伝説の編集長が語る、オンザロック禁止の理由

July 15, 2015

先日開催された、出張”salon de SHIMAJI” in 代官山 蔦屋書店 開高健×島地勝彦『蘇生版 水の上を歩く?』刊行記念トークショー「酒とジョークと開高 健」をレポート。

文:WMJ

左から小泉武夫、島地勝彦、谷浩志の各氏。酒、食、ジョーク、開高健について語り合った。

「ストレートもオンザロックも、私のバーでは禁止なんですよ。スコッチやバーボンの蒸留所をたくさん訪ねたけど、ストレートで飲むオーナーなんて誰もいなかった」

かつて週刊プレーボーイを100万部雑誌に育てた伝説の名編集長。現在は作家活動のかたわら、週末バーテンダーとしての顔も持つ。オレンジ色のジャケットを着こなした島地勝彦氏は、日本一ダンディーな70代かもしれない。

「そんな飲み方をするのは日本人とアメリカ人だけ。西部劇みたいな野蛮さに憧れているのかもしれないけど、結局は食道がんになる。開高健先生が58歳で逝ってしまったのも、あの飲み方のせいだった。これ以上お客が減ると大変だから、オンザロックは禁止なんです」

客席に笑い声が響く。7月6日の夕刻、代官山の蔦屋書店で開催されたトークショー「酒とジョークと開高健」のひとコマだ。この日、開高健と島地勝彦の対談集『水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負』の復刻を記念し、著者の島地氏、元本の担当編集者だった谷浩志氏、二人の友人である発酵学者の小泉武夫氏の3名が集まった。26年ぶりに新装された同書で大人の笑いを愉しめば、酒と冒険を愛した開高健の人柄がよみがえってくる。

この大ベストセラーの誕生秘話を、サントリークォータリー元編集長の谷浩志氏が披露する。

「1978年から、茅ヶ崎にあった開高健さんの隠れ家を訪ねるようになりました。新しい季刊誌の企画を相談すると『ええやんか。不易と流行やな』と快諾してくださり、佐治敬三社長からも『やってみなはれ』とゴーサインが出たんです」

開高健と吉行淳之介の対談集『美酒について』も、谷氏が手がけた良書である。その書評を書いてもらおうと、週刊プレーボーイ編集長だった島地氏を訪ねたのが友情の始まり。すぐに意気投合し、銀座のバーでよく顔を合わせる仲になった。

「週に4回ぐらい、島地さんのジョークに笑い転げていました。一方で、私は開高さんのジョークセンスも知っています。『海外でのスピーチには必ずジョークが必要だ』と主張する開高さんから、佐治社長はよく電話でアドバイスをもらっていたのです。この2人にジョーク合戦をさせたら面白いだろうと思いつき、誌上でジョーク十番勝負を始めました」

その連載の熱心な読者だったのが、ユニークな食のエッセイでも知られる小泉武夫氏である。

「私には憧れの人が3人いました。開高健、植村直己、そして島地勝彦。このジョーク集も、120回以上は読んでいますよ」

お気に入りのジョークをいくつか披露する小泉氏。するとステージはジョーク合戦の様相を呈してくる。どれも公の場では憚られる際どいものばかりだ。客席も爆笑の渦となる。

開高健とは今でもよく飲んでいる

島地氏と小泉氏は、美食の探求にかけても好敵手でもあった。

「食に関しては小泉先生に敵わない。一緒に食べたクマが美味しかったね。ヒグマはたいていの部位を食べたが、左の腿肉がいちばん美味い。舌が勃起するっていうのはあのことだ(笑)」

週末にバーマンをやっていると、疲れて原稿が進まないときもあるという島地氏。そんなときにツキノワグマの胆嚢を削って飲めばたちまち元気になる。クマの話題は、開高健のエピソードへとつながっていく。

「開高先生が、ヘミングウェイに倣ってアメリカまでクマを撃ちにいったことがあった。大きなクロクマを2匹仕留めて、そのうち1匹の毛皮を見事な名文と共に送ってきた。あんな大人のいたずらも、開高健一流のジョークだった」

島地氏は谷氏を介してサントリーを訪ね、晩年の佐治敬三に面会した日のことを思い出す。「ああ君か」と出迎えてくれた佐治会長は、開高健の思い出話になると涙をこぼしたという。

「佐治さんは、開高先生の大スポンサーだった。お酒だっていつも最高のものを用意していたね。そこには間違いなくブロマンスの関係があったと思う」

蘇生版 水の上を歩く?酒場でジョーク十番勝負 開高健、島地勝彦CCCメディアハウス2,160円

ブロマンスとは、ブラザーとロマンスの造語。互いを認めあった男同士が心から抱く特別な親密さである。ここにいる3人の男もブロマンスで結ばれている。深い友情は、誰かの死と共に消え去るものではない。島地氏が語る。

「広尾の仕事場には、開高先生の写真と、ウィンストン・チャーチルのフィギュアがあるんだ。3人で飲んでいると、下手なバーに行くよりも楽しい。私のような年齢になれば、一人で楽しく生きる極意が必要になる。これはジョークじゃなくて本気だよ(笑)。天国で、開高さんは相変わらずウイスキーをストレートで飲んでいる。注意すると『俺はもう死なないから、好きな飲み方でいいんだ』と言ってたね」

島地勝彦氏は、週末になると新宿伊勢丹メンズ館の「サロン・ド・シマジ」でバーテンダーをしている。『水の上を歩く?』を持参すれば、とっておきの最新ジョークを聞かせてくれるかもしれない。

このイベントでは、月刊誌「Pen」と信濃屋の共同プロデュースによるシングルカスク「ベンリアック1994」も販売された。信濃屋は同様のプライベートボトリング5樽分を年末に向けてリリース予定だという。島地氏もこれからアイラ島やハイランドへの旅行を控えており、また希少な銘酒がサロン・ド・シマジなどで味わえることになりそうだ。

 

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