アメリカ西海岸北部のクラフト旋風(3)ベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズ【後半/全2回】

February 16, 2018

ワシントン州初のオーガニックスピリッツを生産するベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズで、発売前のバーボンを味わう。アメリカ西海岸北部を巡る革新的な蒸溜所シリーズの最終回。

文:ステファン・ヴァン・エイケン

 

ベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズでつくられるスピリッツの80%はウイスキー。残りの20%はホワイトスピリッツである。オーナーで創設者のキース・バーンズ氏が説明する。

「3年前は半々ぐらいでしたが、現在はホワイトスピリッツの販売にさほど力を入れていません。でもホワイトスピリッツの重要度は変わっていませんよ。ウイスキーに力を入れていますが、ホワイトスピリッツも大好きですから」

製品のラインナップを見てみよう。まずは「ベインブリッジ レガシー オーガニック ウォツカ」から。バーンズ氏は棚に手を伸ばして、20世紀初頭に東ヨーロッパでつくられた古いグレーンウォツカのボトルを取り出した。

「このような古いウォツカは、1950年代以降のウォツカとはまったく違います。1950年代以降、ウォツカは完璧なまでにニュートラルな風味を目指してつくられるようになりました。味の個性もなく、焼けつく感触もないすっきりとしたウォツカです。でもそれ以前のウォツカにはもっと個性豊かでした。自分がつくりたいウォツカのタイプについて考えたとき、古い1950年代以前の風味豊かなウォツカがヒントになったのです。ただの純粋なアルコールではなく、カクテルの要素としても面白いユニークな特徴を持ったウォツカがつくりたいと考えました」

バーンズ氏の「レガシー ウォツカ」は、有機栽培の軟質白小麦を4回蒸溜してつくられる。できあがったスピリッツからは、グレーンの風味が繊細に輝いているような印象を受ける。

「良質なウォツカを小規模生産するのは、とても難しいんですよ」

バーンズ氏が考える「良質」は半端なものではない。その成果はウォツカの味わいで証明されている。2014年にロンドンで開催されたワールド・ドリンクス・アワードでは、1,000種類以上のウォッカのなかからブラインドテイスティングで「ワールド・ベスト・ウォツカ」に選ばれた。

オーソドックスなウォツカの他に、マダガスカルで有機栽培されたバニラポッドを4カ月以上浸出させた「バニラウォツカ」もある。

「人工的にフレーバーを加えたバニラウォツカとは異なり、私たちのバニラウォツカはリッチで、風味豊かで複雑なんです」

ミズナラの小樽で熟成されるウイスキー「ヤマ」は、ベインブリッジ島に住んだ日系移民たちへのオマージュでもある。あえて蒸溜所ショップに置いているのは、ミズナラ樽に特有の「漏れ」を常時監視するため。

ベインブリッジのホワイトスピリッツにはジンもある。こちらも製品は2種類。オーソドックスなタイプが「ヘリテージ オーガニック ダグファー ジン」で、ダグラスファー(ベイマツ)など10種類のオーガニックなボタニカルを使用したクラシックなロンドンスタイルのジンだ。小さなバッチごとにつくられ、最終蒸溜の前日に新鮮なダグラスファーの松葉がワシントン州北東部で採取される。

もうひとつのジンは特別版の「オークト ダグファー ジン」。文字通りオークの香りをつけたジンであるが、ジンをウイスキーの古樽で熟成したのかと思いきや、ベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズのやり方は違うのだとバーンズ氏が打ち明ける。

「実をいうと、樽熟成したジンは好みじゃないんです。目指したのは、すっきりとしたオーク香が他の風味を圧倒していないこと。樽にもともと入っていた酒の残余成分が風味に影響を与えるのも避けようと思いました。そこで考えたのが、樽を使わない方法。特別に用意した新しいアメリカンオークのチップに強火でトーストとチャーを加え、そのチップをジンに入れて2カ月以上寝かせます。『ジンキー』(ジンとウイスキーの中間)みたいな風味にはしたくないので、熟成中はいつも風味の変化に注意を払っています。面白かったのは、オークチップから出るタンニンが、ダグラスファーの風味を際立たせてくれること。これは偶然生まれた嬉しい効果のひとつです」

 

小規模だからできる唯一無二のウイスキーづくり

 

