「ノルディックウイスキー」と総称される北欧産のウイスキーが、着実に評価を高めている。各国の現状と共通のスタイルについて検証する3回シリーズ。第1回はスウェーデンから。

文:マーク・ジェニングス

 

 

はじめに

 

北欧のウイスキー蒸溜所は、今でもウイスキーの世界で比較的新参者として扱われがちだ。それでもマクミラ、スタウニング、キュロをはじめとするスカンジナビアのウイスキーメーカーは、 ワールドウイスキーというジャンルの中でしっかりと存在感を発揮している。

世界最北の地に建設されたノルウェーのオーロラ蒸溜所。夜にはその名の通り極光に照らされる(メイン写真)。

北欧諸国から発売されるスピリッツは、近年も興味深い品質をコンスタントに維持しながら認知度を拡大してきた。そのひとつひとつを比べれば、個々のスピリッツの違いは明確に指摘できる。だがその一方で、成長著しい北欧産のウイスキーに、何か共通した特徴(ノルディックスタイル)があるのかと問われれば、それをシンプルに説明するのは難しい。

一言で北欧といっても、国が違えば風土や消費者の嗜好も違う。そこに共通するスカンジナビア的なアプローチは存在するのだろうか。それとも各蒸溜所が生産するスピリッツのスタイルは、極めてユニークで独自性が強いものなのか。この議題に対しては、きっとさまざまな意見が飛び交うことだろう。

英国で「ノルディック」といえば、一般的にスカンジナビアというカテゴリーでくくられることも多い。定義としては、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランド、デンマークの他に、グリーンランド、フェロー諸島、その他の島々と含むことにしよう。

これらの国々では、蒸溜酒づくりの長い伝統がある。少なくとも16世紀には、穀物やジャガイモを原料としたアクアヴィットというスピリッツの生産が始まっていた。このアクアヴィットは、ハーブやスパイス(キャラウェイやディルの種が一般的)でフレーバーが加えられるのが常だった。それにもかかわらず、北欧諸国でのスコッチウイスキー需要は古くから高かった。これらの条件を踏まえると、いつか北欧で地元産のウイスキーづくりが始まるのは必然の成り行きだったといえるのかもしれない。

スウェーデンの東岸で1999年に創設されたマクミラ蒸溜所。その国際的な成功が、独立心旺盛な北欧のウイスキー起業家たちに勇気を与えた。

スウェーデン政府の専売公社「ヴィン&スプリット」(ワイン&スピリッツ)が、スコットランドのローランドにあるブラッドノック蒸溜所から1950年代にポットスチルをセットで購入し、ブレンデッドウイスキーを生産した(品質の評判はさんざんなものだった)。

だが北欧で本格的なウイスキーづくりの革命が起こるのは1999年のことだ。この年、スウェーデンのマクミラが北欧で初めてのウイスキー蒸溜所として誕生し、グローバルなウイスキー市場に参入したのである。マクミラが2006年に初めて北欧産のモルトウイスキーを発売すると、これに触発された他の勇敢なウイスキー起業家たちが後に続いた。

その結果、現在では北欧諸国で50軒以上のウイスキー蒸溜所が稼働中である。その多くはスウェーデンとデンマークにあるが、小さなフェロー諸島にも1軒ある。ノルウェーには、世界でいちばん北に位置する蒸溜所(北緯69˚)ができた。ノルディックスタイルなる共通のアプローチが定義できるのか。あるいは各国を代表するような個別のアプローチは存在するのか。それぞれの国を巡り、特徴的な蒸溜所を紹介しながら検証してみよう。

 

スウェーデン

 

活気あるウイスキークラブが多いことで知られるスウェーデン。世界最高レベルの知識を持ったウイスキー消費者層がいるとされる国でもある。そんな背景もあるので、北欧諸国のなかでウイスキー蒸溜所の数が最多であるという事実にも驚きはない。

