信州マルス蒸溜所 蒸溜釜更新

December 19, 2014

11月20、21日に行われた本坊酒造株式会社信州マルス蒸溜所の蒸溜釜更新の様子をレポート。

本坊酒造が所有する信州マルス蒸溜所。
WWA2013にて「マルス・モルテージ3+25 28年」ワールドベスト・ブレンデッドモルトに輝き、本年蒸溜再開後の原酒から「ザ・リバイバル2011 シングルモルト駒ヶ岳」を発売して、今大きく国内外から注目を集めるジャパニーズウイスキー・メーカーである。
鹿児島に本社を置く同社がウイスキーの生産を志して山梨に蒸溜所を設立したのが1960年。その後山梨はワイナリーとして地元の優良農家や自社畑の葡萄を使用したワイン造りに注力、蒸溜設備は1985年に現在の長野県上伊那郡宮田村に移設された。

信州マルス蒸溜所となってから7年後の1992年、ウイスキー需要低迷に伴って蒸溜は休止されたが、貯蔵された原酒を用いての商品が開発され、1996年には同蒸溜所初のシングルモルト「モルテージ駒ヶ岳10年」が発売となった。
2011年2月、ウイスキー需要の回復の機を見て蒸溜を再開。19年ぶりに長野の地で蒸溜設備に火が灯りスピリッツが生まれ、樽での熟成が始まったのである。

それから3年。
待望の蒸溜再開後の原酒を使用した「シングルモルト駒ヶ岳」のシリーズ「ザ・リバイバル2011」が8月に登場、続いて第二弾の「シェリー&アメリカンホワイトオーク 2011」が11月下旬に発売となった。
そして更なるウイスキー部門の強化のために、山梨から移設されて半世紀を経たポットスチルも更新されることとなった。
長きにわたって活躍を続けたスチルは、本坊酒造の顧問としてウイスキー部門の計画、指導に携わった岩井喜一郎氏の設計(1960年製)であり、新しく入れ替えられたスチルも全く同規格。
加熱方式をこれまでの銅製スチームコイル(スチル底部に設置されたコイル状のスチームパイプで加熱する方式)からステンレス製パーコレーター(スチル底部に設置されたスチームケトルが設置されており、その中を通る蒸気で加熱する方式。同蒸溜所の場合はケトル4基)へと変更、熱効率が150%向上する。
この加熱方式の変更によるスピリッツの風味の変化が起こらないよう、温度変化等の環境を既存のものに近づけるよう精密に設計したとのこと。
また、初溜釜にサイトグラス(覗き窓)を設置し、沸騰中の泡立ちの様子が確認できるよう仕様を変更した。

  

興味深いのはサイズ、容量、スワンネックの角度等は一切変更せず既存のスチルを踏襲した点。
この点について、本坊酒造株式会社取締役甲信事業部長 久内 一氏は「このスチルはジャパニーズウイスキー創成期の一端を担った岩井喜一郎先生の設計。岩井先生の信念を引き継いで、マルスらしいフレーバーを守っていくということが我々の方針です」と語る。
また、搬入工事が続く蒸溜室で、徐々に既存のコンデンサーと繋がれていく新しいスチルを見上げながら「2011年に蒸溜を再開し、今年はついに復活のリリースも出せました。そして新しいスチルを導入して、大きなステップの年になりました。このスチルとともにまた新しい半世紀―次のマルスの半世紀を築いていきたいですね」と語った。

夏場はメンテナンスを行い、ワインや梅酒を同時に生産する同蒸溜所ならではの生産体制のため、入れ替え前のスチルで最後に蒸溜を行ったのは4月。新しいスチルでの生産は来年1月上旬から開始、5月頃までを予定している。2011年の再稼働以降ウイスキーは順調な伸びを示しているため、今後は稼働期間を徐々に延長していく予定とのこと。

合わせて、蒸溜所内に昨年増設されたラック式貯蔵庫を拝見した。
敷地内で熟成している樽は約700丁。アメリカンホワイトオーク、シェリー、バーボンなどの樽の他に、同社ワイナリーで使用したワイン樽もフィニッシュ用として使われている。多彩な酒類の生産を行う同社ならではのユニークな樽のバリエーションだ。
さらに、同社の創業地であり主力商品の焼酎の貯蔵を行っている南さつま市加世田津貫の「津貫貴匠蔵」、屋久島の伝統的な甕仕込み焼酎の生産を行う「屋久島伝承蔵」にてもこの信州蒸溜所でつくられたウイスキーの熟成を開始している。
異なる環境、特に九州の温かい環境で育まれた場合、この冷涼な蒸溜所の貯蔵庫で熟成したものとどのような違いが生まれるのか? そんな興味深い「津貫エイジング」「屋久島エイジング」シリーズも企画されているので、数年後が非常に楽しみである。

古いスチルはモニュメントとして蒸溜所内に設置されるとのこと。これまでの激動の歴史―移設、休止、再開の末に勝ち取った世界一の栄誉と、これから歩む独自の進化の道を、岩井氏の志とともに見守ってくれることだろう。
蒸溜所の見学は年間を通して可能(蒸溜所の稼働期間は上記の通り)。蒸溜所内には「南信州ビール」醸造所も併設されているため、一か所で多様な酒づくりの現場を見ることができる稀有な施設でもある。
ぜひこれから新しい時代を築くスチルをその目で確かめ、信州の雄大な自然とその地で生み出される本坊酒造の多彩なラインナップもご体感いただければと思う。

蒸溜所インフォメーション

  • マッシング ラウター式マッシュタン
  • 発酵 ステンレス発酵タンク5基(7,000L)
  • 蒸溜 ウォッシュスチル1基 ストレートヘッド 冷却:シェル&チューブ式(6,000L/回)
  •     スピリットスチル1基 ストレートヘッド 冷却:ワームタブ式(8,000L/回)
  • 敷地面積 30,000㎡
  • 保有樽数 約700丁

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