ウイスキーの生産工程において、好ましくないフレーバーの筆頭とされる硫黄成分。だが硫黄は、本当に忌み嫌われるだけの存在なのか。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

生肉、腐った卵、野菜、マッチ、ゴム。このような印象をウイスキーの風味にもたらす原因が硫黄成分だ。ウイスキーメーカーにとって硫黄成分の影響は危険信号であり、蒸溜や熟成を通して硫黄成分のレベルを減少させていくことがひとつの目標となる。

だが中には、この硫黄成分を歓迎するメーカーもいる。一定レベルの硫黄成分が、ウイスキーにしっかりとしたボディと複雑さを授けてくれると考えるからだ。さらに言えば、硫黄成分はトロピカルフルーツの香りを構成する要素にもなる。つまり重要なのは、各メーカーのハウススタイルに合った硫黄レベルをいかにして獲得するかという問題なのである。

硫黄成分が生じるのは発酵工程である。糖液内の酵母が糖分とタンパク質を代謝(消化)するとき、硫黄化合物が発生して再生産されるのだ。栄養分を代謝することで生じる老廃物は、酵母細胞によって糖液内に放出される。糖分から生まれる老廃物がアルコールで、風味成分から生まれる老廃物はエステル(フルーツ香)である。そしてタンパク質を代謝して生まれる老廃物が硫黄成分ということになる。

この硫黄成分とは通常10〜12種類(更に多い可能性もある)の硫黄化合物を指すが、正確にその存在を見極めるのは難しい。なぜなら硫黄成分の量は全体の10億〜1兆分の1と極めて微量であるからだ。このような分析を精細に実施する技術は今もまだ開発途上である。

発酵工程で生じた硫黄成分は、まず蒸溜工程で減少できるチャンスがある。スチルの素材である銅と反応して硫黄成分が取り除かれるからだ。

硫黄成分のレベルは蒸溜工程で減少する。沸騰した蒸気の中に含まれる硫黄成分が、スチルの銅と触れることで取り除かれるのだ。研究によると、銅の表面の分子基盤には硫黄成分を保持する作用があるため、蒸気と銅の接触機会が多いほど硫黄成分が多く除去される。

この接触機会は蒸溜速度によっても変えることができる。スチルをゆっくり熱した場合は蒸溜の速度が遅く、蒸気の濃度も低くなり、またスチルのネックを上昇するスピードも遅いため、結果的に銅との接触は増えることになる。熱を一気に加えると蒸溜速度が上がり、蒸気の濃度も高まって、ネックを一気に駆け上がっていく。こうなると銅との接触機会が減り、硫黄成分が多く残存することになる。キングスバーンズ蒸溜所で蒸溜所長を務めるピーター・ホロイド氏が語る。

「私たちの蒸溜所では、蒸溜速度を極めて遅く設定しています。硫黄成分のレベルをできるかぎり下げることで、軽やかでエレガントな酒質にすることを目標にしているからです。硫黄成分のレベルを下げることで棘のある風味を減らし、同時に硫黄成分が覆い隠しているエステル(フルーツ香)などの軽やかな要素や甘みを引き出したいと考えています」

だがもちろん、ハウススタイルによっては一定の硫黄成分が必要であると考える蒸溜所も存在する。デュワーズのマスターブレンダー、ステファニー・マクラウド氏が語る。

「クライゲラキでは、肉っぽい硫黄の風味を必要としています。同時にフルーティーなエステルも高レベルで保持するのですが、ニューメイクスピリッツの段階ではこの軽やかな風味が硫黄の肉っぽい香りによって完璧に覆い隠されています。それでも熟成中に硫黄成分が減少していくため、クライゲラキの原酒はシロップ漬けにしたパイナップルのようにフルーティーな香りが徐々に前面に出てくるのです」

 

硫黄レベルは熟成中も減少する

 

熟成中にも硫黄成分のレベルは下がっていく。もっとも速く硫黄成分が減るのはバーボンバレルである。チャーを施して炭化した樽内部の表層に吸収されるからだ。ウィリアム・グラント&サンズのサイトディレクターを務めるスチュアート・ワッツが語る。

