ウイスキー界きっての理論派評論家が、テイスティングの私的な心構えを明かすシリーズの2回目。メディアで目にするテイスティングノートは、このような精細な分析から生まれている。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

前回まではテイスティングに臨む心構えとグラス選びなどについて説明した。いよいよウイスキーをグラスに注いでみよう。

ノージングは、ゆっくりとやさしくウイスキーグラスを回すことから始める。グラスを持ち上げて、ほんの少しだけ傾けるのもアロマを解き放つコツだ。あまりぐるぐる強く回すとアルコール成分が大量に放出される。そのアルコールが落ち着いてウイスキーの風味が立ち上がるまでに、かえって待ち時間がかかってしまうので注意しよう。

アルコールの刺激を避けてアロマが感知できているかをチェックするには、グラスを鼻の5cmほど下に持ってきて、そこから鼻の方をグラスに近づけてみる。そうやって鼻をグラスに入れたり出したりすることで、もっともアロマが感じられる場所を探るのだ。

このノージングは、あまり長時間にわたって続けてはいけない。グラスから早めに鼻を引き上げることも大事なポイントだ。なぜならアルコールによって嗅覚が麻痺してくるからである。いったん鼻を遠ざけ、しばらくしてからまた嗅いでみるのもいいだろう。これはアロマが立ち上がって構築されていく過程をチェックするのに効果的な方法だ。

ちなみにノージングのときは口を開けたままにしている。そうしたほうが鋭敏に香りを感じられるような気がするからだ。これは口腔内で空気の流れが起こるせいだと想像しているが、今のところ科学的に実証された方法ではない。

テイスティングに入る前に、すべてのサンプルをノージングしておくのが理想である。時間をかけて、ひとつずつ鼻を出し入れしよう。こうすることで分析モードのマインドセットも強くなる。サンプル同士を比較することで、それぞれのアロマをより正確に計測できる。

私は嗅覚で感じるアロマをとても重視している。これから感じる味覚の予兆としてではなく、ひとつの独立した体験とみなしているのだ。そのように考えないと、香りを嗅いだところで脳が勝手に味覚を予測してしまう。それではあたかもアロマの種類や強度がそのまま舌の上でも再現されるようなイメージはよくない。舌で実際に味わったものを分析する前に、このような予断を持たないほうがいいだろう。

 

私がストレートで味わう理由

 

ストレートで味わうのがいいのか、それとも加水して味わうのがいいのか。これもまた、あらゆる人々が尋ねてくる質問だ。 ひとつの確かな答えとしては、「加水することでウイスキーのフレーバーが開く」という事実が挙げられる。これは水で薄めることによって、フレーバーを細かく感知しやすくなるということを示唆している。だがもっと正確にいえば、加水することでウイスキー自体に変化が起こる。なぜならアルコール度数は、ウイスキーのフレーバープロフィールを決める大きな要素でもあるからだ。

私はウイスキーの濃厚さが好きなので、いつもボトリングされた度数で味わってみることにしている。水を加えて薄めるのは、ウイスキーの特性がどう変化してくのかを確認したいからだ(そこには加水しないほうが美味しいということを証明したい気持ちもある)。

ストレートと水割りの大きな違いをひとつ挙げよう。ボトリングされた度数で味わうと、個々のフレーバー要素が交代で顔を出すような感覚が味わえる。それぞれの要素が順番にスポットライトを当てられるようなイメージである(これがストレートの好きなところ)。

それが加水すると、すべてのフレーバーをひとつのパッケージにまとめたような印象になる。そして加水を続けると、ある時点でピートの効いたウイスキーが薄っぺらで平板な味わいになってしまうこともある。シェリー樽熟成のウイスキーにも、加水しすぎると風味の構築が崩れてしまうポイントがある。ウイスキーをつくりあげた時間と労力を考えると、このような変化はほとんど悲劇的なことに思えてしまう。

香りは味覚を予想させるための手助けではなく、単体で評価すべき対象だ。口に含む前に、しっかりとノージングで重層的なフレーバーを見極める。

ウイスキーのテクスチャー(舌触りや口当たり)にまつわる特徴も、加水によって極小化されてしまう。ソフトで繊細なのか、しっかりとしたフルボディなのか、ジューシーでクリーミーなのか。そんな特性が、水で薄めるとわかりにくくなるのだ。テクスチャーはそれぞれのウイスキーの個性の一部であるはずなのに、すべてのサンプルが似たりよったりの水っぽい口当たりで終わってしまう。これもまた私があまり加水したくない理由のひとつである。

啓蒙的なテイスティングの方法として、こんなスタイルもある。いくつかのグラス(すべて同じ形状)を並べ、それぞれに同じウイスキーを同量ずつ注ぐ。最初のグラスはストレートで、2番目のグラスは水を1滴だけ、3番目は水を2滴垂らす。こうやって徐々に水の量を増やしていくことで、加水したときの変化を正確に比較することもできるだろう。

この方法をとる場合は、もちろん加える水の量を正確に測ることが望ましい。ピッチャーから目分量で入れるより、ピペットを使用するほうが明らかに正確だ。かつてこのピペットには小型、中型、大型といった選択肢があったが、すべて科学の実験に使用するようなタイプだった。だが現在はそのように定まった規格のピペットだけではない。なかにはウイスキー専用のピペットもあり、ポットスチルの形で装飾されていたりして楽しい。こういった私好みのピペットが登場するのも、天使の分け前のおかげといえるだろう。

ウイスキーを評価するのに、フィニッシュもまた重要な特性のひとつである。これは舌の上に留まる味覚よりも、鼻に抜けていく余韻のほうが、はるかに長時間にわたって感知できるからだ。そういった意味で、もっとも鮮やかな味覚の記憶として表現されるウイスキーの特徴がフィニッシュであると定義してもいいだろう。

私のテイスティングは、いつも朝9時から正午の間にスケジュールされている。ゆったりと時間をかけて、何度もグラスに鼻を突っ込んで香りを確かめ、静かに口に含んでは吐き出す。そして感じた印象を言葉で書き留めながら文章にしていくのだ。

テイスティングの狙いは、ウイスキーのテイスティング体験そのものを伝えること。テクスチャーを明らかにし、さまざまなフレーバーを感じた順番に書き留める。個々のフレーバーが、互いにどんな影響を及ぼしあっているのかも重要だ。甘味とドライな感触の関係や、ウイスキーの風味が徐々に構築されてフィニッシュで最高点に達する過程を説明する。

ウイスキーを体験することで想起される感情も、テイスティングノートにおける重要事項だ。この感情は定義することが難しいこともあるが、実はウイスキーの本質をすべて言い当てていることも多いのである。