インブリッジ特性ギターが蒸溜所ショップに展示されていた。対岸のシアトルはジミ・ヘンドリックスやニルヴァーナを生んだロックの町である。

いよいよウイスキーだ。バーンズ氏はまず主要銘柄の「バトルポイント ウイスキー」を取り出す。オーガニックな小麦を原料とするウイスキーだ。

「ワシントン州の東部で育つ軟質白小麦は、ワールドクラスの原料ですよ」

使用している酵母について尋ねると、バーンズ氏の目は輝いた。

「酵母がすべてと言ってもいいくらい重要なんです。すべての力仕事をやってのけるのは酵母ですから。製品ごとに異なる酵母を使用しています。バトルポイントに使用しているのは、アイルランドとスコットランドの酵母。発酵時間は48〜60時間で、それより長くなることもあります。酵母が異なるバッチを別々に蒸溜して、ヴァッティングしてから熟成させます。それをある時点からバレルに移し替えて別々に熟成させたりもします。最初から樽同士で混ぜ合わせたこともありましたが、大差は感じられなかったので、現在は樽入れ前にヴァッティングする実用的な手法をとっています」

「バトルポイント」は、チャーを施した容量38Lのアメリカンホワイトオーク新樽で2年間熟成される。この樽は、蒸溜所ショップで屈指の人気を誇るメープルシロップにも再利用されている。樽熟成を施したバーモント産の有機メープルシロップは大人気で、帰りがけに買おうとしたらもう売り切れていた。ともあれバーンズ氏は、このような小型の樽をずっと重用しているのである。

「小樽に入れるスピリッツは、極限までクリーンでなければなりません。何年もかけて貯蔵する訳ではないので、樽の浄化作用に頼ることができないからです。極めてクリーンなスピリッツ、高品質なバージンオークの小樽、周到に選ばれたチャーレベルの組み合わせが、素晴らしいウイスキーを生み出すというのが私の考えです」

ある程度のストックを確保したベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズは、徐々に小樽から大樽へと移行しつつある。「現在は大樽のストックを確立する計画を始めたところです」とバーンズ氏が明かす。

ミズナラ樽で熟成した「ヤマ」が、バーンズ氏の心のなかで特別な位置を占めているのは間違いない。事務所でテイスティングしながら話を聞いている間も、幾度となく「ヤマ」のグラスに手が伸びた。グラスのなかで、ウイスキーの風味がカメレオンのように変化していくのである。バーンズ氏はそんな特性についても承知している。

「このウイスキーだけは、ボトリングした後の状態にも注意が必要です。瓶詰めして3~4カ月は、売らずに寝かせておくんです」

最後に、見覚えのないボトルがテーブルに残っていた。それもそのはず、まだ発売されていないウイスキーなのだとバーンズ氏が説明する。

「私たちがつくったバーボンです。2018年の半ばには発売できるでしょう」

創業者のキース・バーンズ氏(メイン写真)が、ベインブリッジの製品をテイスティングさせてくれた。中央にはまだ発売前のバーボン「ウイスキー フォーティーサルーン」がある。

名前は「ウイスキー フォーティーサルーン」。19世紀後半に悪名を轟かせた酒場「フォーティーサルーン」にちなんだウイスキーだ。ハードリカーが禁制品となっているポートマディソンの製材所で働く労働者たちが、ベインブリッジ島でつくられた安酒を目当てに丘を越えてやってきたという伝説の酒場だ。だがバーンズ氏のバーボンは、かつての労働者たちが口にした酒とはまったく異なったものになるだろう。一口飲んだだけで、その品質の高さは明らかだ。うっとりするようなフルボディのバーボンで、複雑な風味要素が絶妙なバランスで調和している。

「原料はコーン70%、ライ小麦20%、小麦10%。マッシュの発酵には、古いバーボン用の酵母株を使用しています。度数は80%にまで蒸溜しますが、これは僕が我慢できる最低限の度数。とにかくクリーンにつくる主義ですから」

キース・バーンズ氏は、自分の製品が万人向けでないことを承知しており、それに満足もしている。

「誰にでも好かれるような製品をつくる必要はありません。一部の人々にアピールできるフレーバー構成が生み出せたら十分。そんなターゲット層のみなさんが買ってくれたら満足です。小規模で事業をするということは、それだけ細部にこだわる自由があるということ。大衆に受け入れられる必要はないので、他とは異なったスピリッツをつくるために時間と予算を注ぎ込めるのです」

現在のところ、ベインブリッジ・オーガニック・ディスティラーズの製品は日本で未発売。だがバーンズ氏は、さまざまな秘策を練っているところだ。いつものごとく、朗報を待とう。

 

 

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