日本の身近な隣人であり、高品質なウイスキーも産出している台湾。市場の成長を見守ってきた姚和成が、台湾ならではの事情や今後の見通しについて語ってくれた。

文:ガヴィン・スミス

 

1990年代にスピリッツの輸入が拡大し、コニャックの人気を凌ぐようになったウイスキー。特にスコッチウイスキーを生産する各社は、台湾市場の潜在力にすぐ気づいた。特に人気が集まったブランドはマッカランだ。マッカランを「ウイスキーのロールスロイス」と評したマイケル・ジャクソンの言葉が、台湾でも喧伝されていたことを姚和成(ヤオ・ホーチェン)はよく憶えている。

「実際に、マッカランは中国料理との相性がとてもいいんです。そんなことも手伝って、台湾のスピリッツ市場でプレミアムブランドになり、台湾人がシングルモルトについて学び始めるきっかけにもなりました。当時の台湾で売られていたマッカランは、シェリー樽熟成の商品だけ。マッカランは2000年代初頭からシングルモルトのナンバーワンブランドになりましたが、そのうち何年かは、ブレンデッドウイスキーも凌駕するウイスキー市場全体の王者でした」

2018年にはスコッチの栄誉であるマスター・オブ・ザ・クエイヒに昇格(メイン写真も)。姚和成(ヤオ・ホーチェン)は、台湾のウイスキー市場を育てた最重要人物でもある。

しかし姚和成は、やや皮肉な現象についても回想する。スコッチウイスキー各社は、当時から台湾での売り上げを増やそうと力を入れ、バーボンウイスキーやアイリッシュウイスキーのメーカーとは比較にならない宣伝費を投じた。でもその結果には、やや厳しいものがあったのだという。

「1990年代の台湾市場を席巻したのは、スコッチウイスキーではなくてジャパニーズウイスキーでした。主にサントリーのオールドと角瓶です。でもやがて台湾国内のスコッチウイスキーブランド(ボトラー)であるマティスが台頭して、その後はシーバスやジョニーウォーカーなどの有名ブランドが市場のリーダーになりました」

そうやって台湾のスピリッツ市場は、徐々にスコッチウイスキーが独占するようになった。そして今でも、ウイスキー消費の半分はシングルモルトウイスキーが占めるのだという。

「現在、シングルモルトの売り上げナンバーワンはシングルトン(通常はグレンオード)で、ブレンデッドの売り上げナンバーワンはジョニ黒です。両者の売り上げを比べると、おそらくシングルトンの方がずっと上でしょう。低価格のスコッチウイスキー市場を独占しているのが、他国の市場であまり売れていない『スコティッシュリーダー』であるのも面白い点です。コレクターが夢中になっているのは、ジャパニーズウイスキーとマッカラン。最近になって、ブローラも人気コレクターズブランドの仲間入りをしました」

姚和成によると、台湾で人気のスタイルは、いまだにシェリー樽熟成なのだという。

「シェリー系が今でも市場の王者ですね。でもマッカランが絶対王者という時代は終わり、人気も分散してきています。売り上げアップを狙うスコッチ各社は、どこもシェリー熟成の商品を投入してきました。シェリー樽100%でなくとも、後熟などでシェリー熟成の風味を謳うのが目的化している印象です」

台湾のウイスキー消費者の変遷についても、 姚和成は明確な分析を提供してくれる。

「台湾の男性は、ほとんどすべての年齢層でウイスキーを消費しています。しかし最近になって、女性の消費者も目立つようになってきました。以前のウイスキーファンといえば40代以上が中心でしたが、若い層もウイスキーを好んで飲み始めています」

ウイスキーの飲み方についても、姚和成は興味深い傾向を教えてくれる。

「たいていの人はウイスキーをオンザロックにして、食事と一緒に飲んでいますね。それでも、まだストレートを好む人は根強くいます。台湾では、ハイボールや水割りがそんなに定着していません。緑茶割りやコーラ割りに至っては、まずほとんど見かけませんね」
 

