ウイスキーのテイスティングは楽しい。しかしプロの仕事となれば、そこには大きな責任が伴う。ウイスキー界きっての理論派として知られるイアン・ウィズニウスキが、テイスティングに臨む際の私的な心得を明かす2回シリーズ。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

ウイスキーのテイスティングには、人によってさまざまなアプローチがあるはずだ。私が心に決めているのは、まずは何も考えずに味わってみること。最初の一口は、ウイスキーを純粋な感覚だけで理解するためにある。ウイスキーの香りと味わいが呼び起こす感情に注目しなければならない。ここでは予断を持って何かを考えてはいけないのである。

ウイスキーの専門家として分析を始めるのは2口目からだ。あらかじめ断っておくが、これはあくまで私のやり方であり、ウイスキーのテイスティングについて模範を示しているつもりはない。いってみれば単なる私的な好みのようなものである。

このアプローチはいつも進化を続けている。結局のところ、ウイスキーのテイスティングはさまざまな要素の組み合わせで構成されている。その要素とは、理にかなっていること、そして客観的であること、それでも判断は主観に委ねること、論理が一貫していること、味わいが喚起する感情への影響を受け止めることなどである。

私にとってのテイスティングは、実利に根ざした儀式のようなものである。ウイスキーをグラスに注ぐ前は、すべて必要な準備を整えていなければならない。例えばグラスのサイズや形状は、アロマやフレーバーの広がりに影響があるので、ウイスキーの印象を変えてしまうものだと理解しておかなければならない。

どんなグラスを使うかは個人の好みだ。自分にぴったりのグラスを特定したいのなら、さまざまなグラスに同じウイスキーを同量だけ入れて、その感じ方を比較してみるとよい。グラスの見栄えも意外に重要だ。見てくれなど表面的なことに過ぎないという意見もあるだろうが、大好きなウイスキーを気に入らないグラスで味わいたくはないからだ。

複数のタイプを比較するテイスティングの場合は、まずアルコール度数の低いものから始めて、徐々に度数を上げていくのが常道だ。エレガントなタイプから始めて、よりリッチな酒質のウイスキーへと移行する。ピート香の強いウイスキーもなるべく後回しにするのがいいだろう。事前情報がなくても、ピートの有無はノージングによってわかるはずだ。

たったひとつのサンプルをテイスティングする場合でも、私はそのウイスキーだけを単体で味わうのではなく、必ずベンチマークとして別のウイスキーも併用する。これを自分では「コントロールウイスキー」と呼んでいる。舌をアルコールに馴染ませ、自分の感覚がいつもどおり働いているかをチェックするための基準になる。

 

先入観を取り除き、自分の予測を疑え

 

ボトルを開封して、サンプルをグラスに注ぐ。もう脳はそれぞれのウイスキーを分析するための手がかりを探っている。だがこのような手がかりには、どれだけの信頼性や利便性があるのだろうか。

最初の手がかりは見た目だ。ボトルやラベルは感情面に訴えることを目的にデザインされているが、そこに記されている情報にも意味がある。この見た目のプレゼンテーションが気に入らない場合、私はすでにウイスキー自体への期待感が減っている。逆にデザインが気に入ったウイスキーは、特別な印象をもたらしてくれるのではないかという期待が高まっている。

通常の透明なグラスならウイスキーの色が明確にわかったほうがいい。だが色による予断を防ぐため、グレンケアンは色付きのテイスティンググラスを生産している。

こういった予断を持つことのリスクは、実際の味わいではなく、自分の期待値を基準にしてウイスキーをジャッジしてしまうことだ。ブレンダー室や実験室で使うような飾り気のないボトルでウイスキーが送られてくることもある。このようなボトルは先入観を取り除いて公平なジャッジができるから都合がいい。ボトルやラベルのスタイルに気を取られることがないから、ニュートラルな心理状態でテイスティングができる。

このような見かけに加えて、脳はさまざまな事実を分析したがる傾向がある。つまり価格、熟成年、限定ボトルなら販売数量、生産工程などの説明書きも一定の期待感を醸成してしまう。もちろん私もできる限り詳細な事実を知りたい。だがそのような情報を知るのは、テイスティングの後に限る。情報をジャッジするのではなく、あくまでフレーバーをジャッジするのがテイスティングの目的だからだ。

ウイスキーがグラスに入ったら、もう色をまじまじと見たり、グラスに付着するウイスキーの粘度(レッグ)を気にしすぎたりはしない。このような情報も、脳が得意げに分析したがる要素なので、予断の原因になってしまう。

淡い色だと「疲れ果てた古いバーボン樽で熟成年数も大して長くないだろう」と脳が思い込んでテイスティングに影響を及ぼしてしまう。だからそんな予断を脳が下さないように、いつも自分に言い聞かせている。あれこれ性急に予測しないで、じっくりと確かな実証が得られるのを待つのだ。

粘度(レッグ)にも同じことがいえる。グラスを滴り落ちるウイスキーの模様を眺めるのは楽しいが、この模様が粘度やアルコール度数をどれだけ正確に表現しているというのだろう。粘度や度数は舌の上で実際に体験し、ウイスキー全体の特性のなかでどんな役割を演じているのか実感しなければならない。

このような色や粘度から推測される予断や誘惑を排するには、色付きのグラスを使用するのもひとつの選択肢ではある。伝統的にはブルーのグラスがよく使用されるが、グレンケアンは昨年限定商品としてブラックのグラスを発売し、その後もレッド、グリーン、ゴールドとバリエーションを増やしている。
(つづく)