ゼロからウイスキーをつくる米国の農場蒸溜所ツアーは続く。第2回は、中西部のウィスコンシン州から水清きミネソタ州へ。

文:アンドリュー・フォークナー

 

ウィスコンシン州にあるJ・ヘンリー&サンズでは、2000エーカー(8平方キロメートル)の所有農場で独自品種のコーンを栽培している。これはウィスコンシン大学で開発された「W335A」という名の品種で、収穫量に優れた混合品種だ。ヘンリー家の農場では、ジョー・ヘンリー・シニアが1946年に土地を購入してからすぐにこのコーン種が栽培され始めた。1970年代には遺伝子組み換えコーンに生産量で抜かれたが、「W335A」はそのままヘンリー家の品種として使われ続けてきた。

ジョー・ヘンリーと妻のリズ・ヘンリーがバーボンをつくろうと思い立ったときから、ウイスキーの原料はウィスコンシン州産の穀物に限ろうと決めていた。ジョーの父親(シニア)が栽培していたレッドコーンもそのひとつである。当初「W335A」は絶滅したものと思われていたが、ウィスコンシン大学の種子貯蔵庫に1,200粒ほど残されているのをジョーが見つけた。種子貯蔵庫を訪ねたついでに、エアルーム種のグレイシャー冬小麦とスプーナーライ麦も発見し、100%ウィスコンシン州産のバーボンに原料として使用することにしたのだという。

J・ヘンリー&サンズのバーボン。絶滅寸前だったコーン品種を救出し、ブランデー樽を使用した熟成にもこだわっている。

1,200粒の「W335A」を手にしたジョーは、まずコーンを100エーカー(40万平米)の畑に作付けできる量まで増やした。だがこのコーンは1エーカーあたり70ブッシェル(2.4立方メートル)しか収穫できない。ちなみに、伝統品種であるイエローデント種なら250ブッシェル(8.8立方メートル)も収穫できる。このレッドコーンの風味は「J・ヘンリー&サンズ ウィスコンシンストレートバーボンウイスキー」に特有の個性的なフレーバーを付与している。

フランスのアルマニャックでは蒸溜を専門業者に依頼している生産者もいるが、J・ヘンリー&サンズも収穫した穀物を45パラレルスピリッツ社に送る。届いた穀物を蒸溜するのは、ジョーの旧友であるポール・ウェルニだ。蒸溜後は樽(バレル)に詰めてジョーが所有権を持ち、農場内で熟成する。最初のバッチが貯蔵庫に入ったのは2009年で、最初に商品化されたのは2015年発売の「J・ヘンリー&サンズ ウィスコンシン ストレートバーボンウイスキー」。アルコール度数46%で、5年熟成のバーボンである。

ジョー・ヘンリー・ジュニアはマスターブレンダーのナンシー・フレーリーと緊密に連携を取っている。フランス流の樽熟成であるエルヴァージュのように樽を積み上げ、そのすべてをモニタリングして、ゆっくりとアルコール度数が下がってくるのを観察する。そうやって特別なウイスキーにブレンドしたり、シングルバレル商品を発売したりしているのだ。

フラッグシップ商品の他に、「ラ・フラム・レゼルブ」(アルマニャック樽でフィニッシュ)、「ベルフォンテーヌ・レゼルブ」(コニャック樽でフィニッシュ)、「アニバーサリー・ブレンド」、「パットンロード・リザーブ」(カスクストレングスのシングルバレル商品)などの幅広いボトルを発売している。2021年の初頭には、ヘンリーがウィスコンシン州産のスピリッツをウィスコンシン州産のオーク樽で熟成したバーボンをリリースした。

 

名水が自慢のロックフィルター

 

J・ヘンリー&サンズから、州境を越えて西へ約200km。ミネソタ州スプリンググローブには、ロックフィルター蒸溜所がある。ここでつくられているのは、ミネソタ産の有機栽培原料のみを使用したバーボンとライウイスキーだ。

