スコットランド旅行の際に、多くの人が旅の拠点とするエディンバラ。美しい古都で、ほぼ百年ぶりに新しいウイスキー蒸溜所が誕生した。ホーリールード蒸溜所のビジター体験は秀逸だ。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

バスは待ちくたびれた頃に3台まとめて来る。いかにも英国らしいことわざだが、エディンバラのウイスキーづくりにもぴったりと当てはまるだろう。グレンサイエンズ蒸溜所が1925年に閉鎖されて以来、エディンバラにはほぼ1世紀近くウイスキー蒸溜所が存在しなかった。しかしここ数年来、スコットランドの首都におけるウイスキーの不在期間を終わらせようと何人もの人が行動を開始。すでにいくつかの蒸溜所が、開業に向けてカウントダウンを始めている。

地域の歴史遺産にも指定されている古い貨物用の鉄道駅。この建物の中にエディンバラで最新のウイスキー蒸溜所がある。

だがこの記事を執筆している時点で、ひとつだけ元気に操業している蒸溜所がある。しかも街の中心部から徒歩圏内にあり、傑出したビジター体験が約束されているという。スコットランド旅行の拠点として首都エディンバラに滞在するなら、ぜひ足を運んでほしい場所。それが今回ご紹介するホーリールード蒸溜所である。

本物の天才が運営する蒸溜所を見てみたいのなら、ホーリールード蒸溜所はまさにその好例だ。ヘッドディスティラーのジャック・メイヨーは、エディンバラ大学で2014年に天体物理学の博士号を取得し、同年にヘリオットワット大学で醸造学と蒸溜学を修めたという異色の経歴。しばらくグラスゴー蒸溜所で働いた後、ホーリールード蒸溜所を創設するためエディンバラに帰ってきた。ここはジャックが知的好奇心を解放する遊び場であり、その楽しさは本物である。

もともとホーリールード蒸溜所の設立を構想したのは、スコッチモルトウイスキー・ソサエティのカナダ支部を創設したロブ・カーペンターとケリー・カーペンターの夫妻だ。エディンバラ大学の法科大学院で学んでいた2013年、ロブはここエディンバラで蒸溜所を設立して、魅力的なビジター体験を提供しようと思い立つ。1900年代の初頭まで、スコットランドでは都市部にもたくさんの蒸溜所があった。だから現代でもそれが不可能な訳はないと考えたのだ。

カーペンター夫妻は、世界各地に住む65人の投資家から首尾よく資金を調達した。さらに業界で25年の経験があるマッカランの前マスターディスティラー、デービッド・ロバートソンをチームに招聘。そして才能あふれるジャック・メイヨーも仲間に加わった。デービッドとジャックが、日々の蒸溜所の運営を担っている。

 

歴史ある駅舎の建物を改装

 

2019年9月6日に初めてスピリッツが蒸溜されてからわずか2ヶ月後。蒸溜所を訪ねると、ジャック・メイヨーが愛犬を連れて出迎えてくれた。この地域の古い地図を眺めながら、ジャックが蒸溜所のツアーを開始する。

「新蒸溜所の建物は1835年に建てられました。エディンバラ=ダルケイス鉄道の施設の一部です。この辺りは水質がとても良く、もともとたくさんのビール醸造所やウイスキー蒸溜所がありました。チャームド・サークル(幸運の土地)と呼ばれていたくらい豊かな土地なんです。この建物はかつてミッドロージアンに石炭を輸送する鉄道の起点として使用されていましたが、1968年でお役御免になりました。1980年代は地元の人々が集うカフェになり、2015年に建物自体が閉鎖。そこで我々が2018年4月から賃貸契約を引き継ぐことにしたのです。それから1年と少しで蒸溜所を稼働させ、2019年7月に公式開業となりました」

