グレンモーレンジィが、業界きっての奇才に豪華な遊び場を用意した。新しい蒸溜所「ライトハウス」に、ビル・ラムズデン博士を訪ねる。

文:ミリー・ミリケン

 

ヘッド・オブ・ディスティリング・アンド・ウイスキー・メイキング。つまり、ウイスキーの最高蒸留・製造責任者。それがビル・ラムズデン博士の正式な肩書だ。新しい遊び場となる蒸溜所が公開された翌朝、博士はふいにこんな言葉を口にした。

「僕はメタファー(比喩)で説明するのが好きなんですよ」

そんなことは、とっくに気づいていた。含蓄のある知的なほのめかしは、いつだって意外性に満ちている。常に聞き手を驚かせてくれるラムズデン博士は、ウイスキーづくりにおいても私たちの予想を出し抜いてきた。

「トム・ジョーンズの『サンダーボール』という曲の歌詞が好きなんですよ。特に『他の奴らが話をしている間に、あいつは行動している」という一節が。これぞ、まさにグレンモーレンジィで我々が実践している哲学ですから」

ここ40年ほど、スコッチウイスキーの世界でラムズデン博士が注目を浴びなかった時期はほとんどない。『夢のチョコレート工場』のような世界をウイスキー界で実践している人物として、グレンモーレンジィというブランドにさまざまな魔法をかけてきた。

グレンモーレンジィに在籍して26年だが、その間にも数々の特別な樽熟成を打ち出してウイスキー界を驚かせ、ウイスキー関係者には無名だったチョコレートモルトなどの原料も使用している。博士号まで修めた生物学の見識と、少年のような好奇心の間を揺れ動きながら、40年にわたってスピリッツの可能性と戯れてきたのである。

そんなラムズデン博士のために、グレンモーレンジィは数百億円もの巨費を投じて実験用蒸溜所を建設した。その意図は明確である。博士には、そのあふれるような独創性を表現し続けられる場所が必要なのだ。
 

ガラス張りの実験蒸溜所「ライトハウス」

 
グレンモーレンジィは、1843年に創設された。敷地内にあるターロギーの泉から取水して、甘くてフルーティーな酒質のウイスキーをつくり続けている。石灰岩と砂岩の地層で、数百年にわたって濾過された水である。創業当初からキリンのように首の長い銅製のポットスチルを使用しており、そんな蒸溜室の光景はスコッチウイスキーの象徴だった。

そして今、未来に向けた新しいシンボルが誕生した。それがラムズデン博士の実験用蒸溜所「ライトハウス」だ。ドーノック湾を見晴らす高さ20メートルの建物は、ガラスのパネルを纏った誇らしげな姿をテインのスカイラインに加えている。本家グレンモーレンジィ蒸溜所の古い石造りとは対照的で、モダンながらやや控えめな佇まいともいえる。ラムズデン博士が感慨を語る。

グレンモーレンジィの象徴であるキリンのような形状は踏襲しながら、特殊な機構を内蔵させたポットスチル。理論上は見かけの倍の高さのスチルで蒸溜したようなスピリッツも得られる。

「いろんなことをやってきた過程で、自分の内なる夢にもたくさん気づきました。それは、あらゆる物事を次のステージへ連れて行くこと。エドワード・トム(グレンモーレンジィのCEO)の前任者には、『もう飽きちゃった』(もちろん比喩的な意味で)と言っていたんです。なにか別のことにチャレンジしたかった。資金さえ与えてくれれば、グレンモーレンジィのために完璧な蒸溜所を建設してみせると請け合いました。いつも新しいことに挑戦し、他の人がやらないことを実現したい。僕は冒険的なライフスタイルなんです。それでいろいろなトラブルにも巻き込まれやすいんですけどね」

そんな性分も、ここライトハウスでは寛容に受け入れられるのかもしれない。もちろん冒険的な精神は十分に発揮される場所となるのだろう。この蒸溜所のなかには、ラムズデン博士がウイスキーの概念を変えてしまうほど革新的なスピリッツをつくるためのあらゆる設備が整っている。

ガラス張りのタワーを1階から最上階まで移動し、さまざまな設備を見せてもらう。見慣れたものもあれば、風情が違うものもある。どれもチームがウイスキーづくりに使用するための設備だ。最初に説明されたのは、粉砕のためのハンマーミル。伝統的なウイスキー用の穀物ではなく、意外な穀物までもが粉になる。ハンマーミルの次は、クッカー(糖化槽)だ。博士は秘密めかしたささやき声で説明する。

「新しいスピリッツとなる液体を、ここでレンティルスープのようにこしらえるんですよ」

さらに階上に進むと蒸溜室があり、背の高い2基の銅製スチルが見える。本家グレンモーレンジィ蒸溜所のスチルにも似ているが、さまざまな改良が施されているのだという。なかでも面白いのは、冷水をポンプで注入できる内部ジャケットだ。このジャケットによって、スチルの高さを倍にしたのと同様の効果を生み出し、蛇管式のコンデンサーと同様の液化システムを内蔵しているのだという。
 

計画の一端をほのめかす

 
そしてタワーの最上階には、ラムズデン博士の研究室がある。博士とチームがニューメイクスピリッツを吟味し、ライトハウス発の新しい試みを進める場所だ。ここで、一体どんな液体が生み出されるのか。そんな質問を投げかけると、いつもは多弁すぎるほどのラムズデン博士も急に口が固くなる。まあ、当然のことではあるのだが。

「まず最初は、スコッチウイスキーと呼べる条件を満たしたウイスキーをつくりますよ。でも2022年から2023年にかけて、もっとラディカルな試みも始めようと考えています。でもその内容は私にさえわかりません」

ビル・ラムズデン博士の野心的なアイデアを具現化にするグレンモーレンジィの生産チーム。背後にはコンデンサーとスピリットセーフが見える。

これは限定エディションの「グレンモーレンジィ ライトハウス」をボトリングするという暗示にも聞こえる。ラディカルな計画で定評のあるラムズデン博士だが、先を急いでリスクの高い実験ばかりやるほどナイーブでもない。

「闇雲に当てずっぽうの計画を立てたりしないよう、自分に言い聞かせているんです」

慎重を期すため、まず博士はライトハウスで過ごす最初の100日間について計画を立てたのだという。もちろんその内容は教えてくれなかったが、マジックの手の内をほのめかすようにヒントをくれた。

「ウイスキーづくりに使う生きた原材料は酵母だけだと、いったい誰が決めたのでしょう? ライトハウスでは、本家の蒸溜所なら怖くてできないような実験も考えていますよ。馬鹿げていて、奇抜で、危険で、法を犯しちゃうぐらいの実験をね」

時には、同僚や仲間たちから核心をついた質問をぶつけられることもある。だがラムズデン博士は、その策略を隠し通すための秘策も用意しているようだ。

「大好きなプリンスの伝記から、たくさんのヒントをもらいました。彼は質問に一切答えたくないとき、よく口を完全に閉じたままインタビュアーに向かって微笑んでいたそうです」

グレンモーレンジィの「空想の館」(博士自身がそう呼んだ)でおこなわれる実験が、今後のウイスキーの限界を押し上げてくれることは間違いないだろう。それはきっと人々を驚かせ、スコッチウイスキーの常識を揺るがすようなものになるはずだ。ラムズデン博士は、真の革新を着実に進めてくる。ライトハウスの完成は、スコッチウイスキー界にとってもワクワクする出来事である。

「他の会社がただ夢想しているようなアイデアを、ここでは実行します。そんな積み重ねが、ウイスキー業界の人々を刺激してくれたらいいですね」