エドリントンにおける長年のキャリアで、マッカランをトップブランドに成長させた第一人者。ケン・グリアーが、ウイスキーとブランドの関係について語る2回シリーズ。

文:ガヴィン・スミス

 

「才能にあふれた人たちがウイスキー業界から引退してしまうたび、とても残念な気分になるんです。何十年も培ってきた貴重な経験や知識があるのだから、退職後の過ごし方もよく考えてほしいものだと願っています」

そう語るケン・グリアー自身が、20年近く勤務したエドリントン社を退職したのは2018年のこと。その後はディスティル・クリエイティブ社を設立し、マッカランのクリエイティブディレクターとマッカラン・ディスティラーズ社の取締役会長を務めてきた。

グリアーは、マッカランの新しい蒸溜所(2018年竣工)のオープンにも大きく貢献している。在任中にマッカランは30億ポンド(約5,800億円)の価値を持つブランドへと進化し、世界で高価なシングルモルトスコッチウイスキーの地位も獲得した。

マッカランが高級ブランドとしての認知を不動のものにする過程で、グリアーはさまざまな芸術家たちと一緒に仕事をしてきた。ピーター・ブレイク(アーティスト)、アニー・リーボヴィッツ(写真家)、フランスのクリスタルガラス製品を象徴するラリック社、そしてダンヒルやパネライなどの高級ブランドと積極的にコラボしたのもグリアーの功績である。

ダンフリース生まれのグリアーは、エドリントンを退職後に自分の事業を立ち上げようと心に決めていた。

マッカランのクリエイティブディレクターを務め、現在はみずから設立したディスティル・クリエイティブ(De-Still Creative)でコンサルティングサービスを提供するケン・グリアー。メイン写真は、グリアーがデザインの構想に関わった新しいマッカラン蒸溜所の外観。

「これまでもずっとイノベーションに情熱を捧げてきました。仕事を通じて、他の人々を元気づけたいと願っていたんです。お酒、高級品、写真作品は、そのようなイノベーションを象徴するような分野でした」

マッカランを退職してゆとりができたのかと思えばそうでもなく、仕事人間の気質はまだまだ衰えを知らないようだ。グリアーは冗談めかして言う。

「会社を辞めたので、今では週6日でも働ける自由があります。でも会社から離れて、自分だけで働くのは怖いものです。財務、IT、人事など、すべての役割を自分でこなさなければなりません。役割はどんどん増えているのに、私個人の処理能力は進歩しません。食べていくのに必死ですよ」

時折ゴルフを楽しんでいるが、スポーツといえばサッカーだ。少年時代から応援しているチーム「クイーン・オブ・ザ・サウス」の応援には熱が入る。ダンフリースを拠点とする古いクラブで、人気はやや低迷しているが関係ない。

スコットランド3部リーグでライバルのステンハウスミュアーやケルティハーツを迎え撃つホームゲームには、スタジアムで観戦するためにパースシャーの自宅からスコットランド南西部まで車を走らせる。サッカーシーズン中は、これが隔週土曜日のルーティンだ。贔屓のチームを応援するグリアーの心には、子供時代から変わらない不屈の熱意、楽観主義、活力が生きている。

ウイスキービジネスのメンターとして、またディスティル・クリエイティブの共同経営者として、グリアーは業界の仕事仲間たちを大切にしている。

「サントリーとは、スピリッツのポートフォリオ全体にわたって綿密に協働してきました。インターナショナル・ビバレッジ、グレンタレット、イングランドのコッツウォルズ蒸溜所ともさまざまなプロジェクトを進めています。ひとつの仕事に打ち込むより、幅広いブランドと多様性を感じているのが好きなんです」

ディスティル・クリエイティブは、その活動の場をラム酒の世界にも広げている。コロンビアのディクタドール(ラム)、フランスのカミュ(コニャック)、メキシコのアマラス(メスカル)などのさまざまなブランドを取り扱っている。

本業である蒸溜酒の世界から離れている時間は、大好きな写真撮影にも没頭している。

「特にライカの大ファンなんです。ライカは携帯電話も製造しているんですが、日本でその電話を新発売したときにセールスの手伝いをしたくらいですよ」
 

エドリントンきっての戦略家

 
グリアーはキャリアの最盛期をエドリントンで過ごしてきた。その仕事から学んだ重要な教訓について、あらためて聞いてみたい。トップブランドでの経験は、ディスティル・クリエイティブのクライアントにも活かされているのだろうか。

「ハイランド・ディスティラーズ(エドリントンの前身)には1998年に入社して、フェイマスグラウスの海外展開を担当していました。そこで最初に手掛けたのは、ブランドのマスコットである雷鳥のギルバートを起用した既存の『アイコンキャンペーン』でした」

この最初の役割で、グリアーはさほど大胆な戦略に走らなかった。あくまでビジュアルのクオリティを追求することでブランドのイメージアップに成功したのだという。

「フェイマスグラウスのキャンペーンでは、クリエイティビティの底力を目の当たりにしました。キャンペーンの特性からして、とてもわかりやすく、ユーモアも感じさせて、磨きをかけ続ければ何十年も通用するようなアプローチが相応しかったからです。私がブランドに関わっていた6年間は、慎重に少しずつ進化させていくことを心掛けました。安易に広告の方針を変えて、目立たせようとは思わなかったのです」

そんなグリアーも、マッカランの仕事では野心を発揮することになった。

「勇気を持って、既存の価値を積極的に破壊する覚悟を持つことを学んだんです」

シェリー樽熟成で、常にウイスキーファンの尊敬を集めてきたブランド。マッカランはすでに有名だったが、世界中の需要に応えるためにポートフォリオを拡大し、熱心な愛飲家たちに新たな味わいを提供する必要もあった。

ケン・グリアーが世に出した新しいラインナップといえば、エレガントでカジュアルな飲み方を提案する「ファインオーク」、消費者の探究心を刺激する「1824シリーズ」(免税店限定)、そしてもちろん大成功を収めた「Mデキャンタ」だ。

この「Mデキャンタ」はクリエイティブなデザインを追求し、他業種の一流ラグジュアリーブランドとコラボすることでマッカラン自身にも大きな利益をもたらすことになった。プロジェクトの成功について、グリアーが当時を振り返る。

「マッカラン自身がインスピレーションを与える存在となり、他ジャンルのクリエイターがアイデアを生み出す手助けをしてくれた事例です。『ザ・マッカラン ファイン&レア』は、貴重な長期熟成原酒を活用した素晴らしいアイデアでした。原酒の希少性とブランドの物語性を強調し、多くの人に注目していただいたプロジェクトです。傑出したアイデアと同等の原酒が必ずあることも、マッカランの底力ですね」
(つづく)