すっきりと飲みやすいアイリッシュウイスキーは、長年に渡ってブレンデッドが主流だった。そんななかで再び注目されつつあるのが、アイリッシュシングルモルトウイスキーだ。その歴史と現在を追った2回シリーズ。

文:グレッグ・ディロン

 

アイリッシュモルトウイスキーは、もともと古い伝統のあるカテゴリーだ。長年にわたって不当に軽視されてきたのは、業界のシェアやセールスがブレンデッドアイリッシュウイスキーに偏りすぎていたからであろう。ティーリング・ウイスキーの創設者で、現在も社長を務めるジャック・ティーリングは語る。

「近年のアイルランドで販売されてきたのは、主にエントリーレベルの飲みやすいアイリッシュウイスキーが中心。面白いウイスキーを生産しているメーカーは、つい最近まで片手で足るほどの数しかありませんでした」

そんな中で、アイリッシュモルトウイスキーが目覚ましい復活と成長を経験している最中である。もともとアイリッシュウイスキーを飲んでいた人々も、新しいモルトウイスキーを積極的に楽しんでいるのがブームの特徴だ。コレクターやブロガーも熱狂し、勢いは衰える気配を見せない。アイリッシュウイスキーの注目カテゴリーとして、発売する各ブランドへの支持が高まっている。

これはアイリッシュウイスキー業界にとって望ましい状況であろう。アイリッシュウイスキーにァンする話題は明らかに増えてきた。コレクションしたり、好きなブランドを教えあったり、既存ブランドにも新しい価値を発見したり、消費者同士が語り合う機会も多くなる。

カテゴリー自体が成長するに従って、これまでにない地位や生産量に到達できるかもしれない。そのような状況の中で、生産者側に可能な戦略についてジャック・ティーリングは語る。

「アイリッシュウイスキー業界としては、本当にユニークなプレミアムカテゴリーが創出できるはず。この新しいカテゴリーを、私たちは『シングルポットスチル』という名で呼んできました。生産量も販売量もアイリッシュウイスキーを代表するメーカーが、このカテゴリーを育てようと目標を定めています。かなり前から消費者を教育しようとプレミアムなアイリッシュウイスキーを売り出しているのですが、このユニークな味わいの特徴について、広く理解していただくにはまだまだやるべき仕事がたくさん残されています」

モルトウイスキーとポットスチルウイスキーの違いは原料だ。モルトウイスキーが大麦モルト100%でつくられるのに対し、ポットスチルウイスキーは大麦モルト30%以上、未発芽の大麦30%以上、残りにライ麦や小麦を使用するレシピとなる。

 

歴史が動き出した

 

ジャック・ティーリングは、さらにアイリッシュウイスキーの現状を形作った歴史についても言及した。

「第1次世界大戦までは、すべてが順調でした。戦争を境に、ウイスキーづくりが荒廃してしまったのです。土地の貧しいアイルランドは蒸溜所が軍需物資工場になってウイスキーの生産中止を余儀なくされ、アイルランドの独立を宣言した1916年のイースター蜂起も追い打ちをかけました。当時アイリッシュウイスキーにとって最大級の輸出先だった大英帝国と一瞬にして決別したのですから。スコットランドよりも数が多い時期もあったというアイルランドのウイスキー蒸溜所は、大きくその勢力を減らしてしまいました」

2015年にダブリンで開業したティーリング・ウイスキー(メイン写真も)。クーリー社の社長だったジャック・ティーリングが、アイリッシュウイスキーの伝統を守ろうと創設した品質重視のメーカーだ。

業界としては、不幸な一面もあったアイリッシュウイスキー。さまざまな条件が、各社の方針に影響を与えてきたのだとティーリングは説明する。

「シングルモルトウイスキーづくりについていえば、たくさんの生産拠点と伝統がアイルランドにはありました。でもそんな歴史はあえて忘れ去られてきたのです。その理由は、今までアイルランドのウイスキー史を語ってきたのが、20世紀の暗黒時代を生き延びた人々だったからでしょう。ここ数十年間、大規模メーカーは伝統の復活にほとんど力を注いできませんでした。『ブッシュミルズモルト』が、ディアジオ傘下時代に軽視されたのもそんな例のひとつです。スタンダードなブレンデッド商品や『ハニー』のほうが重要だと判断されたのでしょう。アイリッシュ・ディスティラーズやペルノ・リカールも、シングルモルトよりシングルポットスチルを重視してきました」

長きにわたって、アイルランドでは生き残ったわずか4軒の蒸溜所がウイスキーをつくり続けてきた。ブッシュミルズとジェムソンが市場で大きなシェアを握り、キルベガン蒸溜所とクーリー蒸溜所が生産量では群を抜く存在となっていた。

新しいアイリッシュウイスキーを代表するブランドのひとつは「レッドブレスト」であろう。アイリッシュ・ディスティラーズを代表するシングルポットスチルアイリッシュウイスキーだ。ジム・マレーの2018年版「ウイスキーバイブル」でも「ベストアイリッシュウイスキー」に選ばれている。だがこのウイスキーは、過去7年のうち6回も同じ賞に選ばれている。言ってみれば、70〜80年代のリバプールや、90〜00年代のマンチェスター・ユナイテッドのような常勝チームなのだから驚きは少ない。

ある時点で、アイリッシュシングルモルトのカテゴリーに参入した新しいブランドが、同様に注目を浴びることになるだろう。そのような新興ブランドが栄誉ある賞に輝き、一躍トップステージに躍り出る。そんな光景を目にするのは、おそらく時間の問題であろう。
(つづく)