飛騨高山蒸溜所が開業

April 10, 2023

日本有数の山深い地域に、期待のウイスキー蒸溜所が誕生した。廃校の再利用や新型スチルの導入で、コミュニティの持続と発展を目指す飛騨高山蒸溜所を訪問。

文:WMJ
写真:寺地福太郎

 

山間の文化都市、飛騨高山から北アルプスの麓へ。野麦峠に向かう道は徐々に高度を上げ、市街地から40分ほどで高根地域にたどり着く。北には乗鞍岳、南には御嶽山という3千メートル級の山々がそびえ立ち、足下では雪解け水を集めた飛騨川の源流がほとばしっている。

このたび開業する飛騨高山蒸溜所は、青々と水を湛えた高根第二ダムの手前にある。地元では、2007年に閉校した高根小学校の校舎として知られる建物。廃校をウイスキー専門の蒸溜所に再生したのは、飛騨高山で200年以上の歴史がある舩坂酒造店の有巣弘城社長だ。

飛騨高山で生まれ育った有巣社長は、東京で企業再生のコンサルタントとして活動した経歴もある。その後、旅館業を営む実家が造り酒屋の舩坂酒造店も承継することになり、2010年から飛騨高山に帰郷。さまざまな施策で老舗の再興を手掛けてきた。

老子製作所の日本の伝統技術による鋳造製ポットスチル「ZEMON」は、銅と錫の効果によって高品質な蒸溜酒を実現する次世代の蒸溜器。設計者の稲垣貴彦氏(左)と有巣弘城社長(右)が、新しいジャパニーズウイスキーの香味を担う。

そんな有巣社長がウイスキーづくりを志したのは、わずか2年前のことだという。コロナウイルスで高山市の観光業が大打撃を受け、連携を期待して富山県の若鶴酒造を訪問。そこで思いがけずウイスキーづくりに魅了されてしまったのだ。

「キャッシュフローが大変なウイスキーは、自分とは無関係なビジネスだと思っていました。でも若鶴酒造の三郎丸蒸留所を見学したとき、電流が走るような感動を覚えたんです。創業家でマスターブレンダーの稲垣貴彦さんとは、すぐに意気投合。蒸溜所の基本設計から、製造のプランニングまで関わってもらえることになりました」

故郷を将来にわたって振興するため、飛騨高山でウイスキーをつくりたい。本格的な蒸溜所の建設を構想し、候補地として浮上したのが旧高根小学校だった。地域の人口は減っているが、高根には澄んだ空気と豊富な水がある。敷地面積2,900㎡、施設面積390㎡というスケールも申し分ない。だが何よりも有巣社長の心を捉えたのは、校舎と共に生き続けている子供たちの思い出だった。

「まるで夏休みのように、子供たちの想いがそのまま残されていました。解体を待つ廃校をウイスキー蒸溜所として再生すれば、過去や現在を未来へとつなげるかもしれない。ウイスキーはそんな『未来へつなぐ酒』だと確信したんです」

そんな有巣社長の熱意に、高山市も全面協力を約束。2022年3月1日には高山市と小学校の賃貸契約を結んだ。校舎の再利用によって、建築費用を抑えながら本格的な設備を揃えることができる。同年3月25日から始まったクラウドファンディングは、初日で目標額に到達。3760万円を超える支援額を達成し、その年の酒類関連プロジェクトのうち支援額、支援人数ともトップの成果を収めた。9月下旬から順次設備を搬入して、試運転がスタートした。
 

高岡銅器の新型スチルと飛騨の匠の熟成樽

 
蒸溜所の設備は、かつての体育館に収められている。ステージ上に鎮座しているのは、真新しい2基の蒸溜器。世界でも類を見ない鋳造製ポットスチル「ZEMON」(ゼモン)の最新型である。製造したのは、江戸時代から日本全国の梵鐘を鋳造してきた高岡市の老子製作所。社長の老子祥平社長が蒸溜器の概要を説明する。

飛騨の匠の伝統を受け継ぐ日進木工が、初年度から熟成樽を製造する。経験ゼロから量産体制を築くスピード感は、難易度の高い木材加工に長けた飛騨の匠らしい。北村卓也社長(左)とバレル事業部の加納章裕氏(右)。

「初溜器が2,600Lで、再溜器が2,200L。基本的に富山の三郎丸蒸留所と同じ鋳型を使っていますが、分割構造を改良したことで後から容量を増やすことができます。すでに鋳型があるので、鋳造自体はスムーズです。依頼をいただいてから、数か月で納入できました」

この蒸溜器の設計者が、三郎丸蒸留所の稲垣貴彦氏だ。飛騨高山蒸溜所の総合アドバイザーとして、生産部門の重要なノウハウを提供する。同じウイスキーの夢を追う者として、有巣社長の熱意に共感した経緯を嬉しそうに振り返った。

