ポート樽でウイスキーを熟成すれば、特有の濃厚なフレーバーを加えることができる。だが同時に、樽香がウイスキーを圧倒しない慎重な配慮も必要だ。イアン・ウィズニウスキが識者に訊ねる。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

あらゆるタイプの熟成樽に共通の特性がある。その筆頭といえば、スピリッツにバニラ香を授けることだ。だがそれ以上に、それぞれの樽に特有な影響もモルトウイスキーに及ぼしてくれる。

例えばポート樽はイチゴ、ラズベリー、ブラックベリー、スローベリー、ダムソンのような風味をもたらし、酒質をリッチにする効果がある。だがその影響力は、フレーバーだけに留まらないようだ。ベンリアックのマスターブレンダーとしてグレンドロナック、ベンリアック、グレングラッサの味わいを管轄するレイチェル・バリー氏は語る。

「ポート樽はモルトウイスキーに高揚感を与え、余韻を引き伸ばしてくれる効果があり、風味の広がりとリッチな味わいに貢献します。モルト香を中心にしたフルーティなスタイルをピアノの音に例えると、ポート樽はオクターブ上の倍音を響かせてエレガントな繊細さを加えてくれます。 この繊細な風味には、ミントやダムソンなど黒っぽい果皮のフルーツ香も含まれます。ポート樽はモルトウイスキーの味をオクターブ下にも広げ、フルーティなダークチョコレートのように苦味を伴った甘味も表現できます」

名匠リチャード・パターソン氏は、ダルモアのためにグラハム社から良質なポート樽を調達している。トーストの深さはライトが好みだ。

だがこのように明確な影響を利用するには、マスターブレンダーの知識と技量を駆使しなければならない。ホワイト&マッカイのマスターブレンダーを務めるリチャード・パターソン氏は語る。

「熟成するモルトウイスキーの酒質が、ポート樽の影響とうまくマッチしていなければなりません。例えばダルモアは、ポート樽熟成にぴったりのボディと酒質を持っています。私がポート樽を使用するのは、エレガントな赤いフルーツの香りを強調したり、ベルベットのような舌触りを加えたいと考えているときですね」

ポート樽の多くは、ポートの熟成を終えて用済みになったものを樽工房がボートメーカーから買い取ってスコットランドの蒸溜所に供給している。蒸溜所とポートメーカーが直接取引することもあるが、全体で見ると希少である。リチャード・パターソン氏が説明する。

「ダルモアのために、ポートの老舗であるグラハム社と特別なルートで取引しています。年単位でポート樽を購入する量は決まっていますが、グラハム社が提供可能な樽があれば追加分も調達を検討しています」

ポート樽の原材料はアメリカンオークまたはヨーロピアンオークである。古くはヨーロピアンオークが伝統的に使用されてきた。どちらもバニラ香などの共通するフレーバーを表現するが、タンニンの多いヨーロピアンオークのほうが濃厚な酒質を演出する。樽の内側にはトーストが施され(直火を当てるチャーではない)、この時の熱でオーク材の内部にある構成成分が分解される。

このときにオーク材のトーストされた層でバニリン(バニラ香の原因)などのフレーバー成分が「活性化」されるのである。樽工房ではトーストの強さを「ライト」から「ヘビープラス」まで注文に応じて調整可能だが、多くはトーストされた層が2~3mmの厚さになるのだとリチャード・パターソン氏は語る。

「ヨーロピアンオークとアメリカンオークの違いはほんのわずかです。通常はトーストの深さもライトに留めています。トーストしすぎると、大工さんの仕事部屋のように木のスパイスが強くなりすぎるからです」

 

各蒸溜所の酒質でマッチングを調整

 

ポート樽の代表はポートパイプと呼ばれる樽のサイズで、容量が600〜650リッター程度である。ひと目で分かる葉巻型の形状も特徴だ。組み換えによるサイズの縮小もおこなわれており、ホグスヘッド(250リッター)やそれよりも小さいサイズ(100リッターなど)で使用されることも多い。レイチェル・バリー氏が説明する。

