ニューメイクスピリッツを細かくつくり分けることで、香味のバリエーションを広げたい。実験的な生産工程を試しながら、熟成前のスピリッツで個性を競う時代が幕を開けている。

文:ミリー・ミリケン

 

ニューメークスピリッツをつくり分ける蒸溜所の狙いを理解するとき、そこには意図的にコントロールしたい要素もあれば、最後までコントロールできないものもある。

オックスフォード・アルティザン蒸溜所では、マスターディスティラーのチコ・ローザがさまざまな実験を繰り返している。製麦したライ麦と未製麦のライ麦からスピリッツをつくって比較したり、ミドルカットの幅を狭くしてスピリッツを取り出したり。さらに今年は、通常ならライ麦から除去されるブラックグラスという部位もあえて使用しながらスピリッツを製造している実績があるのだという。

「結果は上々でしたよ。ベビーオイルみたいに美しいオイリー感があって、ボディに厚みのあるニューメークスピリッツができあがりました。熟成しながら、どんどん素晴らしい味わいになってきています」

「私たちのウイスキーは、貯蔵庫ではなく蒸溜所でつくられている」と公言するポート・オブ・リース蒸溜所。樽熟成よりもスピリッツの個性をより重視する新興メーカーの代表格だ。メイン写真は、ポート・オブ・リースが発売したニューメイク製品。

蒸溜ごとに変更できる要素はいくつかある。そのバリエーションの中には、ローザにとって管理しやすい要素もあれば、そうではない要素もあるのだという。例えば、蒸溜所の発酵槽の温度管理はそんなに細かく気にしなくてもいい。むしろ蒸溜所内の温度を変えるだけで、香味が大きく変わるようなこともあるからだ。またカットのタイミングはテイスティングだけで決められているが、4人の担当者で分担すれば管理の負担も軽減できる。しかし時には、コントロールしすぎることがむしろ差異を生み出してしまうこともあるとローザは言う。

「いつも厳密にコントロールする訳ではなく、ある程度は野放しにする方針でスピリッツをつくっています。そうすることで原料の穀物をうまく表現できるし、そうやって表現された個性は素晴らしいものですから」

一方、マーク・ワトソン(ホーリールード蒸溜所長)が重視すべきだと考えているバリエーションは、酵母の影響、特別なモルト原料、伝統品種の大麦という3分野で説明される。

「この 3 分野は、すべてニューメークスピリッツに大きな影響を与える要素です。そして個々の違いを明確に打ち出す価値もある3要素なのです」

ホーリールード蒸溜所は、ヘリオットワット大学の博士課程に在籍する学生と協力して、様々なタイプの特別なモルト原料がニューメークスピリッツに与える影響について研究を続けている。

コッツウォルズ蒸溜所は、増産に向けて設備の大型化を進めている最中だ。純アルコール換算で年間50万リットルといえば、かなりの生産量になる。新しく導入する蒸溜器は、現在と同じ形状を保ちながらも容量を4倍にまでスケールアップするのだという。

このような変化に対応するため、蒸溜所チームは「スピリット・マッチング」と題するプロジェクトに取り組んでいる。これまでのレシピが、新しい設備の導入でどのような影響を受けるのか。そのためにどんな調整が必要になるのかを理解するためだ。

コッツウォルズ蒸溜所で官能分析と研究開発を主導するアリス・ピアソンは次のように語る。

「これまでと同じように、エステル香が旺盛なスピリッツを得るのが目的です。非常に軽やかで、繊細な個性を際立たせたい。そのためには、大型化した設備で工程の速度を調整する必要が出てくるかもしれません。でも今のところ、スピリッツに大きな変化が発見されない限り、発酵時間、酵母の種類、温度などは変えないつもりです。まだ未知の世界も多く、自分たちのスピリッツをよく理解する必要もあります。たくさんの官能検査をこなし、研究所でGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析法)をしてもらい、科学的データと官能評価のデータを付け合わせて分析しようと考えています」
 

記録を保持することでバリエーションを強みに

 
さまざまな要素を変えながらつくり分けたニューメークスピリッツは、どのような分類方法で管理すればいいのだろうか。ほとんどの蒸溜所では、官能検査と成分分析を組み合わせている。だがそのアプローチは千差万別であり、管理の細かさにも違いがある。

ポート・オブ・リース蒸溜所では、イアン・スターリング(共同設立者)のチームがまず24種類のサンプルを用意する。その中から7種類のお気に入りを選び、さらに絞り込んだ2種類を再現するように販売用のバッチを蒸溜する。この工程はそれぞれ「ベータ1」「ベータ2」と呼んで記録し、出来上がった「ニューメイク1」「ニューメイク2」は熟成中も香味の変化を追跡している。