「ウイスキーづくりは果てのないマラソンのようなもの。早く行きたければひとりで行け、遠くまで行きたければみんなで行け、というアフリカの諺があります。有巣社長は、高い志を持つ仲間として心強い存在。今後も互いに高めあいながら、一緒に道を歩んでいきたいと思います」

また幕府直轄地として栄えた飛騨高山には、古来より日本屈指の木工技術が根付いている。バーボンバレルなどの輸入樽に加え、やはり地元で組み上げた樽を熟成に使用したい。そこで有巣社長は、スタイリッシュな家具で定評の高い日進木工に打診した。日進木工の北村卓也社長はウイスキーファンで、「ずっと洋樽製造がやりたかった」と即答。すでに複数の樽材で試作を重ね、量産体制を整えている。

蒸溜所の玄関では、樽の上に乗った井波彫刻の猫「チェシャ」がお出迎え。本場スコットランドの蒸溜所でも、ウイスキーキャットは害獣を追い払う番人として重用されてきた。飛騨高山蒸溜所のロゴは、東京オリンピック・パラリンピック2020のロゴを制作した野老朝雄氏が手掛けている。。

樽熟成が済んだら、最後の重要な技術はブレンディングだ。製造技術顧問に任命されたのは、五島つばき蒸溜所ディスティラー兼ブレンダーの鬼頭英明氏。キリン蒸留所(富士御殿場蒸留所)チーフブレンダーを務めた経験を活かし、飛騨高山らしい香味をつくる展望について抱負を語ってくれた。

「有巣さんが望んでいるのは、やわらかくて華やかな酒質。深みがあって、複雑な香味をつくるのが目標となります。時には現地を訪れながら原酒の香味を吟味し、理想の香味を実現するために原酒の造りやブレンディングなどにご協力していく予定です」

またシングルモルト通販モルトヤマを経営し、日本初の本格的なボトラー「T&T TOYAMA」の代表を務める下野孔明氏もマーケティングや原酒の香味に関するアドバイスを提供する。T&Tをハブとしたクラフトウイスキーの人脈は、新しいウイスキーファンとのつながりを強化してくれるだろう。

麦芽の仕込み量は、ワンバッチ500kg。ノンピート麦芽をメインに、将来的には飛騨高山産の大麦も使用する予定だ。発酵槽はオーク製とラーチ(カラマツ)製の併用。将来的には、飛騨高山産木材での木桶も導入を検討している。当面は社員3人体制でスピリッツの生産に従事することになるという。
 

コミュニティの継承と発展が最大の目標

 
本格的な稼働を控えた2023年3月25日に、飛騨高山蒸溜所は「開校式」を開催した。この式典には、ちょうど16年前の前日に高根小学校の閉校式を取り仕切った当時の砂田明伸校長も臨席。子供たちに最後の挨拶をした同じステージ上で、真新しい蒸溜器に囲まれながらスピーチをした。

地元コミュニティの象徴だった山間の小学校は、新しいウイスキーの生産拠点としてグローバルな人の輪も育てていくことになるだろう(この写真のみ飛騨高山蒸溜所提供)。

「小学校は、子供たちだけでなく地域全体のコミュニティを象徴していました。だから廃校後も、有志が周辺の草取りや清掃を継続して荒廃を防いできたのです。子供たちの思い出が生き生きと保存された校舎は、地元の人たちにとって今でも宝物。素晴らしい蒸溜所となって再出発できることを嬉しく思います」

有巣社長の構想から、飛騨高山蒸溜所はわずか2年で稼働にこぎつけた。ここまでスムーズに進展した要因のひとつは、創業者の情熱が多くの人々を本気にさせたこと。自治体や地域住民の協力はもちろん、クラフトウイスキー関係者の積極的な関与があり、クラウドファンディングでもおおきな支援が得られた。

そして新しい蒸溜所は、新しいコミュニティの出発点にもなる。これから生産する上質なウイスキーによって、人の輪はさらに広がっていくだろう。ノスタルジーをかきたてる旧校舎では、将来的にウイスキーセミナー、ウイスキー製造見学、ブレンド体験、グランドでのキャンプなどさまざまなイベントを開催する構想がある。

山間の蒸溜所は、これからどんなジャパニーズウイスキーの未来を見せてくれるのだろうか。有巣社長がその決意を語ってくれた。

「飛騨高山蒸溜所は、4月中旬から本格的にウイスキーの生産を開始します。生産の調整が落ち着く夏以降から、徐々にビジターの受け入れも始める予定です。地域はもとより、世界中の方々に多くの学びと笑顔を発信できる蒸溜所にしていきます」

 

飛騨山脈の清らかな水と雄大な自然環境が生み出す良質なウイスキー。飛騨高山蒸溜所の式ウェブサイトはこちらから。

 

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