「24ヶ月以内に、野菜などを思い起こさせる刺激の強い硫黄成分がバーボンバレル内側の焦がした層に吸収されます。ニューメイクスピリッツには肉やトロピカルフルーツなどを想起させる複雑な硫黄成分も含まれてますが、こちらの成分は24ヶ月以上にわたって液体の中に残り、牛肉風味のような味わいの豊かさに寄与しています」

長期間の熟成中に起こる硫黄成分の変化については、ステファニー・マクラウド氏も細かく認識しているようだ。

「デュワーズが求めるレベルまで硫黄成分を減らすまで、バーボンバレルに貯蔵して約10年かかります。13年熟成しても硫黄成分は依然としてそこにあり、風味の骨格の一部をなしています。焚き火の夜に漂う空気の匂いなどのポジティブな貢献もあり、シロップ漬けのパイナップルのような甘いフルーツ香とコントラストを見せてくれます」

硫黄成分は樽熟成でも減らすことができる。もっとも硫黄除去の効率が高いのは、チャーを施したバーボンバレルだ。

バーボン樽のチャーとは異なり、シェリー樽にはトーストが施されている。トーストされた樽内の表層は、チャーの表層よりも硫黄成分の吸収率がかなり低い。だが硫黄成分を軽減してくれる要素もある。ロッホローモンドのマスターブレンダーを務めるマイケル・ヘンリー氏が語る。

「シェリー樽はバーボンバレルよりもずっとリッチなフレーバーを授ける働きがあります。このリッチなフレーバーが硫黄成分を覆い隠すような効果を発揮して、しっかりとしたボディに仕上がるのです。そのため硫黄成分を多く含むリッチで力強いスピリッツの熟成には、シェリー樽のほうが向いている可能性もあるのです」

硫黄成分を減らすメカニズムはさらに2るある。そのひとつは樽からの蒸発だ。年間で約2%が失われる天使の分け前の中に、硫黄成分も入っている。もうひとつは酸化で、樽が呼吸する際に、樽内を通過す酸素が硫黄成分を分解してフレーバーの少ない物質に変化させることもあるのだ。ダルモアの蒸溜所長を務めるスチュアート・ロバートソン氏が語る。

「熟成期間中に硫黄成分が完全になくなることはありません。存在すれども識別できないような形でしっかりしたボディを表現し、複雑な印象とリッチな口当たりをウイスキーに加えてくれます」

このような議論をきっかけに、やはり個人の感覚にまつわる差異についても考えるべきだろう。ある種の硫黄成分を関知しない「味覚の盲点」がある人もいるし、あらゆるレベルで詳細に硫黄成分を感知できる人もいる。硫黄成分の捉え方は、ウイスキーを味わう人によって異なる側面もあるのだ。

 

硫黄レベルとコンデンサーの影響

 

キングスバーン蒸溜所などで使用されている多管式(シェル&チューブ式)のコンデンサー(冷却機)では、スチルから送り出された蒸気がたくさんの銅製パイプが内蔵された「ジャケット」の部分に進入し、パイプに送り込まれた冷水によって冷やされる。

クライゲラキ蒸溜所のような蛇管式(ワーム式)のコンデンサーでは、蒸気が蛇のとぐろのように巻かれたパイプを通る。このとぐろは先へ行くほど直径が細くなり、冷水を満たした容器の中で冷やされる。最初は蒸気がパイプ全体と接触するものの、液化したら細い流れになって後のパイプを通っていくだけなので、全体として銅と液体との接触は限られている。

つまり多管式のコンデンサーは蛇管式のコンデンサーよりも銅の接触機会が多い。そのため、結果として多管式の方がより多くの硫黄成分を除去できることになる。ウィリアム・グラント&サンズのマスターブレンダー、ブライアン・キンズマン氏は語る。

「ローランドのアイルサベイ蒸溜所では、銅製のコンデンサーに取り付けたポットスチルの他に、ステンレス製のコンデンサーに取り付けたスチルもあります。これはニューメイクスピリッツを2種類のスタイルで蒸溜するため。銅製のコンデンサーはビスケット、シリアル、フルーツなどのかなり甘い風味を生み出します。一方のステンレス製のコンデンサーでは、肉やマッチを擦ったような味のニューメイクスピリッツがつくれます。後者のスピリッツを辛抱強く味わっていると、シリアル、ビスケット、フルーツなどの甘い風味が感知できるでしょう。このような要素は硫黄成分に覆い隠されていますが、熟成の過程で徐々に姿を現してくるのです」