ジャックの愛犬も大切な蒸溜所のスタッフだ。マッシュタンの前で糖化工程を見守る。

都会にある歴史的建造物でウイスキーをつくるということは、もちろんそれなりの制約も覚悟の上であるとジャックは言う。

「原料の大麦麦芽を保管したり、ミルを置くようなスペースもありません。空港の近くにある貯蔵庫から毎日運んできます。その貯蔵庫で樽の熟成とボトリングもやっているので、この蒸溜所で樽熟成はおこなわれていません。 空港そばの貯蔵庫では8,000本の樽が熟成できます。これまで90本ほど樽詰めしただけなので、まだまだ先は長いですね」

ジャックはさらに言葉を続ける。

「この蒸溜所にはまだ伝統なんかありません。でも、それがかえって好都合な場合もたくさんあるんです。例えば蒸溜所ツアーの工夫もそのひとつですね」

麦芽の保存スペースも貯蔵庫もない蒸溜所だが、それを補って余りあるお楽しみも用意されている。例えば蒸溜所ツアーがスタートする部屋ではアロマあてクイズが用意され、ビジターが自分の感覚を研ぎ澄ましてチャレンジする。やがてツアーはジンの部屋へと続き、再びアロマやフレーバーの成分について学ぶ特別な体験ができる。

ホーリールード蒸溜所でつくられているジンは4種類。ドライジン、ピンクジン、オールドタム(オールドトムの異名)、スパイスドジンである。室内にはジャック自身が設計してスロベニアで製造された容量250Lのジンスチルがある。

「このスチルはジニー・ディーンと名付けました。通りの向かいに住んでいたウォルター・スコットの小説『ミドロージャンの心臓』に出てくるジニー・ディーンズにあやかっています。ボタニカル用のバスケットはレトルトとしても試用できるので、例えばフルーツブランデーを入れたりして実験を繰り返しています」

次はいよいよウイスキーづくりの設備だ。マッシュタンは容量1トンのセミラウター式。糖化工程は約5時間で、1回目(4,000L)が64°C、2回目(2,000L)が75°C、3回目(4,000L)が85°Cで、これは次回バッチの1回目になる。2019年11月初旬までの生産状況は順調で、まだ突飛な実験はおこなわれていなように見える。

「これまで原料には標準的なウイスキー用麦芽をつかってきました。ハイランド産のピーテッドモルト(フェノール値45ppm)とノンピートの2種類です。でも今週から、ちょっと特別な麦芽も使ってみることにしました。クリスタルモルト、チョコレートモルト、ブラックモルトです。ヘリオットワット大学で博士号を取得した学生が、フルタイムでこのプロジェクトを担当します。麦芽を供給してくれるクリスプモルティング社が新型ロースターを導入して、バッチ単位だけでなく継続的な実験もできるようになったので、面白い実験ができるかもしれません」

発酵はステンレス製のウォッシュバックで、温度調整機能は付いていない。一見すると3槽しかなさそうだが、実は全部で6槽ある。スペースに限りがあるため、それぞれのウォッシュバックが2段重ねになっているのだ。容量は6,500Lだが、発酵時に泡が出るので麦汁は5,000Lまでしか入れない。ジャックはこの発酵工程でも独自のアプローチを試しているようだ。

「ウイスキー酵母、ビール酵母、ワイン酵母で実験しています。ウイスキー酵母は、ケリーやマウリよりもフルーティーなアンカーを使います。ビール酵母とワイン酵母は、ラレマンド社と綿密に連絡を取りながら最善の酵母を模索中。発酵時間は2日から7日までと幅があるので、バラエティー豊かな原酒から多彩なフレーバーが得られます」

 

スコットランドで一番のっぽなスチル

 

さあ次は蒸溜だ。ポットスチルは1対のみだが、2基とも高さが7mもあるのですぐ目に止まる。容積あたりの形状でいえば、スコットランドで最も背の高いスチルでもある。このような形状にした理由は、フレーバーの濃度が高いスピリッツを得るためだ。つまりリッチで、濃厚で、力強い風味である。スチルを製造したのはスペイサイド・コッパーワークス。同社にとってシースルーウィンドウを装備した初のポットスチルであることから、蒸溜中のスチル内を観察できるのはとても面白い。

