ハイブリッドスチルを使用して、独自の生産行程を確立しているSAKURAO DISTILLERY。生まれたばかりのニューメイクスピリッツを味わい、熟成中の広島産シングルモルトに思いを馳せる。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

蒸溜に使用されるアーノルド・ホルスタイン社製のハイブリッドスチル。複合的な機能をフル活用し、甘くて飲みやすい酒質のニューメイクスピリッツを生産している。

モルトの粉砕は、建物のいちばん奥でおこなわれている。大麦原料を粉にするのは、ビューラー社のミル(4本ロール式)だ。SAKURAO DISTILLERYにおけるワンバッチは大麦モルト1トン分で、粉砕には約1時間かかる。グリッツ(粗挽き):ハスク(殻):フラワー(粉)の比は7:2:1が一般的だが、SAKURAO DISTILLERYでは6:2:2に近いのだと山本さんが説明する。

「フラワーがちょっと多すぎて、アルコール収量に影響を与えそうだと思われるかもしれません。でも、発酵のことを考えると実はこれで問題ないのです」

現在のところ、大麦モルトはすべてスコットランドから輸入している。その約半分がノンピートで、残りがミディアムピート(20ppm)だ。もっとヘビーなピートを効かせたモルトは今のところ構想外である。

さて製造エリアに戻って、他の設備も見てみよう。バヴェイリアン・ブリュワリーズ&ディスティラーズ製造のマッシュタンは、2本のミキシングアームと定置洗浄システムを備えたシンプルな構造だ。糖化に使用される水は、小瀬川系の湧き水。給湯は2回おこなわれ、1回目は63〜65°C、2回目は75°Cで投入される。出来上がったワートは、3槽あるステンレス製のウォッシュバックへと移される。

ウォッシュバック1層の容量は約5,700Lだが、これが満タンになることはない。1トンのモルト原料から約4,000〜4,500Lのワートができる。発酵に使用される酵母は、現在のところウイスキー用酵母の1種類のみだと山本さんが教えてくれる。

「将来的には、上面発酵酵母などの酵母もいろいろ試してみたいと思っていますけどね」

発酵時間は65〜72時間。温度を一定に保つため、ウォッシュバックには水冷ジャケットが付属している。内部の温度が32℃に達したら、それ以上に熱くならないよう水流で冷ますのである。

さていよいよ蒸溜だが、この行程がやや変則的である。ウォッシュバックから、もろみをそのままスチルに移動できない事情があるのだ。

まず、SAKURAO DISTILLERYにはスチルが1基しかない。アーノルド・ホルスタイン社製のハイブリッドスチルで、ポットとコラムに6枚のプレートが付いた設計だ。

もうひとつの問題は容量だ。ワートが1回分で4,000~4,500Lもあるのに、スチルの容量はわずか1,500L。そこでウォッシュバックで発酵したウォッシュを3つに分ける(各1,500Lほど)。月曜日には午前中に3分の1を蒸溜し、午後には次の3分の1を蒸溜する。1日でウォッシュの3分の2が初溜を済ませた計算になる。残った3分の1は火曜日の午前中に蒸溜される。そして同じ日の午後には初溜を終えた3組のローワインをまとめて再溜するのだ。つまり1バッチのウォッシュバックを2回蒸溜するのに、ちょうど2日かけるのである。この行程が週2回(つまり正味4日間)おこなわれている。

よくできた生産工程だが、ハイブリッドスチルを使用しているのはなぜだろう。これには明確な理由がある。約4時間をかける初溜ではポットスチルの部分しか使用しない。つまり蒸気はポットスチルの上部から直接コンデンサー(ステンレス製)に送られる。だが約46時間かける再溜では、ポットスチルとコラムスチルを併用するのだ。つまり蒸気はポットスチルの上部からコラムスチルに送られ、コラムスチルの内部を上って液化される。この複雑なシステムによって、SAKURAO DISTILLERYが目指している甘味があって飲みやすい酒質のニューメイクスピリッツが生み出されるのだ。

さっそくニューメイクを味わってみた。ノンピートのスピリッツは、クリーンかつ軽やかな印象で、ビスケットやシリアルなどの風味がある。ピーテッドのスピリッツも口当たりの良さは同様だが、よりフローラルな要素が強く、昆布のような風味を併せ持っている。

 

廃線のトンネルがユニークな貯蔵庫に

 

SAKURAO DISTILLERYが稼働して、すぐに樽詰めされた記念すべき最初のウイスキー。3本ともシェリー樽である。

レシーバーに流れ出すニューメイクのアルコール度数は約65%だ。これを加水によって60%まで下げて樽詰めする。SAKURAO DISTILLERYでウイスキーづくりが始まったのは2018年1月中旬なので、まだまだストックは少ない。だが工場敷地内にある古い貯蔵庫に向かう途中、フレンチオークで造られた220Lのワイン樽が6本あった。

「広島三次ワイナリーから分けていただいた樽です。赤ワイン樽もあれば、白ワイン樽もあります。ニューメイクを樽詰めしたのはまだ1本だけ。ジンを入れたのも1本あります」

貯蔵庫の別の場所には、450Lのシェリー樽が3本横たわっていた。内訳は1本がオロロソシェリーで、2本がペドロヒメネスだという。樽には1から3までの番号が振ってある。SAKURAO DISTILLERYのウイスキーづくりは、まさにこの3本のシェリー樽から始まったのだと山本さんが明かす。ウイスキーの熟成は、バーボン樽とシェリー樽が中心になるという。

「6月にはバーボンバレルがコンテナで運ばれてきました。甘口で飲みやすい桜尾ウイスキーの主力となる樽です。他の種類の樽も、幅広く試してみようと考えています。ラム樽や、リチャーした樽も使ってみたいですね」

旅路の始まりは喜びに満ちている。可能性は無限大だ。

樽詰めされたウイスキーは、現在のところ蒸溜所と同じ工場敷地内の貯蔵庫に収められている。だがゆくゆくは、すべて戸河内に移動して熟成させる計画だ。戸河内の貯蔵庫では、他のウイスキーの在庫(大半が輸入されたもの)も熟成中である。

戸河内は西中国山地国定公園のなかにある旧町で、現在は隣接する2つの町村と合併した安芸太田町の一部になっている。1970年代に国鉄が山陰本線の浜田駅と山陽本線の可部駅を結ぶ「今福線」の建設を進めたが、1980年に計画が頓挫。この幻の路線のために掘られた2本のトンネルを、中国醸造はウイスキーの熟成に使用してきた。

「トンネルはとても長く、約400mもあるんです。トンネル内の気温は年間を通して気温約15°C、湿度約80%に安定しています。現在は2本のトンネルを熟成に使用していますが、SAKURAO DISTILLERYのウイスキー用に3本目のトンネルを借りる計画もありますよ」

SAKURAO DISTILLERYのシングルモルトウイスキーが味わえるまで、まだしばらく時間はある。最低3年はウイスキーの熟成を待ってから製品化する計画だ。日本や海外のウイスキーファンにとっては、待ち遠しい時間である。それまでの間、いつでも楽しめるのが「SAKURAO GIN」だ。このジンを味わいながら、将来のウイスキーを想像してみた。

2021年、私たちは満面の笑みで広島初のシングルモルトウイスキー誕生を祝っていることだろう。その後もずっと、素晴らしいウイスキーの味わいを満喫できるのはほぼ間違いない。