高品質なウイスキーへの人気が特徴

 
かつて台湾でウイスキーが販売され始めた頃は、売り上げも実店舗の酒屋に頼りきりだった。つまり酒屋の在庫がなければ、売り上げも伸びなかったのである。その状況に変化をもたらしたのが、姚和成のような新しいウイスキーファンだった。

台北に誕生したカバラン直営「カスクストレングス・ウイスキーバー」。台湾には他にも多くのウイスキーバーがある。

「私のようなウイスキーの専門家が、SNSを使って知識を発信し始めました。それが市場に変化をもたらし、シングルカスクや特別エディションなどのより高額なウイスキーも売り上げを伸ばし始めたのです。台湾のウイスキー消費量が爆発的に多いわけではありませんが、販売されたボトル1本あたりの価格を比較すると、おそらく世界のトップ10に入るでしょう」

10年前の台湾では、アンバサダーを常駐させるウイスキーブランドも少なかった。それが今では、ほぼすべてのウイスキーブランドが少なくとも1人はアンバサダーを台湾に送り込んでいる。なかには台湾で3人のアンバサダーを抱えるブランドもあるのだという。

「アンバサダーたちは、たくさんのイベントを主催します。平時なら、年間で200回以上のテイスティングイベントを開催するのが彼らの仕事。最高記録は年間300回だという人もいましたね。ディアジオは自前のテイスティングルームまで持っていて、保有ブランドごとにテイスティング会を開いています。ウイスキーフェスティバルも認知度が広がりました。かつてのフェスティバルは情報収集の場所でしたが、今ではフェスティバルの数がちょっと多すぎ。新しい発想や新しいウイスキーに出会うというより、旧友と再会するための場所になっています」
 

カバランとオマーの先を見据えて

 
近年の台湾は、ウイスキー消費国であるばかりでなく、本格的なウイスキー生産国としても成長している。その大きな契機は2006年のカバラン蒸溜所開業だ。その後、カバランは拡張工事を経て、生産量で世界のトップ10に入るモルトウイスキー蒸溜所になった。

カバランの輸出先も60カ国以上になり、2019年5月には首都台北で「カスクストレングス・ウイスキーバー」も開店した。これはカバラン蒸溜所の貯蔵庫内を再現した空間で、ウイスキーを直接樽から注いで飲めるようにしたバーである。

カバランほどの知名度はないが、シングルモルトには「オマー」もある。台湾政府が株式の多くを保有する臺灣菸酒股份有限公司が、南投蒸溜所で2008年から生産しているウイスキーだ。近年は販売するウイスキーの種類も広がりを見せており、ややエキゾチックな「リキュールカスクフィニッシュ」が話題だ。「ライチリキュールバレルフィニッシュ」、「ブラッククイーンワインバレルフィニッシュ」、「オレンジブランデーバレルフィニッシュ」というラインナップは実に個性的である。

姚和成は、このような変遷を市場内部から観察してきた。だがカバランの人気については、台湾の内外でちょっとした違いもあるのだという。

「カバランは、本当にたくさんの人々に愛されています。地元台湾でも販売数は増えてきました。でも実をいうと、ビジネスイベントでカバランを見ることはあまり多くありません。カバラン以外のほとんどのウイスキーが供されるイベントでも、なぜかカバランだけ置いてないという状況も多いのです。おそらく台湾の人たちは、みんなカバランを贈答品やお土産で購入しているのでしょう。私自身も、海外の友人がカバランを購入するのを手伝ったりしていますからね」

台湾のウイスキーづくりについて、姚和成は将来への期待を語ってくれた。

「カバラン、オマーと2つの蒸溜所が成功したことで、さらに新しい蒸溜所を開業する機運が高まってきました。でもウイスキーづくりには莫大な先行投資が必要で、噂になっていた計画の多くがなぜか先へ進めない状況もあります。新しい蒸溜所の誕生は、私たちの願いでもあるので、近いうちに良いニュースが聞けたらいいですね」