角度で変わる、ライパイプの役割

April 28, 2016

ポットスチルとコンデンサーをつなぐライパイプは、ラインアームとも呼ばれている蒸溜用の設備。その長さや角度は、ウイスキーの風味にどのような影響を与えるのだろうか。蒸溜時の化学的なメカニズムを解き明かす。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

蒸溜について考えるとき、いちばんよく話題になるのは、ポットスチルの大きさと形状が最終的なスピリッツの特徴にどのような影響をおよぼすかという問題である。通常、コンデンサーはポットスチルほど問題にされないが、どのようなコンデンサーのタイプを使用するかによってスピリッツの特徴は変わってくる。伝統的なのが蛇管式(ワーム式)で、現代的なのは多管式(シェル&チューブ式)だ。

だがいわゆるライパイプ、専門用語ではラインアームが話題にのぼることはほとんどない。ラインパイプはポットスチルからコンデンサーまでアルコールの蒸気を運ぶ。実用的な部品に過ぎないようにも見える。しかしながら、銅製のライパイプは、スピリッツの特徴に影響を与えている。ライパイプが上に向いているのか、下に向いているのか、水平に設置されているのかによっても結果が異なってくるのだ。

銅という素材が蒸溜において重要なのは、アルコールの蒸気が銅に触れたときに、さまざまな反応を引き起こすからである(この反応の全貌はいまだに研究の対象となっている)。例えば、アルコール蒸気中にある酸やアルコールが銅の表面にぶつかったとき、両者の複雑な相互作用によってエステル(フルーティーな風味)が生まれる。エステルの大部分は銅の表面積が大きいポットスチル内で生成されているが、ライパイプの中でもエステルの一部は生成されるのである。

ライパイプが長いほど、銅との接触頻度は高い。だがこれもまた蒸溜速度によって変わってくる。蒸溜速度を決めるのはポットスチルに加える熱の度合いだ。熱すれば熱するほど、蒸溜速度は上がる。ブルックラディ蒸溜所の生産部長、アラン・ローガン氏は語る。

「ブルックラディでは、とてもゆっくりと蒸溜をおこないます。こうすることで蒸気がゆっくりと流れ、銅との接触率が最大になります。もっと速く蒸溜をすれば、蒸気と銅との接触率が減って、スピリッツはずっとリッチな風味になるでしょう」

また銅には、蒸気から硫黄化合物を吸収するはたらきもある。原則的に発酵過程で生まれる硫黄化合物は、肉やゴムや野菜のような風味の原因となる。硫黄化合物はほんのわずかしか含まれないが、それでも非常に自己主張が強い成分で、軽快な風味の特徴を覆い隠してしまう性質がある。つまり硫黄化合物の含有レベルを下げることで、フルーツのような軽快な風味を隠さずに表現できることになり、これがスピリッツの特徴を大きく変える。

主にポットスチルのネックとコンデンサーがこの硫黄化合物の大部分を吸収する(銅の表面積が大きいから)のだが、ライパイプもまた、この硫黄化合物の吸収に一役買っている。だがいったいその影響度はどれくらいのものなのだろう。ディアジオのカーデュ・グループで、シニアサイトマネジャーを務めるアンディ・キャント氏が説明する。

「使用し始めて数ヶ月もすれば、ライパイプの内側には通り過ぎる蒸気によってオイリーな蝋状の膜が張ります。この膜はおそらく蒸気と銅の相互作用の度合いを下げ、硫黄化合物の吸収や新しいエステル風味の生成も減退させると考えられています。このような残留物はポットスチルのネックよりもライパイプの内部により多くみられます。ポットスチルが窓を開けてホースで流すなどできるのに比べて、 ライパイプの内部は簡単に掃除できる方法がありません」

 

上向きか下向きかで風味が変わる

 

それとは別に、ライパイプの角度も重要だ。上向きか下向きかによって、最終的なスピリッツの中の、軽快な風味成分とリッチな風味成分の割合に影響が現れるのである。

ある種のエステル(フルーティーな風味)のような軽めの風味成分は、物理的にも軽量で、チャージ(蒸溜中の液体)が比較的低温時でも蒸発する。蒸溜が連続して温度が上昇してくるにつれ、物理的にも重量がある穀物風味などのリッチな風味成分がようやく蒸発しはじめる。

蒸気がポットスチルのネック内を上昇し、ライパイプに沿って進むとき、蒸気には徐々に低い温度との接触が待っている。そしてネックとライパイプが物理的に長いほど、蒸気の通路の温度は低くなる。その結果、一部のリッチな風味成分がポットスチルのネックとライパイプの中で液化されるため、コンデンサーまで辿り着く蒸気には軽い風味成分がより高い割合で残されているという状態になる。そしてライパイプの長さだけでなくライパイプの角度によってもこの液化の度合いが左右される。シーバス・ブラザーズのグレンリベット蒸溜所マスターディスティラー、アラン・ウィンチェスター氏が語る。

「もしライパイプが上向きの角度なら、リッチな風味成分を含む蒸気が液化されたときに、パイプを伝ってポットスチルの中に戻っていくことになります。こうなると、軽い風味成分がより高い割合でコンデンサーにまで行き着くことになり、よりエレガントな特徴を持ったスピリッツがつくられます。もしライパイプが下向きなら、液化された成分はそのまま先へ進むため、リッチな風味成分がより高い割合でコンデンサーにまで行き着いて、より濃厚な特徴を持ったスピリッツがつくられるのです。水平なライパイプは、そのちょうど中間の効果を持っているといえるでしょう。ライパイプの角度が与える影響は甚大なものではありませんが、それでも風味を左右する重要な要素のひとつなのです」

世界的な蒸溜所施設メーカーとして知られるフォーサイスの会長、リチャード・フォーサイス氏がメンテナンスについて説明してくれた。

ライパイプの長さや角度も大切だが、最終的には銅との接触頻度によってフレーバーが決まる。ブルックラディ蒸溜所では、極めてゆっくりと蒸溜をおこなうことで銅との接触率を最大化している。

「典型的なライパイプはおよそ3mの長さがあり、さらに長く造ることもできます。厚みは通常4mmほどです。蒸溜によって徐々に銅が侵食されると厚みを減らしていくため、毎年計測して管理します。厚みが2mm以下になると、ライパイプの交換時期です。ウォッシュスチル(初溜釜)ではアルコールの蒸気がとても揮発しやすく、ライパイプの摩耗も早く起こるため約8〜12年で交換が必要です。スピリットスチル(再溜釜)はそれよりもずっと蒸気の揮発が少ないため、ライパイプは30年くらい持つこともあります。ライパイプの交換には通常2〜3日かかります。実際のところ、ライパイプはすべてボルトとジョイントでポットスチルのネックとコンデンサーに取り付けられる構造になっています。そのほうが、溶接するよりもはるかに実用的なのです」

 

 

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