「小さなサイズであるほど、甘味やリッチな香りといったポート樽の効果がすぐに表れます。でも大きな樽のほうがより複雑で、深みも増したな仕上がりになります」

そして常に重要なのが、それぞれの蒸溜所が守っているハウススタイルと樽の影響をうまくマッチングさせることだ。ディアジオでマスターブレンダーを務めるモーリーン・ロビンソン氏が説明する。

スコッチウイスキー業界とポート業界の関係は古い。多くの場合、ポート樽をフィニッシュに使用することで特有のリッチな風味をモルトウイスキーに追加できる。

「ポート樽熟成を採用した『タリスカー ポートリー』では、ホグスヘッドのポート樽でフィニッシュしました。このアプローチがまだ実験段階にあった8〜9年前には、より大型のポートパイプ(650リッター)でも後熟してみたりしました。でもその結果、小さめの樽から授けられるフレーバーのほうが、タリスカー蒸溜所の酒質にうまく合致することがわかったのです」

レイチェル・バリー氏も、このようなフィニッシュで使用するアプローチの経験が豊富だ。

「グレンドロナックのニューメイクスピリッツには、力強いワインのような特徴があり、黒っぽい果皮のフルーツやベリー類などの要素も重層的に備わっています。そのためグレンドロナックをルビーポートポート樽で熟成すると、もともとのハウススタイルを増強して濃厚なキイチゴ系の風味を表現してくれます。その一方で、グレングラッサのニューメイクスピリッツにはもっとバターっぽい酒質があり、クロテッドクリームやジューシーなフルーツ風味に満ちています。そこにルビーポート樽の熟成が加わると、フルーツの砂糖煮にクリームを添えたような印象になり、果物のジャムやダークチョコレートなどの『デザートっぽい味わい』へと変容する効果もあるのです」

ポート樽熟成はフィニッシュ(後熟)に使用されることが多いため、最初からフルタイムでポート樽熟成を施す例は極めて少ない。だがキルホーマンはこれまでルビーポート樽だけで熟成したウイスキーを2種類もリリースしている。キルホーマンの創業者であるアントニー・ウィルズは次のように語っている。

「3年熟成の製品は、ブラックベリーやイチゴのような生き生きとした風味があり、レモンのような柑橘風味と甘さが背後で混じり合っています。6年熟成の製品はさらに深みと丸みが加わり、熟した夏の果実や背後にあるレモン系の柑橘風味も広がりを感じさせます。スモーキーなフェノールの感触も、6年熟成のほうが3年熟成よりはっきりとまろやかに変質しています」

 

ポート業界とスコッチウイスキー業界の歴史

 

スコットランドでポート樽を熟成に使用する伝統は、風味ではなく実用性に由来している。もともとポートは樽に入れて輸出され、英国で瓶詰めされていた経緯がある。英国内で空になった樽が、スコットランドのウイスキーメーカーに販売されたのは自然の流れだった。

ウイスキーの特性によってポート樽熟成の効果も変化すると語るレイチェル・バリー氏。フレーバー構築の重要なアイテムとして、ポート樽熟成を重視している。

モルトウイスキーを熟成するポート樽には、ルビーポート樽とトーニーポート樽がよく選ばれていた。どれもワインをさまざまな期間にわたって熟成してきた樽で、特徴もそれぞれに異なる。ルビーポート樽が完熟したフルーツの風味を授けるのに対して、トーニーポート樽はもっとリッチなドライフルーツの風味を授けることで知られているのだとリチャード・パターソン氏は説明する。

「樽に入っていたポートの熟成年が長い古樽であるほど、モルトウイスキーにもよりリッチなフルーツ風味が加わることになります」

これだけの魅力的な影響があるのだから、モルトウイスキーとポート樽の関係は今後も深まっていくのだろうか。少なくとも、ポート樽熟成の魅力は実証済みだ。レイチェル・バリー氏は語る。

「我が社の3種類のウイスキーで使用している樽を総合すると、ポート樽が占める割合はわずかに2%程度です。でもポート樽は私にとって欠かせないもの。ウイスキーの味わいを豊かにするため、これからも間違いなく使い続けます。ポート樽熟成を前面に押し出すこともあれば、レシピの一角に組み込むこともあるでしょう」