伝道師に学ぶヴィンテージの味わい

November 2, 2015

スペイサイドのシングルモルトウイスキーのなかでも、特にエレガントなフレーバーで定評のあるのがザ・グレンロセス。ブランド・ヘリテージ・ディレクターを務めるロニー・コックス氏が、東京の神宮前でユニークなテイスティングセミナーを開催した。

文:WMJ

 

ザ・グレンロセスのブランド・ヘリテージ・ディレクターを務めるロニー・コックス氏。ユーモアとウイスキー愛に溢れた情熱的なエキスパートだ。

秋も深まる10月中旬の夕方。裏原宿を抜けてフリーマンズスポーティングクラブの階段を下ると、動物たちの剥製が飾られたアンティークなバーがある。店内を通り過ぎると、バーカウンターの向こう側からにこやかな歓迎を受けた。

「グッドイーブニング」

ホスト役のロニー・コックス氏は、ウイスキー蒸溜を家業とする一族の7代目。1989年よりベリー・ブラザーズ&ラッドに入社し、2003年にグレンロセス蒸溜所のディレクターに就任。現在はブランド・ヘリテージ・ディレクターという立場から、ザ・グレンロセスの伝道師として活躍中だ。

目の前には4つのウイスキーグラスが並んでいる。挨拶もそこそこに、コックス氏の手引きでセミナーのスタート。その作法は、今までに体験したことのないユニークなものだった。

「まずは熟成度合いを調べてみましょう。ウイスキーを、自分の手の上に延ばしてみてください」

戸惑う客たちをよそに、コックス氏はウイスキーグラスに右手の人差し指を突っ込むと、指先のしずくを自分の左手首のあたりに延ばし始めた。

見よう見まねで液体に触れると、わずかに滑らかな粘度のようなものがある。肌の上で延ばしてアルコールと水が蒸発するのを待ち、コックス氏のように自分の手の匂いをクンクンと嗅ぐ。なんだかとても動物的だ。

「青っぽい匂いがすれば、熟成がやや不足している証拠です。ううむ。このウイスキーには、チョコレートや木の香りが感じられますね。シャンパンのような、柑橘系の香りもあります」

アルコールが霧散した分、純粋なフレーバーが肌から香水のように立ち上がっている。コックス氏の声に耳を傾けながら、複雑な香りの成分をひとつずつ見つけ出す。グラスの中の香りと比較し、口に含むと豊かな果実感に包まれる。

「リンゴやナシが地面に落ちた、収穫期の農園のような匂い。水で少し薄めてみると、クリーミーなテクスチャーがよく出てきますよ。それでもまだハチミツのアロマがしっかり残っているのはおわかりですね?」

コックス氏によると、ウイスキーのタイプには3種類がある。ひとつはいきいきとした風味の「アップリフティング」なタイプで、宵の口の食前酒に適している。その対極にあるのが「リラクゼーション」のタイプで、こちらは食後にゆったりと楽しむ夜のウイスキー。さらにはウイスキーを片手に誰かと語り合いたくなる「カンバセーション」のタイプがある。

最初に味わった前述のグラスは、アップリフティングな「ヴィンテージ 1998」。次の「ヴィンテージ 1988」はリラクゼーションのタイプだ。ドライフルーツや針葉樹のような香りがあり、舌に乗せるとうっとりするほど滑らかで余韻が長い。

「このレーズンとチョコレートの香りが、シェリーカスクの影響なのです」

グラスを片手に、コックス氏はみずからの先祖の歴史を語り始める。余分に穫れた大麦から、家族や友人たちのためにウイスキーをつくっていた素朴な農家の蒸溜所。そこに目をつけて課税し始めた英国政府。機転を利かせて税吏を欺き、村のウイスキー製造を守った伝説の女性がコックス氏の曾祖母にあたる人だ。150年前に鉄道が開通するとスコッチウイスキーは旅をするようになり、今日コックス氏をはるばる東京まで連れてきた。

 

受け継がれる希少なヴィンテージ


スペイサイドの豊かな自然に囲まれたグレンロセス蒸溜所。シングル・ヴィンテージはわずか2%のモルト原酒から構成されるファン垂涎のウイスキーである。

ザ・グレンロセスのボトルには、熟成年数ではなく製造年とボトリング年が表示されている。ワインにも共通するこのアプローチが、「シングル・ヴィンテージ」と呼ばれるものだ。

「ヴィンテージとは、熟成感や風味が最上の状態に達したウイスキーのこと。ただ古いだけではなく、時代を越えて伝えられていく価値のあるものを意味しています」

シングル・ヴィンテージに使用されるのは、グレンロセス蒸溜所でつくる全モルト原酒のわずか2%だという。全生産量の95%はブレンデッドウイスキーの構成原酒になるのがこの蒸溜所の特徴である。ブレンダーはヴィンテージ用に数多くのカスクから最良の原酒を選べるが、リリースが少ないのですぐに売り切れて一部はコレクターズアイテムになる。この慢性的な需要過剰に対応するため、複数のヴィンテージ樽をブレンドした「ヴィンテージ・リザーヴ」が生まれた。これも全体の3%であるため、希少であることに違いはない。

3杯目にテイスティングしたのは、その「ヴィンテージ・リザーヴ」。1989年~2007年の原酒10種類をブレンドし、いきいきとした香りを放ちながらも深い余韻がある。

「2007年の若い原酒は柑橘系の風味。1989年の原酒はシェリーカスク由来のドライフルーツ。これは『カンバセーション』と『アップリフティング』の中間ぐらいに位置するウイスキーですね」

スピリッツの特徴と、樽の特徴のバランスが最上の状態になるタイミングは、おおむね6~25年の間にあるというのがコックス氏の意見だ。ファーストフィルのカスクで熟成する期間は25年が限度で、それを超えると木の香りが強くなりすぎる。

最後のグラスは「シェリーカスク・リザーヴ」。シェリーカスクにはスパニッシュオークとアメリカンオークを併用し、アメリカンオークが全体の20%を占める。この比率が生み出す軽やかさこそがザ・グレンロセスの特徴だ。ソフトでリッチなシェリー風味は、決して他のフレーバーを圧倒したりしない。どこまでもエレガントな芳醇さがこの蒸溜所の個性なのである。

カウンターテーブルには、フルーツの盛り合わせが置いてある。そこにあるフルーツのフレーバーが、今日用意したウイスキーにもすべて入っているのだとコックス氏は語る。

「大麦も、オークも、このフルーツも、みんなもともとは植物です。同じように水を必要とし、空気を呼吸して、元素レベルでの含有物にも共通点があります。熟成についてはここ40年で飛躍的に理解が深まりましたが、我々が把握できていることは全体のおそらく4割程度に過ぎません。熟成を加速する技術も研究されていますが、とても難しいようですね」

絶妙なバランスで編み出されるヴィンテージの味わいは、生命の神秘的な複雑さをそのまま映し出している。ロニー・コックス氏が愛するウイスキーは、静かな時間のマジックから生まれたぜいたくな芸術品なのだ。

 

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