自前の原料からウイスキーをつくるのは、多くのメーカーの夢でもある。全米8箇所の農家蒸溜所をめぐる3回シリーズ。第1回は、ニューヨーク州とイリノイ州へ。

文:アンドリュー・フォークナー

 

農場蒸溜所(ファーム・ディスティラリー)という言葉で連想するのは、おそらく頑丈なブーツを履いて、広大な畑をトラクターで走り回るような人物だろう。その広大な畑の一角には小屋があり、小屋の中の一隅には銅製のスチルがある。スチルは冬の間ずっと稼働して、部屋の中を温めている。そんな感じだ。

ちょっと残念なことがある。この農場蒸溜所という言葉は、最近になって次々に制定された全米各州の法律で拡大解釈されるようになった。同じ州内の農場から原料を調達している蒸溜所なら、すべて農場蒸溜所と呼べるようになったのである。ブルックリンにショップを構え、畑に一度も足を踏み入れたことのないウイスキーメーカーでも、ニューヨーク州認定の農場蒸溜所を名乗ることができる。

このような状況を受け、自分の敷地で栽培した穀物からウイスキーをつくる蒸溜所のことは「エステート蒸溜所」(エステート・ディスティラリー)と記述されるようになった。この言葉は、どこかワインとチーズが振る舞われるパーティーを思い起こさせる。そう語るのは、フレイ・ランチ・ファーマーズ&ディスティラーズのコルビー・フレイだ。

フレイ・ランチのマスターディスティラー、ラッセル・ウェドレイク(左)と、創設者のコルビー・フレイ(右)。メイン写真は同じくフレイ・ランチのアシュリー・フレイ、コルビー・フレイ、ラッセル・ウェドレイク(左から)。

「エステートという言葉は、ワイン業界の印象が強いですね。もっともワイン業界で使用されるときは、あらゆる業務をすべてコントロールしているという意味が込められています。でもウイスキー業界では、本当に多種多様な人たちがエステート蒸溜所を自称しています。少しでも土地を持っていれば、それはエステートですから。ウイスキー業界でエステートという言葉が使われるときは、ワイン界で通用している意味合いと異なっています」

フレイ・ランチでつくるウイスキーの原料は、すべてが自社の敷地内で栽培されている。およそ10平方キロ(2500エーカー)のうち2平方キロ(500エーカー)を農地にあて、そこで 小麦、ライ麦、大麦、コーンをウイスキー用に育てる。フレイいわく、種の選別に始まって、作物の発芽からボトリングまでの全行程を蒸溜所のチームがコントロールしているのだという。

「お客様がボトルを購入して家に持ち帰るまで、すべての原料が蒸溜所の所有によるものです」

すべてをコントロールするということは、肥料や灌漑を含む土地管理までも自分たちでの責任でやるという意味だ。土を耕し、収穫し、粉砕し、糖化し、発酵し、蒸溜するのは当然だが、実際には畑を耕す以前からウイスキーづくりは始まっている。そしてもちろん樽にスピリッツを入れて熟成するところまで、すべてが蒸溜所の敷地内で完結するのだ。

「一切の手抜きをせず、この商品が完全に自分たちのオリジナルだと宣言したいなら、これ以外の方法はありえないはずなのです」

フレイの一族は、ネバダ州北部で5世代にわたって生き続けてきた。先祖は1854年にシエラネバダ山脈の麓にあるジェノアの町で入植地を与えられた。まだネバダ州が成立する10年も前のことである。1944年、フレイの祖父にあたる人が、ジェノアから約100km東にあるファロンに農場を引っ越した。

荒涼とした不毛の砂漠が広がるネバダ州にあって、ファロンはラホンタン貯水池の北でカーソン川とトラッキー川が流れ出す盆地。地下1メートルほどに地下水面があるため、湛水灌漑で畑に水を満たしながら、その水の大半を帯水層に送り返すことができる。たっぷりの水が得られることから、フレイ・ランチは穀物を栽培したいときに灌漑で水を引き、 大地や根を潤しながら穀物自体は乾燥した状態に保つことができる。これは極めて穀物の栽培に有利な環境だ。

