The Second, but Only One ― 宮城峡蒸溜所【前半/全2回】

June 24, 2015

ニッカウヰスキー第二の蒸溜所、宮城峡。竹鶴氏が求めた「余市との違い」はどこから生まれるのか。レポート前半をお届けする。

6月初旬。梅雨入りを予感させるような、篠突く雨の東京を逃れて北へ向かった。仙台から仙山線に揺られて40分弱の作並駅。ここまでは追い付かなかったようで、車窓の外には雨の気配はない。それでも駅に降り立った瞬間、湿度の高い空気と濃い緑が生み出した、しっとりとした青葉の香りに包まれる。それだけでもう「ああ、竹鶴氏が選んだ場所なのだ」という感慨に襲われる。確かにここは、「グレン」…渓谷の中の蒸溜所だ。

ニッカウヰスキー創業者 竹鶴政孝氏が余市に蒸溜所を築いたのは1934年。当初順風満帆ではなかったその軌跡は、皆さんもすでにご存じのとおりと思う。しかし徐々にそのウイスキーは人々の心を掴み、ニッカウヰスキーは急成長する。そして1969年に宮城峡蒸溜所(仙台工場)を建設した。余市をハイランドと見なした際に、ローランドにあたる蒸溜所をという、竹鶴氏念願の第二の蒸溜所の誕生であった。
竹鶴氏がこの東北の一大中心地である仙台の西側に蒸溜所の地を定めたのには、いくつもの理由がある。そのひとつであり、最も重要だったのが水だ。名水百選にも選ばれる広瀬川の支流―良水を追い求めた末に巡り合った川は、奇しくも「新川(ニッカワ ※『新川川』とも表記されるが、『新川』が正式名称)」という名だった。竹鶴氏はこの水を汲んで「ブラックニッカ」の水割りを作り、その水質を確信したという。広瀬川と新川の合流する地点、ふたつの清流の恵みを受けられるその場所こそが、「ニッカのローランドウイスキー」づくりの地なのである。

今回はこの取材のために、一般見学ではお見せすることが出来ないルートも特別にご案内いただいた。皆さんが蒸溜所見学に行かれる際には、安全対策等で立ち入れない部分もあるので、その点はご理解のほどを。
この日の蒸溜所見学はまず新川の河原から。緑の山々の間をくぐり抜けて流れる北国の川は、清らかで穏やかだ。現在でも蒸溜所ではこの新川の水を使用しているが、7月は取水制限があるため生産は休止し、メンテナンスの期間に充てているという。自然の流れに逆らわない、あるがままの大自然と共生するというのが竹鶴氏の信念でもあった。

新川の水が「仕込み水」となるとき、宮城峡のウイスキーづくりが始まる。
この蒸溜所の大きな特徴であるカフェ式蒸溜機については別の機会に詳しくご紹介する。まずは、竹鶴氏が「余市と全く違うもの」を目指して設計した、宮城峡のモルトウイスキーづくりの工程をご説明しよう。
宮城峡のモルト原酒に使用するのはノンピートやライトピーテッドの麦芽。2つあるマッシュタンはA系とB系があり、この系統に基づいて、スチルまでのラインが分かれている。A系が操業初期からある設備、B系は増設したラインだ。
1バッチは8時間、1日3バッチのフル回転。A系は45年ものの機材で6トン仕込み、B系は9トン仕込みのマッシュラウター式で一発仕込みのため、温度調整が非常に難しい。濁度計で麦汁の清澄度を厳しくチェックする…その澄んだ麦汁が宮城峡の華やかさ、フルーティーさの元となるのである。

そして発酵は、60klのタンクが22基並ぶ発酵室で行われる。左右に11基ずつ並んで、左側がA系、右側がB系と分かれており、それぞれのマッシュタンからの麦汁が運び込まれる。発酵にかかる時間は72時間。26℃から最高32℃までを保ち、温度が上がりすぎないように冷却しながら管理をする。
発酵に使う酵母は、やはり宮城峡の個性である華やかさを創りだす酵母を選び出して使用。宮城峡の目指す味わいはあくまで「ローランドスタイル」、柔らかく優しいウイスキーだ。

発酵を終えた液体はいよいよポットスチルに注がれる。こちらも手前の4基がA系、奥の4基がB系で、それぞれ初溜2基と再溜2基が対になっている。
余市の石炭直火式のスチルと異なり、ここではパーコレーターを内蔵した、大型のスチーム(間接)式蒸溜だ。小ぶりでストレートヘッドの余市のスチルの対極にあるこれらのスチルは、バルジ型の球体部分で激しい還流が起こり、またスチルの銅の表面積も大きいため、凝縮と気化を幾度となく繰り返して、軽やかな香味成分をたっぷりと含んだスピリッツが出来上がる。
初溜後25%、再溜後は70%までアルコール度数を高められた液体は、63%に調整されて樽詰めされる。この樽は、約95%が栃木の自社製樽工場でつくられたものだ。

ニューポットを満たした樽は、敷地内に26棟ある貯蔵庫へ運ばれる。冷涼で霧の多いこの渓谷では、余市同様ゆったりとした熟成が進む。今回は土間づくりの「マイウイスキーづくり」の樽が熟成している貯蔵庫を見せていただいた。
壁の上方には小さな窓が開いている。ほとんど開けっ放しにして、自然に近い環境で熟成させているという。古い木と土とウイスキーの香りが漂う貯蔵庫は、ひんやりとして、どこか外国の古い教会を思わせるような厳かな雰囲気だ。
ニューポットの段階でもオリジナリティを備えたスピリッツは、四季の移り変わりとともに穏やかに、時には厳しい環境に育まれながら、より一層「宮城峡らしい」色合いに染まってゆく。

【後半に続く】

 

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