ、清掃、そしてコンピューター制御の観点からです」

品質管理の点で、大麦の特性を最大限に引き出すために注目している重要な指標は何だろうか?「私たちが窒素含有量の低い大麦を探していることは知っていて欲しいですね。そして病気に強く、農家が良い収穫を得ることができる大麦です」彼女はさらに続けて、「私たちは生産者たちや異なる大麦の品種を提供する商社と非常に密接に協力しています。多くのアルコール生産量を与えてくれる大麦を探しているのです」

それでキャロルは大麦の生育には場所が重要な役割を果たしていると考えているのだろうか、あの頻繁に使われながらあまり理解されていない「テ」で始まる言葉すなわちある種の「テロワール」が関与していると?「ロザイル・モルティングス社が調達する大麦はすべてスコットランドの北東部から運ばれて来ます。そこは近所ですし、業界の大きな部分がスコットランドの東海岸に基盤を置いています。しかしどこで生育させるかというよりも、天候によって決まっている部分が多いですね」と彼女は指摘した。「スコットランドの北東部や南部は一年中天気が穏やかですから。スコットランドで生産したものを、スコットランドの中で売っているのです」

大麦の新品種及び系統の面では、それらの開発のために、先端科学や実際の農業共同体に着目しているのだろうか?

「新しい品種を開発する農家はそれ程多くはありませんね。しかし彼らは新しい大麦は大好きです」とキャロル。「国家試行リストというものがあって、たまたまディアジオがその一部を引き受けることがあります。私たちはマイクロモルティングの可能な実験室を持っていて、新品種をテストする体制の一部に参加することがあるのです。新品種が開発されて商業的に利用されるまでには数年かかります」

それでは、ディアジオは生産性の点で有望な商品を見出そうと大麦の栽培評価に参加しているのか?「そうですね、大麦の新品種が選定されて、私たちが商社や種子生産者たちと協力して売り出されるまでには12年ほどかかります。最終的にはIBD(インスティテュート・オブ・ブルーイング・アンド・ディスティリング)によって、認定大麦品種のリストに登録されます」

新品種は認定されるまでにそれほど長い時間がかかるなら、最終段階に達する種はそれほど多くないのではと考えるかもしれない。しかし、キャロルはそうではないことを示唆した。「実は想像されるよりも多いのです」とキャロル。「一度にたくさんの品種がテストされますが、最終テストに進んで試行段階に進めるのはひとつかふたつに過ぎません。モルト業者や蒸溜家によって受け入れないかもしれないため、最終的に残るかどうかはわかりませんが、最初は最大30種ほどの品種を使って始めることができます」。彼女はさらに続ける。「アルコール生産量だけの問題ではありません。病気に強いこと、農地における作物の強さ、農家の考慮に値する生産量なども大切で、そして最終認定の前にはマイクロモルティングによる試行を経て、同時に醸造ならびに蒸溜の試行を受ける必要があるのです」

興味深いことに、キャロルはまた、可能性のある新品種の種がオーストラリアとニュージーランドにも試験のために輸出されていることも説明した。彼の地の明らかに温暖な気候は年に2回の収穫を可能にするため、開発期間を12から6年に半減させることができるのだ。

気候変動をめぐるたくさんの話題が出たところで質問をしてみた、キャロルと彼女のチームは、この世界に跨るやりかたが、扱っている大麦の生育パターンや生産性に影響を与えたと感じているのだろうか?「まあ、特に影響はないと思います。私たちの生産量は年々増加し続けていますので。気候というよりも、試行プロセスだという影響が大きいのかもしれませんが、ともあれ生産量が減少したことはありません」

限られた短い会話の中で、キャロルはウイスキー生産の分野の中で明らかに見過ごされているミステリアスな要素についてわかりやすく説明を行なってくれた。最後の(しかし重要な)質問を投げかけてみた。モルティングというのは本当に『忘れられた技術』なのかと。

「私はこの工程に全身全霊で打ち込んでいるので、その質問を投げかけるのは相応しい相手ではないかもしれませんね」と彼女は笑った。「しかし、モルティングを見学に来た人たちは、みな工程の詳細さに本当に驚いていますから、個人的には確かに『忘れられた技術』なのだなと思っています」

冒険好きなディスティラー その1【全4回】

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