昔ながらの伝統を維持することで、オーセンティックな価値を守ってきたバーボン業界。だがウイスキーファンのニーズが多様化するにつれて、イノベーションへの期待も高まっている。

文:マギー・キンバール

 

ケンタッキーバーボンの世界では、まだイノベーションのブームが起こり始めたばかりだ。多くの蒸溜所は「伝統を重んじながら、変化も受け入れる」といったニュアンスのスローガンを掲げ始めている。

昔ながらのケンタッキーバーボンであってほしいという人々の存在も根強いため、メーカー側も急速な変化は求めていない。しかしだからといって、バーボンづくりに改善の余地がないわけでもないし、メーカーが実験を忌避しているわけでもない。

ジェーン・ボウイの役職は、メーカーズマークのイノベーション部長(熟成マスター兼任)。伝統を重んじてきたブランドで、イノベーションを推進する部署はまだ新しい。

たとえばメーカーズマークは、創業以来たった1品目のウイスキーだけをつくり続けてきた。看板商品の「メーカーズマーク」を高品質でつくっていれば、それで十分だったのだ。

だが当代のビル・サミュエルズが、それでは本当に自分が手掛けたと誇れるウイスキーがないことに気づいた。そして数年の実験を重ねた結果、「メーカーズマーク 46」が誕生する。だがイノベーションの物語にはまだ続きがあった。メーカーズマークのイノベーション部長と熟成マスターを兼任するジェーン・ボウイが、その背景を語ってくれた。

「私たちの仕事を一言で説明するなら、伝統の踏襲です。創設者たちが決めたことを、ただひたすら真面目に守っているだけ。イノベーションを担当する部署もなく、実際にはまだ成長していない1歳児に等しいような部分もありました」

だがそんな時代も終わり、メーカーズマークは変化に向けて学び始めた。その学びは、まず農業に関する長期間の調査から始まったのだという。

「原材料の研究から個々のフレーバーの出自が明らかになり、実にたくさんのイノベーションが生まれようとしています。生産工程についても、本当に多くの時間をかけて研究してきました。なぜならウイスキーの本当の魅力は、結局のところ農業に根ざした製造業であるという側面であるから。でもバーボンのことを農産物だと考える人はそんなにいません。伝統を守りながら進歩もしたい。バーボン業界は、そんなバランスによって存続していきます。そういう意味では、これまでやってきた方法を大きく変えたいわけでもないのです」

ひとつの生産工程の変更によって、最終製品にどのような影響が出るのか。法的なケンタッキーバーボンの定義を逸脱せずに、どうやって既存製品とは異なったフレーバーや特性を得られるのか。あらゆる蒸溜所が、そんな研究を進めている。テロワールや環境がもたらすウイスキーへの影響が、かつてないほど仔細にわたって研究されているのだとボウイは語る。

「バーボン業界の好きなところは、本当にいつまでも学び続けられること。発想を根本から変えることさえも許容してくれる奥深さがあるんです」

そんなわけで、ケンタッキーの蒸溜所はそれぞれに異なったアプローチでイノベーションの手がかりを模索している。だが全社に共通するのは、「消費者を喜ばせる」というたったひとつの目標だ。

実験精神と新興メーカー

 
限定発売のボトル欲しさに徹夜で並ぶ人々が現れるまで、バーボンの世界でイノベーションが優先事項になることはほとんどなかった。ウイスキークラブの人気が高まり、バーボンへの注目が増してきたのは、ウイスキーマニアたちの功績である。

熱烈なウイスキー愛好家たちを一定期間にわたって喜ばせる方法のひとつが、プライベートバレルのセレクションだ。熱心なレストランやリカーショップが樽を選定したり、ウイスキークラブが独自に選んだ樽を販売(小売店経由)したりとさまざまな形態があった。

オールドフォレスターは、創業1870年の古参ブランド。バーボンを密栓ボトルに瓶詰めしたのは初期のイノベーションだ。

メーカーズマークはこのコンセプトを取り入れた「メーカーズマーク プライベートセレクト」で、イノベーションをレベルアップさせている。この商品の熟成には10種類の異なった樽材を組み合わせた合計1001種類の樽が用いられ、特有のフレーバー構成が表現された。

だがウイスキーファンには、ひとつの実験で満足しない性質もある。新しい試みが終われば、すぐに次の試みを求めてくるのだ。メーカーが繰り出す次の手は、いったいどのようなものになるのだろうか。KOBBE(ケンタッキーズ・オリジナル・ブラック・バーボン・エンシュージアスツ)創設者のジャマー・マックは語る。

