アメリカ西海岸北部のクラフト旋風(3)ベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズ【前半/全2回】

February 11, 2018


シアトルの沖合いに浮かぶベインブリッジ島には、真のオーガニックを実践する注目の蒸溜所がある。徹底したこだわりに、小規模ビジネスならではの矜持を見た。

文:ステファン・ヴァン・エイケン

 

アメリカ西海岸北部を巡る革新的な蒸溜所シリーズの終着地は、シアトルからフェリーに乗って沖合いの島を目指す。豊かな歴史文化と自然美に彩られたベインブリッジ島だ。この地にあるベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズは、2年ほど前の記事でご記憶の方もいるだろう。オーナーで創設者のキース・バーンズ氏に、特注のミズナラ樽で熟成したウイスキー「ヤマ」について取材したことがあった。

しかしながらベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズは、「ヤマ」の他にも高品質な製品をたくさん生産している。今回はさらに大きな視点からこの蒸溜所を紹介してみよう。

到着すると、バーンズ氏はすぐ事務所へ通してくれた。新旧さまざまなボトルが並んでいる。バーンズ氏は、ボトルを見ながら蒸溜所の歴史を語り始めた。

ベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズのスチルは、ヴェンドーム社のハイブリッドスチル。こだわりの原材料を使用したジン、ウォツカ、ウイスキーが蒸溜される。

「ウイスキーづくりの真似事を始めたのは2006年のこと。真似事というのは、つまりホームメイドのウイスキーという意味です。息子といっしょにシングルモルトウイスキーをつくって、ライウイスキーとバーボンもつくりました。これを小さな1ガロン樽と2ガロン樽に入れて、もっぱら自分たちと友人限定で楽しむつもりだったんです」

こんな話を聞いて、キース・バーンズ氏をただの物好きだと決めるのはまだ早い。

「蒸溜酒の世界で働いて、もう30年以上になります。スピリッツ業界のブランド開発や販売促進を手がけるマーケティング会社を経営しています。ペルノ・リカールも、ウィリアム・グラント&サンズも、ビームサントリーもみんなクライアントですよ」

この自家製ウイスキーが友人たちの間で好評を博したため、バーンズ氏はより大規模な生産に乗り出してみようと考え始めたのだという。

「細部へのこだわりや、古い伝統技術と革新の融合に本当の面白さを感じました。もともとスピリッツ業界は大好きです。愉快で、情熱的で、正直で、上機嫌な人々の輪にいつか入りたいと思っていました」

だが当時は、あいにくタイミングとしては時期尚早だったという。

「その時点で、ドライフライ蒸溜所はまだ創立していません。小規模蒸溜所に有利な法整備もまだ不十分だったので、チャンスを待っていました。でも2008年にドライフライ蒸溜所ができると、ダイナミックな変化が訪れます。ドライフライの試みを聞いて、自分たちでもビジネスができるんじゃないかと思ったんです」

バーンズ氏は2009年に家族経営のベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズを設立。ここベインブリッジ島の原料を使用して、ユニークな風土を表現した超プレミアムなクラフトスピリッツを生産するのが目標だった。

「育ったのはシアトル本土ですが、ベインブリッジ島で暮らしてもう20年。クラフトスピリッツを生産して熟成するのに、この島は完璧な環境なんです。気象配置は全方向から変化し、島全体が潮気を含んだ海風に包まれているので熟成に好ましい影響を与えてくれます。穀物品種の仕分け、原料の粉砕、糖化、発酵、蒸溜。スピリッツづくりのあらゆる行程を工場内でやっています」

設備はオーソドックスだ(米国基準)。2,000Lの糖化槽が1槽、オープントップの発酵槽が4槽、ヴェンドーム社製のハイブリッドスチルが1基。このスチルはジンを蒸溜するときにジンボックスを併用し、ウォッカを蒸溜するときには還流カラムを併用する。

「ヴェンドームの設備は性能が安定していて信頼できます。かなり細かい部分までコントロールできますよ。でも基本の生産工程を細かく定めるまでに1年くらいかかりました」

今ではたいていのスピリッツが予想通りに仕上がってくれる。予想外のことが起こるとしたら、原因はスチルに入る以前の原料だ。スチルルームの大袋に入れられた穀物原料は、これから粉砕され、糖化され、蒸溜される予定のもの。すべてが有機栽培で、遺伝子組み換えはおこなわず、ワシントン州の農家から直接仕入れている。

 

偽りのないオーガニック品質を追求

 

ベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズは、ワシントン州で初めてUSDAのオーガニック認証を受けたスピリッツ生産者であり、州内で初めてとなるオーガニックウォツカ、オーガニックジン、オーガニックウイスキーを生産している。

「すべてがオーガニックで、遺伝子組換えなし。可能な限りいちばん困難な道を選びました。妥協の余地はゼロです。可能な限りクリーンな原料から、正真正銘の高品質な製品をつくっています」

そんな言葉を、マーケティングの常套句と聞き流すのは簡単だ。そうではないことを理解するには、少々の回り道が必要である。その回り道は、バーンズ氏の膨大なスピリッツコレクションを経由することになる。

「自宅にボトル約1,300本のコレクションがあります。多くはエステートセールで購入したもの。亡くなったおじいちゃんの遺品整理とか、家財を大処分したりするときにおこなうガレージセールで見つけます。家族にとってはまったく興味のない古いスピリッツのコレクションと出会うことがあって、そんなボトルたちがうちのホームバーにやってきます」

エントランスホールには小樽が積まれている。クラフト蒸溜の精神を表すシンボルだ。

これはコレクション自体を目的とした蒐集ではない。集めたボトルは研究材料であり、ホームバーはいわば研究室なのだ。

「1930年代、1940年代、1950年代につくられたウォツカ、ジン、ウイスキー。さらには禁酒法以前の時代や、19世紀後半のものまであります。そんなスピリッツをテイスティングしてインスピレーションをもらったり、技術的な情報を汲み取ったり、生産技術に関するヒントを得たりしています。例えば1880年代から1910年代までのウイスキーは、ちょっと信じられないような高品質ですよ。どうやってつくったのだろう? 現在のような科学的な裏付けがない時代にどうやってこんなレベルにまで到達できたのだろう? そんな驚きが待っているんです」

キース・バーンズ氏によると、そんな疑問の答えは、大部分が原材料にあるのだという。古いスピリッツに使用されているのは、もう蒸溜用には使用されていない穀物品種だ。というのも、20世紀後半の遺伝子組み換えによって、大半の穀物が高効率(穀物1トンあたりのアルコール収量が多い)の品種に置き換えられてしまったからだ。これらの新しい品種を育てるには、膨大な化学薬品、農薬、除草剤が必要となる。

「可能な限り良質な製品をつくりたいという願いから、家族経営の農家と協働して完全にオーガニックな穀物のストックを確保します。それを持続可能な運営ができているオーガニック認証済みの農地に植えます。多くがもう商業用としては長年生産されてこなかった品種です。穀物問屋や生協は通さないので、通常の調達システムでは不可能だった水準で原料を管理できるようになりました。軟質白小麦、コーン、大麦、ライ小麦を使用していますが、すべてが農家の刈り入れ後に第三者の手に渡ることなく直接納入される『エステートグレーン』です。農薬で汚染された原料や、遺伝子組み替えの原料が混ざってしまうこともありません」

実際にこのような基準を守っていくのは極めて大変なことだ。だがバーンズ氏によると、多大な労力を費やす価値は十分にある。環境や健康だけでなく、風味にも大きな影響をもたらすからだ。

(つづく)

 

 

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