The Second, but Only One ― 宮城峡蒸溜所【後半/全2回】

June 30, 2015

 仙台の森深き渓谷の蒸溜所。そこでは、「宮城峡はあくまで余市と違うもの」という、頑なに創業者の信念を守るウイスキーづくりが行われていた。蒸溜所レポートの後半をお届けする。

【←前半】

敷地内の奥には、樽の修理工房がある。製樽は栃木工場で行っているが、余市同様、こちらも修理やリチャーは蒸溜所内で行っている。ここでは3人1組のチームで、1日に25~30丁ほどの樽を修理や組み直しする。
熟成が完了しウイスキーを払い出した樽は、何度かに一度、内側を焦がして再生する。熟成を繰り返すうちに疲れてしまう樽材に炎で再び命を吹き込む、大切な工程だ。それぞれの樽の水分量などの状態によって、焼く時間は自動的に調整されるそうだ。しっかりと樽の内側を焦がし、炭化させることによって、無色透明のスピリッツに風味と色が溶け込んで、アルコールがまろやかになる。
もちろんここでは傷みのある側板の交換や補修、鏡板だけ新しいものを使うリメード樽の製作なども行う。数回の熟成を経た樽は全て、ひと樽ひと樽状態が異なっている。それぞれの状態を見極めて次の長い熟成期間に耐えられるよう、より良い熟成が進むようにと手をかけていく。その職人の姿は、生まれたばかりの赤ん坊をゆりかごに入れるかのような愛情と、世界に誇れるウイスキーをつくり出していく情熱と誇りに満ちている。
たくさんの人々の手を経て生まれ、豊かな自然と時間によって育まれている…ウイスキーはそんな贅沢な「生命の水」であることを再認識する。これは蒸溜所を訪れる醍醐味でもある。

宮城峡蒸溜所(仙台工場)工場長である長谷川 裕寿氏にご説明いただきながら、テイスティングをさせていただく。
「創業者の竹鶴さんがこの宮城峡に求めたものは、なによりも『余市と違う個性』でした」と長谷川氏。
「ご覧いただいてお分かりになったと思いますが、宮城峡は操業開始時、スコットランドでも最新の設備を導入していました。スチーム式の大型のスチルはその代表的なものです。竹鶴さんがスコットランド修業に行かれた当時の古き佳き蒸溜所を再現した余市とは、その点でも異なっています」

竹鶴氏が余市をハイランド、宮城峡をローランドとみなして設立したのは有名な話だ。位置的な関係性だけでなく、気候風土もなぞらえた。単に北と南ならどこでもよかったわけではない。南と行ってもやはり東北、ウイスキーづくりには北の冷涼な気候がふさわしいと竹鶴氏は信じていた。
何よりウイスキーの特徴…海風の影響を受けた、力強くピーティーな余市との対極となるよう、スチルの形状と加熱の方法、酵母に至るまで、華やかでフルーティ、清流と森のイメージそのままの澄みわたるフレーバーを得られるよう追求したのだ。

ここで我々が「宮城峡ヘビーピーテッド」なども面白いのではないか、と提案もしてみたが、長谷川氏は「それは宮城峡の役割ではありません」と力強く明言した。竹鶴氏がなぜ宮城峡をつくったのか、ここに何を求めたか…それはとにかく「余市と違うもの」なのだ。
「ニッカの原酒づくりにおいては、ヘビーでピーティーなモルトは余市でつくられるものであり、蒸溜所もそのようにできています。宮城峡ではあくまでも竹鶴さんの目指した華やかでフルーティな『宮城峡らしさ』を守るべきだと思いますし、そうしてつくったものの方が美味しいのではないかと思っています」
竹鶴氏が初めてこの宮城峡の原酒をテイスティングした時、「違う!」と言ったというエピソードがある。蒸溜所関係者たちは「何が違うのか、間違ったものをつくってしまったのか」と慌てたそうだが、それは「余市とは明らかに違う」という喜びの一言だったのだ。
それぞれの蒸溜所が本来の目的に沿った原酒だけを頑なにつくり続ける、それが竹鶴氏の志を受け継ぐニッカの姿勢だった。その本質を守ったうえで、樽やブレンディングで変化をつけていく。その潔く明確な在り方は感銘を受けるほどだった。

そのお話を伺いながら味わう宮城峡のモルトは、確かにリンゴや洋ナシのような瑞々しい果実っぽさと、柔らかくふわりと漂うような春先の花の香りが感じられる。しかし凛として、真っ直ぐに伸びる若竹のような芯があり、決して軽すぎることはない。樽を変え熟成を経たものには、リッチでモルティ、ナッティなコクや蜜っぽい甘みも現れてくる。
2つの蒸溜所の原酒の熟成経過を表現するとすれば、余市はカドが取れて四角が丸になっていくようなイメージだが、宮城峡は1本の線が徐々に幅を増し、太くなっていくようだ。
あるいは、油彩画と水彩画、針葉樹と広葉樹… 明らかに違うものではあるが、本質は同じ。どちらも深みと複雑さを感じられる、まさしくニッカのウイスキーだ。

昨今の急激な需要の高まりに伴い、現行の「宮城峡10年・12年・15年」は8月末を持って販売終了となる(同じく「余市10年・12年・15年・20年」も販売終了)。幅広いニッカのラインナップを守るための苦渋の決断だろう。もちろん、それを残念に思う人は少なくないはずだ。
しかしこのままの展開を続けて、余市と宮城峡のシングルモルトが、ごく一部の人しか楽しめない、めったに手に入らないウイスキーになってしまったら、私たちはそれを受け入れられるだろうか?
 ウイスキーを楽しむ全ての人のために、限りある原酒を使ってできること…それが今回、ニッカが止むに止まれぬ選択をした理由ではなかろうか。
代わってノンエイジの「シングルモルト余市」「シングルモルト宮城峡」が9月1日から発売となる。こちらは年数表示こそないものの、竹鶴氏が何よりもこだわった両蒸溜所の「個性を際立たせた」アイテムだ。年数表示がないことにより、様々な熟成年数の原酒を組み合わせて「余市らしさ」「宮城峡らしさ」を強く打ち出しているため、これまでのイメージを損なうことなく、それぞれの違いを一層楽しめるはずだ。

もちろん、これからもきっとマニアをも満足させてくれる限定品が登場するだろう。妥協なきニッカのウイスキーづくりに期待しながら、ゆっくりとその時を待とう…宮城峡の森深き渓谷の貯蔵庫でも、個性豊かな樽たちが世に出る時を待っているのだから。

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