ボックス蒸溜所から改名したハイコースト蒸溜所。スモーキーな風味を好むスウェーデン人のために、アイラのキルホーマンと類似したポットスチルを導入している。

1999年にマクミラがスウェーデンの東岸で創設されると、それを機にウイスキーの蒸溜所が次々と誕生した。マクミラのウイスキーは、ピーテッドとノンピートの両スタイルで生産された。これが国外でも広く販売されるようになり、他のメーカーが参入しやすい素地を作ったといえるだろう。

マスターブレンダーのアンジェラ・ドラツィオを中心とするマクミラのチームは、その実験的な精神でよく知られている。マイクロソフト社などと提携したAI(人工知能)分析によるウイスキーづくりや、グリューワイン樽などの珍しい熟成樽の使用は業界を驚かせた。

それでもマクミラのウイスキーづくりのバックボーンには、地元産の原料を使用するこだわりがある。オーク材やピートもスウェーデン産だ。環境保護にも力を入れており、ユニークな蒸溜所の設計にその精神が見て取れる。2011年に完成した7階建ての蒸溜所は、さまざまな生産工程に重力を利用することで、従来型の蒸溜所に比べてエネルギー消費を45%も減らしている。

マクミラからスウェーデン東岸をさらに北上した場所で、2010年にハイコースト蒸溜所(旧名ボックス蒸溜所)が創設された。目標とするウイスキーは「エレガントで飲みやすいが、重層的な味わいのウイスキー」であると宣言している。しかし実際には明らかにピート香の強いフレーバーを志向しており、アイラモルトに大きな影響を受けている。キルホーマンとよく似た形状の蒸溜器を導入しているのもそんな影響の一部だ。

ハイコーストは、発酵時間やカットポイントといった詳細な生産工程上のデータもウェブサイトで公開している。このようなウイスキーマニアの心理に訴える方針のおかげで、極めて精緻なウイスキーづくりの評判が定着してきた。

マクミラやハイコーストよりも小規模なウイスキーメーカーとして、2009年に創設されたのがスモーゲン蒸溜所だ。創設者は弁護士だったので、この世界は1人の弁護士と引き換えに蒸溜所を1軒増やしたことになる。この元弁護士のオーナーが好きなのは、ヘビリーピーテッドのスピリッツをワイン樽で熟成したウイスキーである。

ブルックラディのように、生産データのすべてを公開しているボックス蒸溜所。前例を踏まえながらも独自の道を進むのがノルディック流だ。

現在、かなり数量が限定されたスモーゲンの新商品には、世界中の熱心なファンが注目している。スモーゲンは地元産の原料よりも、むしろ製品の品質に重きを置いている。そのためピートはスコットランド産だ。「もちろん地元産の原料だけを使用したウイスキーもつくりたいのですが、やはり真っ先に優先されるべきなのは品質です」とオーナーは語る。

既存のウイスキーづくりとはまったく異なったアプローチをとる新興メーカーもある。それがアジテーター蒸溜所だ。創業者は、スコッチウイスキーの規制を隅から隅まで読んで理解したと得意げに語る。

「まずは既存のやり方を理解してマスターします。その上で、自分たちがやりたいようにやるんです」

減圧蒸溜を採用したり、実験的な樽材で熟成したり、熟成を強化するために樽内に棒を入れたり、2組のポットスチルを駆使して環境保護にも大いに力を入れている。業界内では一匹狼のイメージが強いものの、ウイスキーを既存のファン以外の層にも届けるために科学的な工夫を続けているのだ。

スウェーデンには、まだまだ特筆すべき蒸溜所がたくさんある。そのひとつはスウェーデン南岸の沖に浮かぶ小さなヴェン島で創業したスピリット・オブ・ヴェン。ここではヴェン島内で栽培された大麦のみを使用している。またゴットランド島のアイル・オブ・ライム蒸溜所も、地元産の大麦にピートを効かせて使用している。
(つづく)