ブルックラディやウォーターフォードの考え方は先鋭的に見えて、ウイスキーを農産品として捉える伝統回帰でもある。マーク・レニエのインタビューが完結。

文:クリストファー・コーツ

新しい思想をリードする人は、必ずといっていいほど批判に晒される。ウイスキービジネスの現状を打破しようというマークの姿勢も、多くの人に歓迎された訳ではなかった。マーク・レニエと仲間たちの率直な意見表明は、長年にわたってさまざまな反対意見の標的になってきた。消費者や業界人から、静かな批判や激しい怒りを引き起こしてきたのである。

最近では、ディアジオでウイスキー普及部長を務めたニック・モーガン博士との論争が注目を集めた。ウイスキーにテロワールという概念が存在するのか否かという論点をめぐり、ウェブサイト上の公開書簡を通じて意見の相違が公然と展開されたのだ。とりわけテロワールに関する議論では、マーク派と反マーク派にはっきり分かれている状況だ。

これはまさに変わりゆく現代のさまざまな価値観を象徴する対立であるともいえよう。だがマーク・レニエ自身は、自分のテロワール論を自明のものと考えている。

「もちろん農家はテロワールなどという言葉を使わず、ファーミング(農法)という概念で説明します。バラ栽培には南向きの斜面がいいとか、土壌のpHによって特定の植物がどのように育つかということを理解している園芸家は、『ガーデニング』と呼んでいます」

それなのにウイスキーの世界では、テロワールがまだ突飛な概念とみなされている現状をマークは嘆いている。マーク・レニエはフランスのブルゴーニュにあるワインメーカーで働いたことがあり、そこで学んだテロワールの考え方をウイスキーにも援用しただけだ。

世界のワインシーンで、テロワールの概念は議論の余地がないほどの常識だ。まったく同じ品種のブドウでも、異なった土壌や環境条件の場所に植えて栽培すると、まったく異なる品質のブドウが得られて、ワインの味わいも大きく異なってくる。

これはワインを蒸溜したコニャックの蒸溜においても同様で、テロワールの違いから異なった香味の蒸溜酒ができることはよく知られている。テキーラなどのアガベを原料とするスピリッツの世界にも、この考え方は広く通用している。だから広い種類業界の常識でいえば、ウイスキーにテロワールの概念を持ち込むのは完全に正当なはずだ。しかしウイスキー業界は、過去 60 年にわたって商品市場で原料を購入する慣習が根付いてきた。

スピリッツ収量が優位であると望める大麦を選ぶため、そのような品質の大麦を適切な価格で供給できる業者から購入してきたのだ。たとえばあるハイランドの蒸溜所が、ある週はイギリス産、次の週はフランス産、その次の週はウクライナ産と各地の異なる大麦を取り入れているような場合に、蒸溜所は原料の産地についてわざわざ公表するメリットを感じられなかった。

だから栽培地が風味に本質的な個性を与えるという考え方について、業界の大半が熱心に調査することはなかったのだ。それが栽培地と風味にはわずかな関連さえあってはならないという思い込みにもつながってきた。そのような一部のウイスキー業界人たちは、テロワールの重視について懐疑的で、敵意すら抱いている人もいるとマークは言う。

そんな中でマークが始めたアイルランドのプロジェクトに賛同する人々は、まるで天使のようにも思えてくる。テロワールに対する情熱的で親密な関心は、マークにとって福音のように心地よいのだ。
 

バイオダイナミック農法への傾倒

 
ウォーターフォードの会員になるには、まずちょっとした信仰心が必要になる。これまであまり理解されてこなかったウイスキーにおけるテロワールの役割を信じなければならない。あるいはバイオダイナミック農法という紛れもなく風変わりなプロセスの実践にも理解を示す必要がある。

バイオダイナミック農法は、マーク・レニエや世界有数のワイン農家が有機栽培の上級編として取り入れている再生農法だ。有機栽培の大麦は、従来の方法で栽培された大麦よりもおいしく、バイオダイナミック農法はさらにそれよりもおいしいというのがマークの信念でもある。

スピリチュアルなアプローチで賛否両論のバイオダイナミック農法もマーク・レニエのお気に入りだ。テロワールの伝道者は、ウイスキーをつくる環境と工程の細部にとことんこだわっている。

マークは機会があるごとにバイオダイナミック農法の優位点と理由を饒舌に語り出す。ウイスキー、大麦の風味、土壌や環境の重要性など、話せば話すほどマークの声は熱を帯びてくる。

「理解してもらうには、コミュニケーション が必要でした。自分たちがやっていることを説明する必要があったのです。プロパガンダではなく、実際に何が起こっているかをお見せしたかった。簡単な仕事ではありませんが」

以前に、業界の重鎮たちから「ブルックラディの目指しているウイスキーづくりを一言で説明してくれ」と頼まれたことを思い出してマークは語った。

「一言で説明なんかできない。そう答えました。言いたいことがたくさんありますからね。30分くらいずっと話して、『これがブルックラディの考え方です』と言ったんです。今、ウォーターフォードとレネゲードでやっていることも同じ。テロワールや農法を重視するアプローチは、細部が重要なので簡単に要約できません。理解する方にも覚悟が必要なんです」

真実だと信じることに確たる裏付けがない場合は、科学による証明が助けになる。マークはテロワールの実効性を科学的に証明することが自分の使命だと考えた。ウォーターフォードでは、アメリカのテロワール専門家、スコットランドの研究所、アイルランドの農務省からも協力を得ながらテロワールの研究を開始しているのだという。

「テロワールを研究し始めて、まず驚いたのはこれまで栽培地とウイスキーの香味について研究がまったくなされてこなかったという事実です。フランスでは何百年にもわたってテロワールの考えを受け入れてきました」

最初の研究プロジェクトで発見したのは、驚くべき事実だった。これまでウイスキーのフレーバー化合物は100種類くらいあると考えられてきたが、実は2,000種類ものフレーバー化合物がウイスキーの香味に関与しているとわかったのだ。

「そのうち60%は、大麦が育つ場所によって影響されるのです。つまりテロワールの概念は明確に有効です」

テロワールとウイスキーの香味については、まだ多くの人が関連性に疑念を持っている。なかには公然と異議を申し立てている人も少なくない。だが世界ではマークが関与していない研究も始まり、テロワールの正しさを証明し始めている。

例えば2019年にはロブ・アーノルドがテキサス州でテロワールの研究を実施し、トウモロコシの香味が栽培地で変化することを証明した。ウイスキー界で、テロワールの作用を科学的に証明しようとしているのはマーク・レニエだけではない。ウイスキーとテロワールは関係ないというこれまでの考え方は、古い俗説になりつつある。