フレイ・ランチは連邦政府から2006年に蒸溜免許を取得した。蒸溜所のチームはたくさんのバッチで実験を重ね、2013年のネバダ州法改正を機に製品を販売しはじめた。この年から、ネバダ州では蒸溜所が酒類を販売し、来客用のテイスティングルームも営業できるようになったのだ。実験を続けた7年間で、フレイはさまざまな種類の穀物や樽を試してバーボンのレシピを固めようと努力した。その結果、原料は伝統的なイエローデントコーンに決まったのだという。

「他のメーカーと差別化するため、タンパク質の含有量が多い穀物を選びたがる蒸溜所もありますね。でも私たちの場合、そのような穀物で実験した結果があまり気に入らなかったのです。ここでうまくいった方法が、他の地域でうまくいくとは限りません。同様に、アメリカ中西部でうまくいったことをネバダでやろうとしても、みじめな失敗で終わる可能性は高いのです」

 

大草原の中でコーンを育てるウイスキー・エーカーズ

 

アメリカ中西部のイリノイ州ディキャルブ郡にあるウイスキー・エーカーズは、シカゴから西に100kmほどの場所にある。中西部らしい大草原という環境にあわせて、ユニークなアプローチでも知られる農場蒸溜所だ。

ウイスキー・エーカーズもまた主力商品であるバーボンの主要原料としてイエローデントコーンを栽培しているが、発売時に注目を集めているのはエアルームコーン原料の商品だ。ウイスキー・エーカーズの共同創設者であるニック・ナーゲルは、農家の5代目でもある。彼はコルビー・フレイと同じように、ウイスキー用の穀物を栽培することによって、農家にはより高品質な穀物を栽培しようという正当な理由が与えられるのだと信じている。ニックにとって、これは通常のコモディティ市場にはないインセンティブでもある。

ウイスキー・エーカーズの穀物貯蔵庫。広大な農地では、最新テクノロジーで微気候をチェックしながら穀物を栽培している。

「農場の帽子を脱いで、蒸溜所の帽子をかぶる。その瞬間から、不思議と土地面積あたりの収穫量があまり気にならなくなり、その代わりに1粒ごとの品質を考えて何を植えるのかを決められるようなマインドセットになってきます」

ニック・ナーゲルはウイスキー・エーカーズの共同創設者であり、ジム・ウォルターとジェイミー・ウォルターの親子が所有するウォルター農場の一隅でエステート蒸溜所を運営している。ウォルター家は19世紀からコーンの栽培を続け、1930年から現在の農場を守っている一族。ジム・ウォルターは、地元イリノイ州の「プレーリー・ファーマー」紙でマスター・ファーマーにも認定されている。これは優れた農地管理者を表彰した栄誉ある称号だ。

地域別に温度分布を計測するセンサーや衛星赤外線画像などの情報を使って、ウォルター親子は農場の環境をチェックしている。植物がストレスを受ける状況になると、リアルタイムで切迫した問題について警告してくれるシステムだ。「上空9,000mから畑を監視できるようなイメージです。地上レベルで畑に分け入っても、問題は何も見えませんから」とニックは説明する。このような環境データを日頃から比較研究することで、年間の収穫量を増やすことができるのだ。

フレイの蒸溜所は、一般的なコーンとは異なるコーンでバーボンをつくっており、その実験精神に定評がある。「ウイスキー・エーカーズ・アーティザン・シリーズ」では、1回限りや季節ごとの企画としてグラスジェムポップコーン、オアハカグリーンコーン、ブラディブッチャー、シャーマンブルーポップコーンといった品種を使用したウイスキーを発売している。

「こちらは自然受粉したミネソタ産のエアルーム品種。またこちらは自然受粉したイタリア産のエアルーム品種。前者は栽培しやすい特性が知られていて、病気にも強い品種をもとにしています。後者はポレンタに使われるコーンですね」

ニックは説明しながら、コーンの穂を持つ。ひとつは黄色で、もうひとつは赤色の実。そして次に持った3本目は、そのかけ合わせ品種だ。コーンの実が赤と黄を融合させたような色をしている。黄色い穀粒だが、土台の部分に赤い縁取りのような模様があるのだ。これが栽培しやすく収穫量も十分で、しかも美味しいウイスキーがつくれるのなら、ウォルター家の農場で特許を取得して、独自品種にしようとも考えている。
(つづく)