スペイサイド・コッパーワークスが製造した真新しいポットスチル。ネックがとても長く、大きなシースルーウィンドウも特徴である。

ウォッシュスチル(初溜釜)は容量5,000Lで、ウォッシュバック1槽分のもろみを蒸溜する。スピリットスチル(再溜釜)は容量3,750Lで精溜器も付設している。この精溜器には水も容れられるので、レトルトとしても使用可能。ジャックはさまざまなカットポイントで実験をしているが、訪問時はフォアショッツが8分、ハーツが1時間半から2時間、そして度数69%でフェインツに切り替えていた。スチルストレングスは74〜75%だ。

そして前述の通り、すべてのスピリッツはタンクローリー車で空港近くの貯蔵庫に運ばれて樽詰めされる。ちなみにこの貯蔵庫へ行く途中で、麦芽のカスなどを下ろして農家の肥料にしてもらう。

この蒸溜室の秘密は、ローワインのレシーバーが2基あることだ。つまり将来には3回蒸溜を採用することも十分に可能な設計になっている。その場合は、1つのレシーバーにローワイン、もう1つのレシーバーにハイワインが注がれることになるだろう。スピリットスチルが少しだけ大きめに造られているのも、2回分のローワインを処理できるようにするためだ(このパターンはまた試行されていない)。

熟成工程においても、多様性は最重要項目となる。これまでは大半のニューメイクスピリッツがバーボン樽に入れられてきたが、今後はシェリー樽(オロロソ、パロコルタド、ペドロヒメネス、アモンティジャード)、新樽(チャーまたはトーストを再度施したもの)、マフロダフネ樽(ギリシャ)、ポート樽などでの貯蔵も予定されている。

「なんでも試してみるつもりですよ。もちろんコストはかかります。バーボン樽が60ポンドなら、オロロソのホグスヘッドは700ポンドですから。リッターあたりのコスト増は膨大になりますが、フレーバーの面白さを考えたらやる価値があります」

驚くべきことに、ジャックは樽入れの度数も場合によって変えている。

現在のところ、生産体制は2交代制であるが、昼の部だけで終わる日もある。1回のシフトに3人のディスティラーが関わる体制も珍しい。あの巨大な新しいマッカラン蒸溜所でさえ、シフトごとのディスティラーは2人なのだ。

ジャックは個性あふれる4種類のスピリッツをつくろうと考えている。スモーキー(モルト主体)、スイート(モルト主体)、フルーティー(酵母主体)、スパイシー(樽材主体+ビール酵母)という構成である。これだけあると、ちょっと業務も煩雑すぎるのではないかと心配してしまう。だがジャックは言う。

「仕事を簡単にしたいだけなら、スピリッツは1種類しかつくりませんよ。でもこのやり方は、小さな屋根の下にウイスキー蒸溜所4軒とジン蒸溜所1軒を運営している楽しさがあるでしょう?」

ホーリールード蒸溜所でつくるウイスキーが、どんなものになるのかはまだわからない(確実に複数のタイプを用意するだろう)。今おこなっている実験も、時間という要素だけはごまかせないからだ。

だが興味の尽きないビジターたちを満足させるため、ジャックとデービッドはできるかぎりの工夫を凝らしている。4種類の面白いウイスキーをテイスティングで提供し、フレーバーの探究心を満たしてきた。その内容は、ヘビーチャーのアリゲーターカスクで熟成したシングルグレーンウイスキー、キャンベルタウンのブレンデッドモルトウイスキー、オロロソシェリー樽で熟成したブレンデッドモルトウイスキー、スモーキーなウイスキーを融合したブレンデッドモルトウイスキーだ。これらのウイスキーは、いずれも蒸溜所で購入できる。

ウイスキー好きの旅行者を、百年間もお待たせしてしまったエディンバラ。アーサーズシートから目と鼻の先にあるホーリールード蒸溜所が、まったく新しい時代を先導し始めたばかりである。