ディスティラーでもある創設者のクリスチャン・マイラは、ミネソタ州内にある2軒の樽工房(ブラック・スワンとバレル・ミル)から樽を購入しており、同じ道沿いで10kmほど先にあるスタッグマイヤー・スターブ・カンパニーから仕入れた樽材を組み込んでいる。

すべての穀物は、クリスチャンの両親の農場で栽培されている。 ロックフィルターという蒸溜所名は、農場の地下の岩盤で濾過された水のことを指したものだ。この水は糖化と蒸溜後の加水(度数調整)に使用されており、ブランドのロゴにも水滴が描かれている。スプリンググローブが所在するドリフトレス地方は、石灰岩帯水層で知られる地学的にも特異な地域なのだとクリスチャンが言う。

ロックフィルターが発売した3種類のウイスキー。ラベルの写真は地域や家族の歴史を表している。

「ここはケンタッキー州と同じ石灰岩の大地で、ケンタッキーバーボンの老舗がいつも『バーボンに最適な水質』と主張している石灰岩水(ライムストーンウォーター)と同質の水が手に入るんですよ」

この水の流れは、モルトを粉に挽く粉砕工程にも利用されている。蒸溜所から約15kmの場所にあるシェックス・ミルは、1876年から水力製粉を実践してるミル(製粉工場)だ。シェックス・ミルには石英の臼石が4つ(1個あたり重さ450kg以上)あり、どれも1870年代にフランスから海上輸送されてきたもの。外輪を回すシステムではなく、水中のタービンを動力にして臼石を回している。ミネソタ州の冬は寒さが厳しいことで知られているが、川の水面が凍結しても水中の流れで稼働し続けることができる。

ロックフィルター蒸溜所の「ストーンズ・スロー・バーボン」のラベルには、美しいシェックス・ミルの写真があしらわれている。モダンでカラフルなパッケージデザインは、地元の麗しい歴史を称えている。またウイスキーの商品名に込められたストーリーがラベルの裏に印刷されており、中身のウイスキーが減っていくに従って読めるようになってくる。

また「レッド・ライダー・ライ」のラベルには、クリスチャンの大叔父にあたるギルマンがトラクターの上で帽子を振っている写真が使用されている。この赤いトラクターは1935年製の「ファーム30」を修理したもので、今でも現役で働いている。「バレル・ロール・ライ」のラベルに登場するのは、米国海軍のパイロットであったクリスチャンの父だ。1950年代にグラマン社のジェット戦闘機に乗り、コックピット脇に立っている。クリスチャンが背景を説明してくれた。

「だから私自身は農家の5代目、戦闘機パイロットの2代目、ウイスキー蒸溜家の1代目ということになります」

父の後を追って米国海軍のパイロットになったクリスチャンもまた、12年の任務と予備役としての12年間でF18戦闘機を操縦してきた。

ロックフィルター蒸溜所は、徹底してテロワールを表現しようとしている。バーボン商品「ジャイアンツ・オブ・ジ・アース」の原料は、コーン、ライ麦、ソルガムの併用だ。また同じくバーボン商品「 レイルスプリッター」はライコムギを、バーボン商品「フェンスジャンパー」はオアハカグリーンコーンとチェリーウッドで燻したライ麦をそれぞれ使用している。蒸溜所は生産するウイスキー各商品のマッシュビルを隠さずに公開している。模倣されることへの恐れはないようだ。クリスチャンは次のように断言する。

「それぞれの穀物の単なる比率だけでウイスキーの本質は語れません。水であったり、酵母の種類だったり、周囲の環境だったり、樽材の種類だったり、もっとたくさんの大切な要素がありますから。同じマッシュビルを使ってサンフランシスコでウイスキーをつくったら、ここでつくったウイスキーとはまったく違う味わいになるでしょうから」
(つづく)