「2年目には、『ニューメイク3』と『ニューメイク4』もつくってバリエーションを増やす予定です。さらには伝統的な香味のスピリッツや、それとは対照的にフルーツ風味を極大化させたスピリッツも使って原酒をつくり分けていきます」

ポート・オブ・リース蒸溜所のイアン・スターリング(共同設立者)。樽香がウイスキーの個性を支配するのではなく、あくまでスピリッツの香味に樽香を付加するべきだと考えている。

またオックスフォード・アルティザン蒸溜所では、まず穀物原料の違いによってニューメイクが分類される。次に蒸溜工程の種類で分けられ、さらには蒸溜の回数でも分けられる。その後で、フルーティ、ハーブ、シリアル、ファンキーといった香味の印象で分類されていくのだ。

コッツウォルズの分類について、アリス・ピアソンが説明してくれた。

「標準的なテイスティングホイールで使用される概念を第1類として、まずはフルーティ、グリーン、フローラル、シリアル、オイリー、フェインティといった香味要素で分類します。その後で、コッツウォルズ独自の概念を表した第2類の言葉でさらに細分化されます」

例えばフルーティな酒質でありながら、コッツウォルズらしいフルーツ香とは明らかに異なる種類のフルーツ香が検出された場合は「フルーティー+その他」と分類する。また「グリーン」のカテゴリーには「刈りたての芝生」「葉っぱ」「麦わら」といったサブカテゴリーが含まれる。そして「オイリー」のカテゴリーには、「肉」「石鹸」「バター」といった具合だ。

「私たちは1日に30種類ものサンプルを評価するので、それぞれの違いを明確化する必要がありました。そのために幅広い用語を使って分類しているのです」

コッツウォルズの分類法では、それぞれの特性の強度を3段階で評価している。要素の存在が認められるだけなら「1」、はっきりと感じられるなら「2」、力強く主張しているなら「3」と書き入れられるのだ。

「もしあるスピリッツが『トロピカル3』と評価されている場合は、これまでに感じた中でも最高レベルでトロピカルな香味を持ったニューメイクスピリッツであるという意味になります」

ホーリールード蒸溜所の例に戻ろう。マーク・ワトソンの見解は、突拍子もないほど斬新なものだった。

「私たちは感覚を最重要視しています。テイスティングによる評価は3重におこなわれており、官能評価のパネリストに依頼して分析することによって、スピリッツごとの違いをはっきりと確認できます」

ワトソンが率いるチームは、テイスティング、熟成開始後の追跡、独自のブレンド比率の確立という3段階でスピリッツを評価する訓練が実施されている。その基準に用いている指標は、Redditで見つけた。ウイスキー・レイダースのジェイ・ウェスト(通称「t8ke」)が作成した1~10の評価基準である。「1」は捨てたくなるほどひどい味。「5」はまあまあ、問題なしというレベル。「9」は過去最高レベルの美味しさ。「10」は完璧なまでに素晴らしい香味を意味する。

「このような分析から始めると、本物の官能分析や重要なサンプルテストにもスムーズに移行できるようになります。ここでは、ワインでよく使われる迅速な官能分析法『ナッピング』にも着手しています」

ニューメイクスピリッツは、多くの人にとってまだニッチなテーマかもしれない。それでもポジティブな議論は進められているし、スピリッツの品質が話題になることは以前よりも増えてきた。どの香りが樽熟成を由来とするもので、どの香りがニューメイクを由来とするものなのか、もっと細かく区別した形でウイスキーの香味を理解したいと誰もが考えている。

マーク・ワトソンは、熟成前にできるニューメイクスピリッツの確変について探求している。製造工程の早い段階でフレーバーを備え、樽熟成に依存しすぎないフレーバー構成を推進することで、今よりも多くの人がウイスキーを楽しみやすくなるだろうと述べている。

ニューメイクスピリッツをめぐる会話が、さらに一般的になるまでには時間がかかるかもしれない。だがチコ・ローザ(オックスフォード・アルティザン蒸溜所マスターディスティラー)は、こうした会話がウイスキー業界にもたらすポジティブな作用にも期待を寄せている。

「ウイスキー業界全体が、とてもエキサイティングな方向へと動いているところです。そこには樽材の影響が少ないウイスキーの香味を称え、これまでにないほどニューメイクスピリッツの香味が注目されるような新しい地平が現れてくるでしょう」