「たくさんの小規模な新ブランドが誕生している現在の状況を喜んでいます。ブローブラザーズ蒸溜所やフレッシュ・バーボンのような小規模メーカーは、5〜6年前なら経営を支援してくれるほどの消費者層がいませんでした。でも今なら、パピーヴァンウィンクルのように希少なバーボンを探している人が、パピーを入手できないときの代替品として、特別感のある小規模メーカーを選ぶこともあるのです」

このようなトリクルダウン効果が、新しいウイスキーブランドを探している消費者層のなかに見られるようになった。だがその一方で、そのような希少性を求める需要は飽和状態になりつつある。そんな懸念について、マックは説明する。

「ここ数年でたくさんのメーカーが生まれ、たくさんの樽にスピリッツが詰め込まれてきました。これらのバーボンは、あと1〜2年でいっせいに熟成を終えてボトリングされます。本物の限定品が手に入らない状況は、いずれ消費者を苛立たせるでしょう。ヘブン・ヒルに行ったのにエライジャクレイグのバレルプルーフを入手できず、他のウイスキーで諦めるという体験が続けば嫌になってくるはずです」
 

多様化するニーズが未来を決める

 
希少で特別感のあるウイスキーを求めている消費者がいる。だがその一方で、とりあえずバーボンなら細かいことにはこだわらないという大きなニーズもある。そんな両方のニーズにバランスよく応えるという目標が、ケンタッキーのウイスキーメーカーにとって新しい未来を切り開くための大きなチャレンジになるかもしれないとマックが語る。

「バーボンの素晴らしい伝統とロマンスを体験するために、大勢のウイスキーファンたちがケンタッキーにやってくるという現実を忘れてはなりません。そのなかには、限定品のバーボンを購入するのが主な目的の人もいます。母がよく言ってました。井戸が枯れているとわかっているのに、何度も井戸に行って覗き込んでもしようがないのだと。何事も準備が肝心なのです」

マックの説明によると、ケンタッキーバーボンのビジター体験は大きく進化している。特に素晴らしいのは、没入感いっぱいのツアーや体験、そして上質なレストランだ。何度行っても、新しい何かが体験できるようになっているのだ。

19世紀前半に小さな農場蒸溜所として誕生したウッドフォードリザーブ。マスターディスティラー、クリス・モリスの実験精神でバーボンの新時代を先導している。

「バーズタウン・バーボン・カンパニーでは、自分でウイスキーを瓶詰めするコーナーが人気です。その様子を見て気づいたのですが、来場者の目的はそんな蒸溜所経験そのものにあるんです。蒸溜所が限定品を大量に売れないことは承知の上ですからね」

さらにマックいわく、消費者市場における限定品の魅力にも上限がある。だからこそ、蒸溜所ツアーの要素としてビジター体験を取り入れるのは極めて重要になっているのだという。

「たとえば2000ドル(約20万円)のパピーヴァンウィンクルがあっても、買える人は限られています。価格が上がるほど買える人は減っていくし、買える人でも似たようなウイスキーをすでに持っていればニーズはどこかでなくなります。どんなに熱心な自動車コレクターだって、思いつきで1,000台をまとめ買いしたりはしません。あらゆる需要には上限があるのです」

結局のところ、ウイスキー業界は、他の業界のように大きな方向転換ができない。水晶球のような価値から利益を得ていくような定めもあるだろう。6年後の消費者需要に応えるための計画は、いま立てて実行しなければならない。求められるフレーバーがどのようにして作られるのかを理解し、イノベーションによって実現できるかどうかが鍵になるとマックス・シャピラは語る。

「長年にわたって変化のなかったバーボン業界では、確固たる伝統の踏襲以外に広がりもありませんでした。でも今まさに起こっているイノベーションの波は、まだまだ大きくなりそうです」

素晴らしいバッケージデザインやユニークなマッシュビルに、消費者は好意的な反応を見せている。貯蔵庫の特定の場所だけで熟成したウイスキーが、異なるテクスチャーを獲得していることも話題になった。マックス・シャピラはそんな小さな違いに大きな可能性を見出している。

「スモールバッチやシングルバレル、長期熟成、ちょっと変わったアルコール度数などの個性が、今日のバーボン市場ではとても重要なポイントとしてもてはやされています。現在のイノベーションから生まれる独特の個性が、将来のバーボンの姿を決めていくことになるでしょう」